魔法少年トーヤ
動物虐待ともとれる過激描写あり。絶対に真似しないでください。
幼いころ、魔法少女アニメを観ている時にふと思った。
――魔法少女がありなら、魔法少年があったっていいんじゃないか?
かといって、魔法少年のアニメが観たいとか、ましてやなりたいなどと思ったわけではない。ただ、なんとなくそんなことを考えただけだった。
――だから、まさか俺がこんなことになるなんて思ってもみなかった。
その日、赤羽桐也はいつも通りに学校へ行こうとしていた――のだが、いつも通っている曲がり角を曲がった時に、彼は何かとぶつかった。
「も~、一体どこ見て歩いてるんでしゅ。危ないじゃないでしゅか!!」
桐也はものすごくベタな台詞と、ものすごくベタな幼児語を聞いたような気がした。
目の前には何もいない。けれど、確かに今、何かにぶつかったはずだった。
「ちょっと~、どこ見てるんでしゅか!?」
再び聞こえた幼児語に目線を下に向けると、そこには一匹の真っ黒なウサギがいた。いや、果たしてこれをウサギと言っていいものか謎だった。その姿はウサギなのだが、それは何というか、デフォルメされたようなウサギだったのだ。
まず、耳が長い。それも異様に。身体の倍くらいの長さは有りそうで、しかもロップイヤーのように垂れて地面に引きずっている。
そしてなにより、はっきりと桐也を睨みつけている。
「…なんだこれ」
とりあえず、そう呟いた。
するとウサギは憤慨したような表情を浮かべた。そんな表情が浮かべられる時点でこのウサギは変だ。
「なんだとはなんでしゅか!あなたにぶつかったせいで食パンを落としてしまったでしゅ!」
黒いウサギはそう言うと、前足|(手?)で少し離れた場所を示す。
なるほど。食べかけの食パンが落ちている。
「……」
桐也はそれを見てもなにも言わず、じっとウサギとパンを交互に見つめた。
――…このベタな展開はなんだろう。
ウサギがしゃべっていることも驚くべきことだが、それに加えてこの展開は一体何なんだ。
「…あれ?ここであなたが冷たく言い返すのがこの場合のお約束なんじゃないんでしゅか?」
ウサギは無言を桐也を見て、きょとんと呟いた。
「 はぁ~、ノリの悪い方でしゅねぇ~。…でもこれも運命の出会いには違いないでしゅ!!――たった今から、あなたには魔法少女になってもらうでしゅ~!!」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。そしてその直後、目の前が真っ白になるほどの光が溢れた。
「……っ!?」
反射的に目を庇おうとして両手を顔の前に出す。しかし、光はすぐに消えた。
なんだったのかと思い、そっと目を開けると、まず自分の両手が見えた。
それは当り前だから良いのだが、何故か自分の服の裾にフリルの長いレースが付いているのが目に入った。
直感的に嫌な予感がして、慌てて自分の身体を見下ろした。
「……!!!!?」
あまりの衝撃で声も出ない。
なんと桐也は、ゴシック&ロリータ風の衣装を身に纏っていた。恐ろしいことに下はスカートで、右手にはいつのまにか黒いリボンのついた杖が握られている。
一瞬にしてこんな姿になってしまったことに酷くショックを受けていると、そこに空気を読まない嬉しげな声が響いた。
「やったでしゅ~!!魔法少女の誕生で、じゅぅ…」
ほとんど無意識に、桐也は黒ウサギを踏みつぶしていた。|(踏んでから気が付いたが、靴は踵の高いブーツになっている)
「俺をこんな姿にしたのはお前か?」
黒ウサギの上に足を乗せたまま、桐也は冷たい声で尋ねる。
「…そ、そうでしゅぅ~…」
黒ウサギは息も絶え絶えに返事をするが、どことなくその声には嬉しげな色が混じっている。
「それで?お前は一体何だ?いや、そんなことはどうでもいい。いますぐ元に戻せ」
ぐりぐりと力を込める。すると聞こえてきたのは歓喜の悲鳴だった。
「は、はわぁ~。ノリの悪い方だと思ったら、まさかのドS女王様…ハァハァ」
そう言って、黒ウサギは上目遣いに桐也の顔を――いや、スカートの中を見ようとした。
その瞬間、桐也はまたしても無意識に黒ウサギを蹴り飛ばしていた。さすがにやり過ぎたと思ったが、反射的な行動だった。
桐也は蹴り飛ばした黒ウサギから距離をとって話しかける。
「――戻せ。…それから俺は女じゃない。男だ」
後半は特に強く言った。
先ほどの黒ウサギの言葉を信じるなら、今の自分は『魔法少女』になってしまったらしい。だが自分はれっきとした男だ。この勘違いを一刻も早く訂正したい。
しばしの間を置いて黒ウサギが顔を上げた。
「…ふあ?」
顔を上げた黒ウサギは鼻血を噴いている。その顔を見て少々罪悪感が湧いた。
黒ウサギは桐也を見て、ぼーっとしている。まさか打ち所が悪かったのかと内心冷やりとしたが、それはすぐに杞憂に終わる。
「……大丈夫でしゅ」
何故か目がきらきらと輝いている。
「男でもばっちり似合ってるでしゅ。もう完璧でしゅ」
桐也は黒ウサギの言葉に思い切り顔をしかめた。打ち所が悪かったどころの騒ぎじゃない。
けれど、黒ウサギの言葉はあながち間違いではなかった。
桐也自身はあまり認めたくないことなのだが、彼の顔は中性的な容貌で、さらに身体もスラリとして細い。決して軟弱というわけではないのだが、性別の分かりにくい服装をしていると女の子と勘違いされることがあった。
「…いいから早く元に戻せ」
もう一度蹴りたい衝動に堪えながら、桐也は黒ウサギの長すぎる耳を掴んでぶら下げた。これもかなり酷いが、蹴るよりはいいだろう。
「無理でしゅ~」
黒ウサギは鼻血をティッシュ|(どこから出した?)で拭きながら言う。
「もう貴方は魔法少女になっちゃったでしゅ。魔法少女にクーリングオフはないんでしゅよ?」
「俺がいつ魔法少女になりたいなんて言った?」
ウサギはクーリングオフの意味を間違えている。
「それに、何で男の俺を選んだ?魔法少女なら女を選べよ」
「だってあなたはパンを咥えた黒ウサギと曲がり角でぶつかったじゃないでしゅか」
「……」
「これは運命の出会いってやつなんでしゅよ。あなたがパンを咥えた黒ウサギと曲がり角でぶつかったことで、貴方は魔法少女になる運命を背負ったんでしゅ!!」
きゃっと頬を赤らめて|(何故?)力説する黒ウサギ。
あまりにもアホらしい気分になり、桐也は何も言えない。
だが、この精神的拷問に等しい衣装を早く着替えたい。
「俺は男だ。魔法少女にはなれない」
――とゆうか、なりたくない。
だが、この言葉がさらに事態を複雑にしてしまうことになる。
黒ウサギは桐也の言葉を聞いて、少し悲しげな表情を浮かべた。
「しょうがないでしゅねぇ~。じゃあ、魔法少年にしましゅ。別に名称はどうでもいいでしゅからねぇ」
そしてさらりとすごいことを言った。
「ところで、あなたの名前はなんでしゅか?」
黒ウサギが晴れやかな表情でそう訊いてきたので、桐也は黒ウサギをサッカーボールのように蹴り飛ばした。
本当は連載にしたかったけれど、完全に思い付きだけで書いた内容なので、続きが思い浮かばなかった。