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第13話:王女、東海へ


 王都ヴァレシアスを出発して、四日目の朝。


 王女アレシナ・ヴァレシアは、馬車の窓から海を見ていた。


「……あれが、東海?」


「はい、殿下」


 向かいに座る王室外交官が答えた。


「リヴァーノ湾までは、あと半日ほどです」


 海は青かった。王都のある、内陸の西寄りの地方とは違う。空気にも、はっきりと潮の匂いが混じっている。


 街道は丘陵を下りながら、少しずつ海岸へと近づいていた。道沿いには、葡萄に似た果樹の園や麦畑が広がり、低い石垣が続く。ところどころに小さな漁村があり、街道を行き交う荷車の数も、昨日までより明らかに増えていた。


 東海祭は終わった。だが、リヴァーノはまだ祭りの余韻の中にある。


 そして今年は、祭りそのものより大きな噂が、街道を逆流してきていた。


「また、日本の話です」


 随行していた若い書記官が、馬車の外を見ながら言った。


 道端の宿屋の前で、旅人たちが何か話している。王室の一行に気づくと慌てて頭を下げたが、その直前まで聞こえていた単語ははっきりしていた。


「ニホン」だ。


「この四日間で、何回聞いたかしら」


 アレシナが言った。


「数えましょうか?」


「やめておきます」


 王室外交官が苦笑した。


「噂の中身も、だいぶ育っていますね」


「昨日は、どんなものが?」


「日本人は二百歳まで生きる、と」


「増えたわね」


「日本の船は、海の中も飛べる、と」


「昨日までは、空だけではなかった?」


「昨晩、海の中が追加されました」


「明日には、地面も掘り進むかもしれないわ」


「実際に掘れる可能性もあります」


 向かいの護衛騎士が、真顔で言った。アレシナは騎士を見た。


「あなたまで、真面目に受け取らないで」


「日本については、何が本当で何が誇張なのか、判断がつきませんので」


 それには、反論できなかった。


 ◇


 アレシナの馬車の後ろには、王室の旗を掲げた一行が続いていた。


 総勢四十名あまり。近衛が二十名、王室外交官が四名、書記、財務官、宮廷魔術師が三名、ルメリア教の高位聖職者、従者、御者、医師、その他の実務官たち。


 軍隊と呼ぶほどではない。だが、地方視察としては明らかに重い陣容だ。


 国王アルヴェリオ三世の名代として、王女本人が赴く。その目的は、この世界に突然現れたという、人口八千三百万の国家との接触だった。


「殿下」


 外交官が、薄い帳面を一冊差し出した。


「本日の確認事項です」


「もう三度読みました」


「四度目をどうぞ」


「あなた、父上に似てきたわね」


「光栄です」


「褒めてません」


 アレシナは帳面を受け取った。表紙には、こう記されている。


『対日本初回中央使節要項』


 王命の内容は、次のようなものだった。


 日本を、敵と決めつけない。友とも決めつけない。リヴァーノ辺境伯による暫定的な合意を確認する。日本政府の代表権を確認する。ヴァレシア王国として、正式な外交窓口を設ける。軍事同盟、領土、武器の供与に関する約束は行わない。交易についても、即断はしない。


 そして──日本という国家が、ヴァレシアと共存できる相手かどうかを見極める。


 父らしい文章だった。派手な言葉は一つもない。だが、最後の一文だけは重かった。


 アレシナは、窓の外に目をやった。


「共に生きられる相手、ね」


「陛下のお言葉ですか」


「ええ」


「難しいご命令です」


「だから、私が来たのでしょうね」


 ◇


 弟のセルディオから預かった質問状も、持ってきている。


 正確に言えば、預かったのは五問だった。ところが出発の前夜に荷物を確認すると、別紙が七枚も増えていたのだ。


 一は宇宙船の推進法、二は月までの距離、三は惑星の観測法、四は恒星の成分分析、五は宇宙空間で魔法が使えるかどうか。そこまでは、父が許可した分だ。


 六は日本の天文学の歴史。七は宇宙空間の温度。八は他の惑星の生命。九は人工衛星。十は重力を操れるか。十一は古代文明と遭遇した経験があるか。十二は日本の天文学者を王都へ招けるか。十三は──。


