つぼみ
幻の薔薇の伝説
それは遠い遠い昔の物語。
肥沃な土地を有した豊かな国。
その国を統べるは偉大な女王。
希有なる美貌、薔薇色の頬に薔薇色の唇。
そして豊かに波打つ薔薇色の髪!
薔薇の髪を持つクイーン・ローズ(薔薇の女王)は代々直系女児一人にのみ受け継がれた。
そうして長きの間豊かに平和にひっそりと続いてきた薔薇の女王の国。
しかしある時代
ある国の王子が薔薇の女王に恋をし、二人は手に手をとって国を捨てた。
統べるべき王がいない国はあっという間に崩壊。
今では伝説が残るばかり。
薔薇の髪を持つクイーン・ローズ
世界で一輪の気高き薔薇
馨しき香り 孤高の美貌
すべての者に
福音を告げる
×
「…なんすか、その要点がよくわからない話」
エヴァは不可解な表情で昆布茶をすする。
「そうさなあ…」
庭師の老人は目を瞑って口を少し半開きにし、自分が語った昔話の余韻に浸っている。
昆布茶入った茶碗を両手で持って小首をかしげ ほううっと息を吐いた。
「よくわからんが、なんかろまんちっくじゃろう?」
「……」
エヴァは半笑いのまま「そっすね」とか言いながら
「てかなんで唐突にそんな話をしてくれたんですか?」と一応たずねた。
「…ローズゴールド」
「え?」
「嬢ちゃんの髪色を見たとき思ったんじゃ。伝説の薔薇の髪とはこんな色だったんじゃないかのう と」
庭師の老人は相変わらず ほうううううっと恍惚とした、
どこ見てんだかわからない恋に酔った女子中高生みたいな表情でつぶやいた。
「え゛…そんなご大層なものじゃないと思いますが…とりあえず私そろそろおいとましますねー
依頼主の話も終わったかもしれませんしー…昆布茶ご馳走様でしたー!!」
そう言うがはやいか、エヴァはもと来た道を足早に戻っていった。
庭師の老人はそんな少女の姿をながめつつ「だが…まだつぼみのようじゃのう…」と呟いた。
それからそのせりふを自分で反芻し、「わしもまだまだ厨二心を失っていない」と一人でカカカと嗤った。