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形見のドレス

家の中はすっきりと片付いていた。


入ってすぐの部屋はダイニングらしく小さめの木のテーブルに揃いの椅子が二脚と飾り棚には何種類もの薔薇のドライフラワー。

壁に作り付けになっている本棚には植物関係の本が多いが料理の本や星座図鑑。

何故か『詐欺師入門~おぬしも悪じゃのう~』や『人体の急所(殺られるまえに殺ってしまえ)』などというちょっとヤバげな本も何冊か収められている。

部屋の右側には急な登り階段があるがもちろんというかエレベーターらしきものは見当たらない。

左側にはこじんまりとしたキッチンとダイニングの奥に部屋がもう一室あるようだ。


「んー?なんか綺麗ですね~、普通ウチに依頼してくる人ってメチャクチャ掃除が苦手で家に一歩入ると『カオスっ!!!!』とか叫びたくなるんですが…」



メイド服の…じゃなかった、エヴァはキョロキョロ部屋を見回し首を傾げる。


「ああ、だってアンタを呼んだのは掃除をしてもらう為じゃないもの」


木のテーブルに置かれていた箱を開き中からブラシやリボンなどを取り出しながらエヴァに椅子に座るよう促す。


エヴァは椅子に座ろうと手をかけ、ふと思い立ったようにまっすぐシエラを見つめ口をひらく。


「あのー、私こんなメイド服なんて着てますけどーこれはウチの制服でですね決してコスプレとかではないんですがーえーっと…」


「は?」


訝しげな表情で「だから何?」と続きを促す。


「デリヘルとかとは違うんでーそーゆーサービスはしてないんですよ。 芸は売っても色は売らない みたいな?」


たまーにいるんですよねー大抵はAVとか官能小説とか好きな中年男性なんですけどー

制服がメイド服になってからは若い人からも「一時間いくらですか?」とか「シュチュエーションこっちで設定していいですか?」とかわけわかんない問い合わせが増えて大変なんですよねーと エヴァが真面目な顔で溜息をつく。

黙って話しを聞いていたシエラはなんかこう こみあげる怒りを必死で宥めているようななんともいえない表情をしている。

ちなみに右手が痙攣してるのかと思うくらい小刻みに震えているが左手でそれをなんとか抑え振り下ろすことまではしない。


「………あー、久しぶりに人間を本気で殴り飛ばしたいと思ったわ。」


声のトーンが通常より低い。

口元は微笑みの形になってはいるが目元はもちろん笑っちゃいない。



そんなシエラの内面葛藤を知ってか知らずか、エヴァは真面目な表情から破顔して今度は軽い口調で続ける


「でも私的には気の強い美少女は結構好みで…」


「いいからっ!!おまえもう喋るな!」


セリフを最後まで聞かずブチ切れたシエラはメイド服の後ろ襟をわしづかみエヴァを奥の部屋に引きずっていく。




「うおおっ?シエラさん力強くないっすか?でも結構そういうパターンってアリますよねー!か弱そうな美少女なのに実は強いみたいなー」


口調だけは相変わらず能天気。

小柄なエヴァは体重もとても軽いので一度捕まってしまえばどう暴れもがこうが無意味であるとわかっている。

なのでされるがまま抵抗することもなくズリズリと引きずられていく。

襟をつかまれ運ばれている姿は小動物そのもの。






奥の部屋は誰かの寝室のようであった。

こぢんまりと質素だが趣味の良い調度が据えられ窓際には鉢植えの薔薇が飾られている。


そしてその部屋の中央にはドレス。


こんな田舎のこんな質素な部屋にまるで不似合いなドレス。


それは、ドレスなんてほとんど見た事が無いエヴァでさえ最高級品であるとわかる程見事なものだった。

薄い蒼色をした絹を幾重にも重ね一番外側の生地には銀色の糸でされた繊細な刺繍。

スカートは床につく程ではない丈だがたっぷりとドレープがとってあり優雅なラインを醸しだしている。

よくみると古いもののようだが、手入れがしっかりとされているためか綻びや汚れなども見当たらず、むしろ貫禄のようなものを感じる。


胸の下で締めるコルセットには金の刺繍。

その上からゆるく結ばれたビロードのリボンは濃い蒼。

胸元はすっきりとした肩だし(デコルテ)仕様で、女性の鎖骨ラインをもっとも美しく魅せるよう細いリボンレースが胸元から首にかけクロスするように付けられている。

透明にちかい空色から深い蒼のグラデーション、銀糸と金糸が織り成す陸離。




「うわぁ…、綺麗ですね!」


エヴァが感嘆の声をあげる。

なんだかんだいっても一応年頃の少女なのでドレスとか綺麗なものは好きらしい。


「母の形見なの」


シエラがそっけなく答える。

あえてそうしているのかは不明だがとくに表情に変化はない。


「このドレスは父から…、私は会った事も無いのだけれど。父が母にプレゼントしたそうよ」


表情は相変わらず無いのだが声音が少しかたい。


「…お父様から、ですか?」


引きずられた際ずれてしまった眼鏡を直しつつ、窺うようにエヴァがシエラを見遣る。


「ええ、父はそれなりに身分の高い人間だったらしくて母と正式に結婚はしていないの。

つまり父にとって母はただの遊び、…愛人だったのよね。

でも母はそんな父をずっと慕っていて私が宿った時も父の迷惑になるといけないからと自ら姿を消したそうよ。

……私は最近まで父の名前すら知らなかった。」


美しい顔は仮面のように保たれたまま、けれど口調は吐き捨てるかのように。


数秒の沈黙。


エヴァは何も言わない。

否、言葉が見つからない。




「母が死の間際にやっと父親の名前を教えてくれたの。

 …私は父に会いに行こうと思う」


そっと息をはくように、そうシエラが続ける。



「このドレスを着て母の死を告げたいの」






沈黙。




エヴァは唇を結んだまま眉を下げる。


なんだか複雑そうなのはとてもわかったけど自分がなぜそんな話を聞かされているのかわからない。

ここはひとつ「まあ頑張れ、人生いろいろさ!」とか声をかけてみるべきか?

でもシリアスな展開でそういう事言っちゃっていいもんかなー

などと悩んでいたらシエラがおもむろに振り返りエヴァを指さす。




「そんなわけだから、私の代わりにこのドレスを着て父に会ってほしいの」




「……はぁ?」





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