福音
中庭から逃亡したエヴァが外廊下をウロウロ歩き回っていると、突然真横のドアが開いた。
「ぐは」
お約束のように潰されているとドアの内側から金髪の美少女ヅラをした少年が顔を出し、潰れている少女を睥睨しながら早口の小声で罵った。
「あ あんたこんなとこにいたのね!ちょっと!なんで借り物のドレスで床に這い蹲ってるのよ!」
「っつ 人を潰しておいて…!顔面を強打し床にうずくまっているか弱い女の子になんていう言い草!いまは美少女ですがそのうち女装中年になってさびれたオカマバーのママに納まってタバコ吹かしながら若い女の子に説教たれている未来がまってい」
エヴァが全部言い終わる前に、顔面に青筋たてたシエラがいわゆる壁ドンで黙らせた。
両者の顔は近いが二人とも真顔である。
目を伏せて頬を染めるとかそんな雰囲気ではない。
「ああああぁん?」とメンチ切りあってるヤンキーに近い。
「いや、こんなことしてる場合じゃなかったわ」
シエラが先に我にかえり、どこからか安っぽいチラシを取り出した。
「ん?そのチラシって町中に貼りまくられたり配られまくられたり捨てられまくられたりしているやつですよね?」
「その最新バージョンがいまこの屋敷のポストに速達で入ってきてたらしいの。でもこのチラシはまだ町には貼りだされる前のもので、国の貴族や重役達に先に配られる速達みたいなものらしいわ。執事の男性がさっきの…そのはじめて会った私の父親の元に届けていて内容が気になったからちょっとね」
途中で少し微妙な表情になりつつ、チラシをひらひらと振る。
そしてなんとも言えない表情のままメイド少女を頭からつま先まで見やり、嫌そうに訪ねた。
「エヴァ、あんたの名前を教えて」
中庭からごわりと風が吹き、一瞬むせかえるような薔薇の香りにあたりが包まれる。
広い屋敷だからか、病の主人を抱えているからか、静寂が濃い。
メイド服の少女はいつも張り付けているコミカルな表情を消し、少年をまっすぐ見据える。
そうするとあくなく整った美貌が際立ち、人形のようでもある。
琥珀色の瞳がわずかに揺れ、茱萸色の唇がわずかに開いた。
「シエラさん…なんなんですか。頭にメガネのっけながら『ワシのメガネどこじゃ』って聞く老人みたいなこと聞いて。エヴァだって言ってるじゃないですか、つうかいまエヴァって呼びかけたじゃないですか。痴呆症ですか若いのに。いい病院紹介しましょうか?」
数秒後
「うわあああああギブギブギブっ!!コブラツイストとかマジ無理!!てかドレスの女の子に絞め技かけるとか血も涙もねえええええ!!」
ひぎゃああああとか叫ぶ少女とは対照的に涼しい顔でプロレス技かけてる少年は淡々と質問を続ける。
「エヴァっていうのは略称でしょう?それに家政婦相談所には小さい頃拾われたって言ってたわよね?関節技に移行されたくなかったらさっさと答えなさい」
「え エヴァンジェリンですっ!!はなしてええええええ!!」
げほげほげほ ひはひは…
少女の喘ぎ声が静かな廊下にひびく。
お城からのチラシを持った少年が眉を顰めながらつぶやく。
「エヴァンジェリン」