 アレシナは、途中で数えるのをやめた。


 結局、全部持ってきてはいる。弟には言わないつもりだった。


 ◇


 昼過ぎ、街道の先に大きな湾が現れた。


「見えてきました」


 護衛騎士が言った。


 リヴァーノ。丘陵と海に挟まれた港町だ。


 内陸から近づくと、最初に目に入るのは塔だった。教会の塔、港湾の監視塔、そして東の岬に建つ魔法灯台。その下に石造りの家々が並び、運河と倉庫、無数の帆柱が見える。


「思っていたより、大きい」


 宮廷魔術師の一人が呟いた。


「人口は一万八千です」


「数字では知っています」


「でも?」


「実際に見ると、違う」


 アレシナは少し笑った。


「日本人も、同じことを思ったそうですよ」


「何をです?」


「我々の街を見て」


 報告書には、そう書かれていた。石造りの建築、運河、人力のクレーン、魔法灯台、多種族の市民。日本側は、その一つ一つを大量に記録していったという。


 今度は、こちらが日本を見る番だった。


 ◇


「殿下」


 馬車の外から、先行していた騎兵の声がした。


「辺境伯閣下が、お出迎えにいらしています」


「ご本人が?」


「はい」


 アレシナは一瞬黙った。


「……でしょうね」


 ◇


 リヴァーノ辺境伯は、街の北門から半里ほど手前まで出迎えに来ていた。


 礼装に身を包み、馬に乗り、護衛を従えている。隣には娘が、その少し後ろには、例の孤児出身の騎士が控えていた。


 王室の馬車が止まり、アレシナが降り立つ。辺境伯は片膝をついた。


「王女殿下。リヴァーノへ、ようこそお越しくださいました」


「お久しぶりです、辺境伯」


「三年ぶりでしょうか」


「二年と八か月です」


「よく覚えておいでだ」


「あなたが王都で、運河の予算を要求し続けた年でしたから」


 辺境伯の娘が、吹き出しそうになった。


「それは、覚えられていますな」


「父上も、覚えていますよ」


「……陛下には、よい思い出として?」


「どうでしょう」


 二人とも、笑った。


 形式的な挨拶が終わると、アレシナは辺境伯の娘に目を向けた。こちらへの声は、少し柔らかい。


「久しぶり」


「殿下」


「二人のときは、その呼び方はいらないと言ったでしょう?」


「今日は、二人きりではありません」


「相変わらずね」


 二人は、以前から面識があった。王都の宮廷や外交行事、学問の場で顔を合わせてきた仲だ。親友と呼ぶほど近くはない。だが互いに、政治の話ができる程度には相手を知っている。


