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屋敷の中


廊下にひかれた赤い絨毯がふかふかで歩きにくい。

とくに慣れないヒール靴なんて履いていたら酔っ払ったオヤジの千鳥足もかくや だ。


「(コケるんじゃないわよ?)」


そうとうフラついていたのだろう、隣から小声でクギをさされる。


「(大丈夫ですよ!)」


そう強がって振り向いた瞬間 グギっ とかいってヒールが横に滑りバランスを崩した。

屋敷のメイドが数歩前を歩き案内してくれているので

ここですっ転ぶわけにはいかない。


「――――――――…っっつ!!!」


声を殺して両腕をぶんぶん振り回してバランスをとる。


そんなあやしげな動きを感じたのか、前を歩いていたメイドがふいに後ろを振り向いた。

が、間一髪でシエラがじたばた暴れているエヴァを抱き寄せたので

体勢は微妙に滑稽しいがとりあえずメイドには

『うっわウゼェー!何べたべたくっついて歩いてやがるんだよコイツら

 他人の家の廊下くらいチャキチャキ歩けよなっ』と思われたくらいですんだはずだ。

その証拠に振り向いたメイドはちらりと二人に視線を向けるとすぐに向き直り

無言でスタスタ歩を進めた



「…それくらいのヒールでふらついてんじゃないわよ」

「家政婦は肉体労働なんでヒール靴なんて履かないんですよっ」


コソコソコソ

さっさと前を行くメイドの後ろで小声の諍い勃発中。


「だいたいこの靴サイズ合ってないんですからマトモに歩けって方が

 無理なんですよ!つま先にティッシュつっこんだって

脱げないように歩くのが精一杯ですよ!!」

「しょうがないでしょ?!靴屋じゃないんだからアンタのサイズに合った

 靴を用意できるわけないじゃない!アンタが履いてたやたら泥だらけの靴は

 ドレスには合わなかったんだから。」

「別にいつも泥だらけなワケじゃありません!ちょっと来る時コケたり

 草刈中の牛オババに遭遇したり大変だったんですよ!!」

「なによ牛オババって。新手の妖怪?!」

「そうです」


コソコソコソコソコソ

小声で怒鳴りあう。



いい加減前を歩くメイドさんの不信感がMAXに近付こうという頃

だだっぴろい屋敷のどこからか痩せた初老の、執事と思しき男性が慌てて現れ

メイドさんに何事か囁くと彼女を下がらせた。

そしてくるりと2人に向き直るとシャキンシャッキーンと音がしそうなイキオイで

直角に腰を曲げたかと思うとその態勢のままズズイっと息がかかりそうな距離まで

近寄り、押し殺したような声で話し始めた。


「あなた様のお話は旦那さまから伺っております。

 この屋敷で『この事』を存じ上げているのは私め一人にございます。

 そのドレス…確かに旦那さまがローズマリー様に贈られもの。

 私もその場でお運びしましたゆえ間違いございません。

 ああ あなた様が旦那さまとローズマリー様のお嬢様なのですね…

 ドレスよくお似合いです、ローズマリー様も美しい方でしたが

 なんて美しくおなりに…!旦那さまにも一目見せて差し上げたかった……」


老執事は最初こそ小声で淡々と語っていたのだが

だんだん感情が昂ってしまったらしく最後の方では目元を潤ませる。

二人はそんな執事の様子に圧倒されていたが徐々にそのセリフの意味を理解すると

思わず執事につめ寄る。


「 「見せて差し上げたかった」とはどういう事ですか?!」


この屋敷に入ってからは目立たぬよう常にエヴァの後ろにいたシエラが前に出る。

その表情は険しい。

 

「そ それにローズマ…じゃねェ、お母様とこちらの旦那さまが恋仲であられたことは

 その…正妻さん?っつうか奥方様もご存じだと聞いておりますが?」


エヴァがかなりボロを出しつつもムリヤリお嬢様言葉でつづける。


少年と少女からの矢継ぎ早な質問に老執事は

目をしばたたかせ少し冷静さを取り戻したようだ。

潤んだ目もとをなにげなく拭い、コホンと咳ばらいをする。


「ええ、実は…旦那さまは十数年前からご病気で伏せっていらっしゃいます。

 奥様は…旦那さまがお倒れになってすぐにご実家に戻られました。

 …すぐに再婚なさったと聞いております。

 使用人も入れ替わりが何度もありましたので

 今は私と数名しかあなた様の事は知らないはずです。」


執事はなんともいえない表情でそう語ると俯いた。


とんでもねェ話だなそりゃ とか思いつつエヴァがちらりと

隣のフードを覗き見ると少年は特に顔色も変えずけれどきつく口を閉ざしていた。

憤ることもなく事実を受け止めるその表情は

見ている方がなんだか辛くて慌てて目をそらした。


「えーっとえーっと…、でその あ 会えるんですかね?旦那さまには。」


動揺からかなり口調がはすっぱになってしまっているが

執事もシエラも大して気にしなかった様子。


「はい、旦那さまにローズマリー様のドレスをお召しになったあなたが

 お見えになったとお伝えしましたら是非お会いしたいと。

 どうぞ一目会って…あ…  

 手を握って声を聞かせて差し上げてください。」


微妙な言い回しに2人は顔を見合わせる。


執事に促され屋敷の廊下を少し進むといかにも重厚な造りをした扉が

突き当りに現れる。



「この奥にいらっしゃいます。

 旦那さまのお望みで2人っきりでお話をしたいそうなので

 私はここで失礼いたしますが…そのお連れ様は…」


ひくりとエヴァは顔を歪める。

そんな親父さんがいくら2人っきりで会いたいっつっても

影武者であるエヴァでは話にボロがでてしまう。

予定では面会して母親の話になった際はシエラに横から

助け舟をだしてもらうつもりでいたのだ。

かといって友人として紹介するはずだったシエラを無理やり同席させるのは

無理があるし…などと頭を抱えそうになる。


「どうしても彼女のお父上にご挨拶しておきたいんです」


シエラがおもむろにエヴァの肩を抱き寄せる。


「へ?」


なんですと?

声なき声で思いっきり眉間に皺をよせてシエラを見上げると

いいからあんたは黙ってろ と

微笑んだままだがこれまた声なき声で威嚇された。


「あ…これはこれは、気づきませんで失礼いたしました。

 お2人はそういったご関係で… 

 そうですね、旦那さまもお喜びになるでしょうし

 どうぞご一緒にお入りください。」


おやおや といった茶目っ気あふれる含み笑いでそっと扉に手をかける。

2人が部屋に入り「ごゆっくり」とお辞儀をした時

老執事が小さな声でそっと呟く


「旦那さまは 失明なさっております。 

 どうぞ手を

 手を強く握って差し上げてください」


ゆっくりと扉が閉められる。

広く趣味のよい調度で整えられた部屋。

窓際には大きなベッド。



一目で

そう長くはないだろうと思われる壮年の男が瞳をしっかりと閉じて横たわっていた。






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