大人の事情
「えーっと、だからつまり美少女は…じゃねぇや、
シエラさんは会ったことのないお父様にお母様が亡くなった事を言いに行きたいわけですよね?
でもオカマだっていうのをお父様には知られたくないとかそういう事ですね?」
エヴァが嫌そうな顔のまま眉間に皺を寄せつつ人差し指をぴしりとたてる。
「違うわ、全然違う…」
ゆっくり首を振り、顔にかかった髪をかきあげる。
そんな所作のどこをとっても少女にしか見えない。
「いやいや、隠さなくてもいいんですよお客さん。
まあ私的にはそういう趣味ありませんが最近のお嬢さん方は男同士の恋愛を推奨なさっているようですし。上司と部下とか先輩と後輩とか王様と奴隷とか…
で、シエラさん的にはやっぱ受けとか攻めとかあるんですか?
タチとかネコとか言うんですか?」
生温かい微笑みを浮かべてインタビューをはじめる。
そういう趣味はないとか言いながらずいぶんと詳しく用語を知っているようだ。
「だから、ち が うって言ってんでしょ?!」
キレてる。
怒りに震える拳がゆっくり頭上にあげられ額に青筋が浮く。
「げ、ヤベ」
…殴られるっ
とっさに両手を顔の前でクロスさせ防御体制をとったエヴァだが
予想に反して拳は振り下ろされる気配は無い。
腕の隙間からちらりと様子を窺う。
「何してんの」
タダゴトでなく目つきの悪い美少女…じゃなくて美少年がエヴァを睨んでいる。
振り上げていたはずの手はいつのまにか腕組みしていて
とりあえず本気で殴る気はないらしい。
シエラはゆっくり溜息をついてから僅かばかり自嘲気味に唇を歪める。
「いいわ、説明するから。とにかく黙って座って。」
「へいへい」
まだ質問したりないがとりあえずエヴァはそのへんにしゃがむ。
緊張感や深刻さのカケラもないエヴァの態度に溜息をつきながらシエラは壁にもたれかかり口を開く
「私の父がそれなりに身分の高い人間だということは言ったわよね?
馬鹿馬鹿しいこと極まりないけれど、そういう特権階級の家っていうのは
血筋ってものを凄く気にするのよね。
父には正妻がいたのだけれど当時は子供がいなかったらしいわ。
よくわからないけれど正妻は子供が出来にくい体質だったみたい。
…今はどうだか知らないけど。」
シエラはいったん口をつむぐ。
視線をゆっくり足元に落とし作り物めいて美しい横顔が曇り長い睫が影をつくる。
エヴァは声をかけるべきか逡巡したがかけるべき言葉など思いつかない。
それにまだシエラの話は続く。
「…で 母が私を身籠った時、たまたま父の家の使用人が話しているのを聞いてしまったらしいの。
曰く
『奥様は旦那さまの愛人の子が男の子だったなら愛人を殺して子供を引き取り
自分達の子だと言って育てようと考えているらしい』って。」
「『男の子だったら』なんですね?」
「ええ、跡取りが欲しかったんでしょうね。
赤ん坊の頃から育てれば本当は母親が違うなんて子供はわからないし
もし仮に自分達の間に本当の子供が生まれたとしても娘だったら家を継がせられない。
上手いこと息子が生まれたのなら愛人の子供は始末してしまえばいい。」
たんたんと語る。
非情な話であるようだが貴族階級の人間にとってはこんな事日常茶飯事。
「胸糞悪い話ですねー」
げーっと舌を出しながら呟くとシエラが苦笑する。
「だから母は私の事を一人で産んだの。誰にも気付かれないようにこっそりと。
で、一度だけ父に私を見せに行って別れを告げた時に『子供は娘だった』と伝えたそうよ。
だから父は私の事を娘だと思っているはず。」
「一人で出産てすっごい大変だったでしょうねー!
前一度だけ仕事で先輩にくっついてお産のお手伝いしに行ったんですけど
もーほんとあれはメチャクチャすっごいですよぉ~?生命の神秘つうか
見ているこっちが気絶しそうになるくらい痛そうで
自分は果たして赤ちゃん産めるのかなと考えちゃいましたよー」
その時のことを思い出したのか、腹を擦りながら呻く。
シエラはちょっと首をかしげ
「とりあえず私は産めないわ」
と眉をひそめる。
「いいですよねー、月一で苦しむことも無いしー、一度体験してみるべきですよ生理痛!!
…っと話がズレましたね。
ええと、でもなんでその後もシエラさんは女装して過ごしてるんですか?
あ、実はぶっちゃけ趣味だったりィぐはっ」
投げつけられたクッションがエヴァの顔に命中。
「乙女の顔面になにさらすんですかっ」とよろよろしながら眼鏡をなおし
上目遣いでギロリとシエラを見る が
その数千倍鋭い視線で睨み殺されそうになったのであわてて視線をはずした。
「父と別れてこの土地に来たけれど、もし探されたり正妻の手の者に
調べられたりしたら困ると思った母は私をそのまま娘として育てたの。
…幸か不幸か私の見た目はこんなだったから
本当は男だなんて誰にも疑われる事もなく支障なく今までこれたわけよ。」
カナリ投げやりな様子。
確かに彼女…いや彼を男だなんて本人の口から暴露された今でも信じがたい。
「そうでしょうねー、だってこの美少女っぷりはタダゴトじゃないですよー?
街で評判の美人女優さんとかよりも綺麗…
ああ 睫すっごい長い――――――っ」
エヴァがいつのまにかにじり寄ってきて
遠慮もへったくれもない動作でシエラの顔をつかむ。
「ちょっ…い゛っいたっついたいいたいっっ!!」
「しかもこの肌のきめ細かさ!ナニゴトですかっ?!女の子に喧嘩うってるんですか?!」
「っんなこと言われたって知ったこっちゃないわよっ!
つうか顔つかむの止めなさいよ!!」
シエラは必死で抵抗するが小動物系のエヴァは動きが素早いので
捕獲は難しい。
「ああ本当に男なんですねーもったいなーい」
「ちょっオマ待て…っってかどこ触ってんのよ!!セクハラで訴えるわよ?!」
「フフフ…まあまあ、よいではないかよいではないか」
「っつ悪代官?!」