★王様と執事と侍女★
「うえっぐふゥ…あーもー天使がお迎えにきたよぉ助けてパトラッシュー」
相変わらず顔色の悪い王様が布団の中で呻く。
枕元には執事と二十代半ば位の侍女。
ちなみにさっきまでいた医者はしきりに時計を確認していたかと思うと
「あー、ちょっと見たい昼ドラがありますので失礼します」とか言って帰った。
「王様、リンゴでも剥きましょうか?」
汗を拭ったり額にのせたタオルを換えたり、
甲斐甲斐しく世話をしていた侍女が気遣わしげに訊ねる。
「おお…えっとお前は確か…ジョセフィーヌとかいう名だったのう。
なんて優しい娘じゃ…。これでもうちょこっと器量が良いとサイコーだったにのお。
んーじゃあ剥いておくれーウサギさんにしておくれー」
褒めてんだか貶してんだかウサギさんってどうなのよとか。
しかし侍女のジョセフィーヌはにこにこと微笑みリンゴを剥きはじめる。
「ところで王様、例のお子の事ですが…」
タイミングを見計らって執事が言いにくそうにモジモジしながらそうきりだす。
「あー、そうそう見つかったぁ?」
「いえ…それが。というかあれで見つかったら奇跡です。
今更ですがあの内容では十代前半の父親がわからない子供ならすべてあてはまりますし。
この時代設定的に片親なんて珍しくないでしょうし…
出生届とかもあんましちゃんとしてなさそうだし」
時代設定的にとかいうなよー と王様が頬をふくらませて抗議する。
「で、ですね。やはりそのお子の母親、つまり王様の浮気相手をつきとめた方がいいんじゃね?
とかいう風に会議で決まりましたのでお相手の特徴などを思い出してください。」
「あーうんいいけどさー、なんかその会議テキトーっぽいよねー
ちゃんと会議室とかでやってないっぽいよねー」
王様が不満げに寝返りをうつ。
「そんなことはございません!大臣や公爵や騎士団長代理や料理長や魚屋のてっちゃんとか
みんなで何時間も議論を重ねました。」
真剣な表情で執事が訴える。
「ふーん…。なんか後半の2人とかあんまし関係ないような気もするがのぉ。
ちなみにどこで議論してたのじゃ?」
「はい、いきつけのバー『トロピカ~ン★』で」
「やっぱ呑み友達とダベってただけじゃん…」
いいえ!決してそんなことはございません!!
とどこまでも真面目な表情で執事は言いきるが王様は
「みんなワシの事なんてどーでもいいと思ってるんだ…ふんだ」とか言って拗ねてる。
「王様、そんな悲しそうなお顔なさらないでくださいな。
はい、ウサギさんのリンゴです」
微妙な空気を破るように侍女のジョセフィーヌが
にこにこと王様にリンゴを差し出す。
「………え゛」
フォークに刺さったリンゴは見事にウサギさんだった。
ただしあの赤い皮を少し残して耳に見立てたようなのではなく
なんか木彫りの熊みたいにリアルで芸術チックなウサギさんだ。
しかもそのウサギさんの表情は『く 喰われる!』 みたいな
ものごっつ悲壮なカンジ。
「王様…謝った方がいいですよ、さっき器量が良くないみたいな事言ったのを
ジョセフィーヌきっとすっごい怒ってますよ?
彼女表情や態度は変わりませんが、以前今みたいに微笑みながら
鳥の羽むしってたの見たことあります。」
執事が怯えながら王様に耳打ちする。
王様はひっとか言って残り少ない髪の毛をおさえると
「悪かった、ワシが悪かった!ちょっとコンタクトずれててわかんなかったけど
今改めて見たらジョセフイーヌめちゃくちゃ美人―」
などと空々しくのたまう。
「あら、王様ったら」
先程と同様、微笑んだままだが王様に差し出していたウサギさんを引っ込めて
一口サイズに切りなおしてくれている。
王様と執事が同時にほっと溜息をつく。
「でで、浮気相手のお名前は?」
「いや、その女はなんか結構覚えづらい名前だったから
ワシはもっぱら『リンちゃん』って呼んでたんじゃ」
ほらよくあるじゃーん、同級生のあだ名しか覚えてなくて
そいつの家に電話するとき名前出てこなくて焦るみたいな?
と王様が言い訳してる。
「うーん『リンちゃん』ですか…だとすると
リンダとかリンジーとかリーリアとかですかね?」
「うーんなんかもっと古風なカンジ?そういやリンちゃんが
『この名前は代々母から娘へ受け継がれるので私の名前は母と同じなんです』って
言ってた気がする。歌舞伎役者みたいだのーって言った覚えがある」
「王様!西洋系ファンタジーな物語で歌舞伎とか言わないでください!
世界観が崩れるじゃないですか!」
優秀な執事が必死でたしなめる。
「それに前から思ってましたが王様ってあだ名の付け方変なんですよ。
以前『マーガレット』という女性を『ガレちゃん』とか呼んでましたよね?
普通は『メグ』とか『ミギー』とか呼ぶらしいですよ。
それなのに王様ときたら…
その前は『タナカ イチロウ』さんを『ナカイくん』とか苗字と名前の真ん中をとって
あだ名にするから意味不明なんですよ!」
だから『リンちゃん』だけじゃさっぱりです!と執事が頭を抱える。
「ワシには歌舞伎いうなとか言っといてお前タナカイチロウとかも奇妙しいんじゃね?
それってありなの?」
ベッドでブーブー騒ぐ王様。
ちょっと協議してきますとか言っていそいそ出て行く執事。
そんな王様と執事を微笑みながら見守っている侍女。
(手に果物ナイフを持たしたままのなのは危険だと思われる)
平和な国の平和なお城の平和な部屋の一場面。