門番と少年と少女
「ちわー!こちらのご主人とイイ仲だったローズマリーって者の娘でーす!!
すんませんがちょっと面会ぐおぉぅもぐぅ…」
書くまでもないが
屋敷の前で叫びやがったエヴァをシエラが羽交い絞めにしたトコロ。
「…だ ま れっ」
少女と見紛うばかりに美しい顔を壮絶にひきつらせて
少年らしい少しかすれた様な低い声で告げる。
「ぐはっぐほぉっ…ううううギブギブギブ~っ!!」
着慣れないドレスだからか、エヴァは思うように動けないらしい。
ギブアップを示したので力を緩めると、すかさず腕をすり抜け数歩距離をとり迎撃体勢を整える。
いったい彼女の所属している『トルネード家政婦派遣所』がどんな組織なのか
依頼人の立場としてシエラは一抹の不安を覚えた。
「はぁはぁはぁ…なにしやがるんですかっ! 真昼間からセクハラですかっ!!」
艶やかなドレスを纏った、はたから見ればかなりの美少女。
が ファイティングポーズをとったままギャンギャン吼える。
シエラは心の中でそりゃもう思いつく限りの呪詛を吐いてから
少女の耳朶をひっつかみ
「いででえででででででっもげ 耳もげるぅぅー!!!」とか叫ぶのもかまわず
屋敷の玄関口まで引きずっていった。
......................
「突然の訪問の無礼をお許し下さい。
実はこちらのご主人と私の母は古い友人であったようで伝言を言い付かって参りました。
…是非ともこの伝言はご本人にお会いしてお伝えしたいのです。
母の名はローズマリー。
もしこの名に覚えがおありのようでしたら
もし『薔薇の名』を覚えていらっしゃるのなら」
屋敷の使用人らしき若い男が訪問者に気が付き出てくると
蒼いドレスの少女が俯き遠慮がちにそう告げた。
少女の数歩後ろには大きめのフード付きローブをすっぽり被った
やはり少女と同じ年頃の少年が立っている。
「お約束はないのですね?」
ドレスの少女と顔を隠した少年といういかにもあやしげな訪問者をいぶかしみ
男は眉間に皺を寄せた。
もうすぐ昼食の時間で持ち場交代だから面倒な客の取り次ぎなんてしたくはないという本音も多分にある。
と
今まで俯いていたドレスの少女がゆっくり顔をあげた。
「!」
着ているドレスは上質なものだが、結い上げられた髪はあきらかに染めていそうな黄色っぽい色なので
使用人の男は「たぶん旦那さまが一・二度お遊びになった酒場の女主人かなんかの娘なんじゃねーの?」とか考えていたのだが…。
まっすぐ見つめてくる少女の視線の強さに使用人の男は息をのんだ。
それまで少女はずっと俯いていたので気付かなかったが、
想像していたよりも桁違いに愛らしい容姿である。
だがそんな見た目の問題以前に
とにかくなによりも吸い込まれそうに澄んだ琥珀色の瞳に圧倒される。
茱萸色の小さな唇は強く噛み、その表情だけでどれだけ強く屋敷の主人に会いたいのか
『懇願』という二文字が読み取れる。
そしてダメ押しとばかりに大きな瞳が潤み
ぎゅっと引き結んでいた唇から「お願いします…」と小さな声。
使用人に採用されそう長くないとはいえ
この辺りではカナリの有力者である屋敷の主人には
頻繁に『融資・援助・施し』を求める来訪者が後を絶たない。
なのでそういった連中を追い返すのはそれなりになれていた。
綺麗な顔をした女が門前で泣きわめいても
そんな事で屋敷の中に通してやるほど腑抜けな若造ではないのだ。
が
「だ 旦那さまに伺ってまいります…」
乾い唇を舐め上ずった声でそれだけ言うと使用人の若い男は慌てて屋敷の中へ消えた。
玄関先に残されたドレスの少女とフードを被った少年。
使用人の足音が聞こえなくなったのを確認し、少女は小さく息を吐いた。
「はっ、ちょろいゼ」
ごきごきと首をならし「カッカッカッッ」と悪者のように哂う。
ついでに『突然の訪問の無礼を~…云々』というセリフが書かれた右手をハンカチで乱暴に拭う。
カンニングペーパーの隠滅はお早めに、だ。
「あんた絶対いい死に方しないわよ」
フードで顔を隠したままぼそりとシエラが呟いた。