まだ門の前
「えーっと、お母様はつい先日流行病でお亡くなりになってー
名前…名前はーローズマリーさん?ですよね?
古い灯台を格安で借りて住んでいて薔薇が好きで繕いモノなどをして生計をたてていらっしゃって…
えーっと、あとわかんなくなったら『思い出すのがつらい』とか言って誤魔化せばいいんですね?」
エヴァがぶつぶつと指を額にあてて必要な知識を暗記している。
その横で腕組みしたシエラが『大丈夫かよオイ』みたいな表情でエヴァを眺めている。
「それからさっき教えた遺言も伝えること。
あと歩く時ドレスの裾をバサバサ蹴り上げないでよね?これでもかってくらい行儀良くしてなさい。
あと喋り方も丁寧に上品に礼儀正しく…」
まるでお受験ママが面接前の子供に言って聞かせているようなカンジ。
そんな風に二人は今だ門をくぐらず、前で立ち止まって打ち合わせ中。
「へいへいわかってますって!
シエラさんだってその女言葉どうなんですかぁ?
男装の美少女に見えるとはいえ、実際は男なんですからおねえキャラ街道まっしぐらですよぉ?
まあ シエラさんくらい綺麗ならもういっそ手術しちゃって戸籍かえちゃってもいいんじゃないでしょうか。親が泣くとかそういう心配もなさそうですしー」
ヘラヘラ笑いながらへらず口をたたくが
超絶ブリザード視線で睨まれ慌てて顔をそらす。
今はかろうじて少年とわかる姿をした美少女…じゃなくて美少年は
短く息を吐いてからなんともいえない表情で言い訳のように呟く。
「だってあんた考えてもみなさいよ。
生まれて十数年女の子として育てられたのに今更突然男言葉で話せる?
それに私は別に男なのが嫌なわけじゃないのよ」
しかし フンとふくれて唇を微妙にとがらせているその様子はまんま美少女だ。
「…でも
徐々にどうにかしていこうとは思ってるわ。
私を隠そうとしていた母が亡くなった今、女のフリをしている意味がないからね。
まあ、本当は母が生きている時にだってわかっていたことなのよ。
父やその正妻はもう私たち母子の事なんてちっとも気にしちゃいないって。
…わかってはいたのよ」
そう自分に言い聞かせるようにシエラが呟く。
エヴァはそんな呟きなんてまったく聞いていないといったフリをしながら
緩慢な動作で目の前にそびえる屋敷を見遣る
少女のように美しい少年は
かつて大好きだった人がきっと自分を探してくれているとそう信じている母親に
『もうこんなことしていても意味がない』とは言えなかったのだろう。
たとえそれが自分の人生を大きく狂わせてしまうような事であっても。