田舎とかいうんじゃねえよ
「あー、ヤバイヤバイヤバイっ!遅れたーもう完膚なきまでに遅刻―」
のどかな田舎道を一人ごちながら疾走する少女が一人。
右を見るとリンゴ畑、左を見てもリンゴ畑。
牛はちらほら見えるが人間は見当たらない。
目を凝らして遠くを眺めると家がポツポツ建っているようだが、家と家の間隔はだいたい一キロ以上は軽くあるだろう。
「すっごい田舎、めちゃくちゃ田舎、ウルトラ田舎――――――――!!」
近くに住人がいないのをいいことに失礼な事を大声で叫びながら走る。
年は13か14。
太い黒縁眼鏡をかけ、淡いピンクブロンドの髪を三つ編みにしている。
小柄だが足はなかなか速い。
しかし彼女の服装はあまり田舎道を疾走するのに適しているとはいえず、
次の瞬間盛大にすっころんだ。
「どぉあああああああっっ!!!!」
あまり可愛らしい悲鳴は得意ではないらしい。
まあ、すっころんだだけではなくその拍子に前方に一回転して大の字になっているのだから「やんっ!」とかそんな軽いリアクションでは対応できなかったとかそういうカンジ。
「あー、やっっばいっすねー…制服泥だらけだわこりゃ…また所長に怒られちまうよ まったく…」
道のど真ん中(といっても田舎道なので人間が両手を広げた位の幅しかないのだが)で大の字に転がっている少女はいまいましいほど天気のいい空を仰ぐ。
フリルの付いた白いエプロンが泥だらけだ。膝上15cmくらいの紺色のスカートから覗く太股までの白いニーソックスも泥だらけだ。
三つ編みのをしたピンクブロンドの髪を飾る白いヘッドドレス(カチューシャ?)もそのへんに転がっている。
「家政婦派遣所の制服がメイド服ってどうなのよ…」
そう呟きながらメイド服を着た家政婦派遣所のスタッフである少女は立ち上がって泥をはたきながら大きな溜息をついた。
ふと足元を見ると紙が落ちている。
「ふふふ…そう、この紙のせいで私は転んだのかい。まあバナナの皮でなかったのが救いかな、いやあんまし関係ないか…」
どうでもいいがこの少女は独り言がやたら多い。
紙を拾い上げよく見るとそれは国中いたるところにベタベタ貼ってある例のビラだった。
「へー、こんなド田舎にまで配ってるたぁご苦労なことですね」
下がった眼鏡を指で直しつつもう何度も見た内容にざっと目を通す。
そしてぐしゃりと丸め投げ捨てる。
「さて、こんなトコですっころんでる場合じゃないんですよねーてか依頼主の家が見当たらないんですけどー所長いいかげんだからなぁ、人に『この村で一番高い建物はどこだ』って聞けばすぐ教えてくれるからってまず人がいないしっ!牛しかいないしっ!!」
ただでさえ遅刻しているのに目的地すらわからないなんて目も当てられない。
流石に焦りを感じる。
「牛に聞いてみるべきか…?しかし万が一牛がその家を知っていたとしても私には牛の言葉がわからない、ああ 牛の言葉がわかるのならすぐにでも豊胸の秘訣を伝授してもらうのに…ホルスタイーン!ってそんなこと言ってる場合じゃないー」
カナリ追い詰められている少女。
しかし幸か不幸か数メートル前方にいる牛が少女の叫びに振り向いた。
「あれ…?牛って二本足でも立てるんだー。…いやそんなわけねーだろう。人?でもあきらかに牛…いや人かな…」
どっちなんだよ。
「……牛が人にへばりついてる?」
そりゃ大変だ。
「………いや、牛柄の全身タイツ着てるんだ。」
そりゃ変態だ。
たとえ村人が変人でも道さえ聞ければなんでもいい。
メイド服少女は牛柄タイツ人間に寄っていく。
「第一村人発見!こんにちはー何してるんですかー?」
「ん?ああぁん??もしかしてあのテレビでやってる吹き矢の?」
牛柄タイツ人間はどうやらお年を召した女性らしい。
草刈中だったらしく鎌を手に持っている。鼻にループ状のピアスがきらりと光る。
「いやスンマセン、カメラ無いんですよー。もしあったら真っ先に撮影したいですねー、素敵なファッションセンスですねー。」
アングラ系の雑誌に写真を送って『ついに発見!牛人間?!』とか。
「おやおや、そんな田舎のオババをからかって…ヒョッヒョッヒョッ」
照れているのか鎌をぶんぶん振り回す牛オババ。
メイド服少女は「うおっ危ねぇっ」とかいいつつも上手く避ける。
牛オババはテレビじゃないって言ってるのにしきりにタイツからはみ出た前髪を気にしてなぜか斜め四十五度の角度を保ったまま一方的に喋りだした。
「いまのぉ、草刈しとったんじゃあ。あったけえからようけ伸びるじゃけえ、都会のもんは草刈なんぞふぉぎゅ*∴★#¢≦〕〒⊇◎♭≪≒¶∇…」
「うおぉっ!オバちゃんオバちゃん入れ歯飛んできたよ!!!」
鎌に加え入れ歯まで飛んでくるとはカナリ戦闘能力が高いカンジだ。
「ハムハムハギュムグ…ふう。あ、今のとこ編集の時カットよろしゅうのぉ」
「いやだから…」
―――――――― 小一時間経過 ――――――――
普段あまり話し相手がいない老人に話しかける時はそれ相応の覚悟が必要だ。
軽く一時間位は昔話に付き合わされること必至。
やっとのことで道を聞き出したメイド服少女は既に発狂限界ギリギリ。
顔面に貼り付けた営業用笑顔もこめかみに浮き出してきた青筋を隠せない。
「…オバちゃん、本当にここまっすぐ行けばでっかくて高いお家あるんだよね?嘘だったら私オバちゃんのこと絞め殺しちゃうかもしれないっっ」
「おお!もちろんじゃ、ここいらで背の高い家っちゅうたらあそこしかなかよ。オババも若い頃はよく若いもんシメとったもんじゃ。最近は力がのうなって鳥絞めるのがやっとっちゅうから老いぼれたのぉ、若い頃はほんになあんでも…」
「じゃ、私もう行くんで!道教えてくれてありがとうございましたっ!!」
脱兎。
あっという間に走り去ったメイド服少女の背中を眺めつつ牛オババはヒョヒョヒョヒョっと化物じみた笑い声で見送る。
「若くてイキのいい娘じゃけぇ」
そのへんで牛が鳴いている。
草の香りとリンゴの匂い、そしてそれに牛の臭いがブレンドされたなんとものどかな暖かい日。