 今回は、それが大きかった。


 ◇


「まず」


 アレシナは辺境伯を見た。


「父上からです」


 王室の書記が、王璽の押された封書を差し出した。辺境伯が受け取る。


「こちらが、正式な王命ですか」


「ええ。それと、私信も」


「……私信?」


 辺境伯は、嫌な予感を覚えた顔で封を開けた。


 一行目。表情は真面目だ。二行目。少し硬くなる。そして最後の行で、完全に動きが止まった。


「何と?」


 娘が聞いた。


「……何でもない」


「お父様」


「陛下からの、お言葉だ」


「でしたら、重要なものでしょう」


「『よくやった』と」


 少し、誇らしげだった。


「それから?」


「以上だ」


 アレシナが微笑んだ。


「私、内容を知っていますよ」


 辺境伯が王女を見た。


「殿下」


「“次からは、未知の八千三百万人の国家に自分から会いに行こうとする前に、王都へ相談しろ”」


 娘が顔を伏せた。騎士は横を向いたが、その肩が少し揺れていた。


「笑ったな」


「笑っておりません」


「先日も、同じ顔をしていたぞ」


「生まれつきです」


「ガルディオまで、同じことを言っていた!」


 アレシナは、初めて声を出して笑った。


 ◇


 一行は街へ入った。


 沿道には、住民たちが集まっていた。王女を一目見るためだ。そして、王女が何をしに来たのかを、皆すでに知っていた。


「日本と話すんだろ」


「王女殿下が?」


「正式な使節だって」


「戦争になるのか?」


「馬鹿。友好のためだよ」


「でも、ヴァルガニアが──」


 そこだけ、声が小さくなった。


 アレシナは、聞こえないふりをした。だが、覚えておくことにした。


 この街の市民ですら、もう理解し始めているのだ。日本の出現が、珍しい船の話だけでは終わらないことを。


 ◇


 領主館──正確には辺境伯館に到着したのは、午後三時前だった。


 王女一行の宿泊区画、執務室、会議室、護衛の配置。すべてが準備されていた。


「仕事が早いですね」


 アレシナが言うと、辺境伯の娘が答えた。


「日本人が来てから、父はほとんど寝ていませんから」


「それは、仕事が早いというより」


「止まらないだけです」


「聞こえているぞ」


「聞こえるように言いました」


 ◇


 最初の説明会が始まった。


 出席したのは、辺境伯とその娘、騎士、港務官、ネリオ、ファルネ、魔術師ギルドの代表、ルメリア教の代表。そして、ガルディオだった。


 アレシナは、彼を見た。


「あなたが?」


「何でしょう、殿下」


「日本人と最初に会った船長」


「そういうことになってます」


「昔は海賊だったという噂も聞きました」


「ひどい噂ですな」


 部屋の全員が、微妙な顔をした。


「違うの?」


「若いころは、いろいろありまして」


「では、その話はまた今度」


「助かります」


 ◇


 アレシナは、報告書を机に置いた。


「書面には、すべて目を通しました」


 辺境伯が嬉しそうな顔になった。


「では、日本がどれほど──」


「でも」


 王女がそれを遮った。


「書面と実物は、違うのでしょう?」


 辺境伯が止まった。


「はい」


 答えたのは、ファルネだった。いつになく真剣な顔をしている。


「かなり、違います」


「魔法を使わない機械」


「はい」


「言葉を学ぶ機械」


「はい」


「百歩近い、白い船」


「はい」


「八千三百万」


「本人たちも、そう言っています」


「別の世界」


「本人たちは、“その可能性は高いが、断定はしていない”と」


 アレシナが、わずかに眉を上げた。


「断定しないのですか」


「理由が分からないから、だそうです」


 ファルネは言った。


「日本人は、妙なんです」


「どういう意味?」


「信じられないものを見ても、すぐに神や悪魔のせいにしません」


「我々だって、普通はしない」


 ギルド代表が横から言った。


「あなたは初日に、古代文明説を三回も口にしたでしょう」


「可能性として、だ」


「日本人は」


 ファルネは続けた。


「分からないことがあると、まず測るんです」


「測る?」


「何でもです」


「魔法も?」


「特に、魔法を」


 ファルネは、少し疲れた顔をした。


「怖いくらいに」


 ◇


「日本人自身にも、魔法が?」


 アレシナが訊くと、辺境伯が頷いた。


「今朝、向こうから新しい情報が届きました」


 王女の表情が変わった。


「正式なものですか?」


「限定的な説明ですが」


 ネリオが文書を開いた。


「日本国内で、再現可能な魔法現象が確認されたそうです」


「日本人に?」


「はい」


 宮廷魔術師たちが、一斉に身を乗り出した。


「どの程度の?」


「ガラスの小さな球を、数ミリ動かした、と」


 一瞬の間があった。宮廷魔術師の一人が、首を傾げる。


「……それだけ?」


「それだけのようです」


「初等学校の子供以下では」


 別の魔術師が言った。


「日本人にとっては、歴史的な発見なんです」


 ファルネが答えた。


「彼らの世界には、魔法がなかったのですから」


「なるほど」


 アレシナは、少し考えた。


「ということは」


「はい」


 辺境伯が言った。


「日本人も、この世界に来て変わり始めているようです」


 アレシナは、その言葉を胸に刻んだ。


 これは重要なことだ。日本は、完成された怪物ではない。彼ら自身もまた、この世界に来たばかりなのだ。


 ◇


「では」


 王女が尋ねた。


「日本側は、私が来ることを知っているのですか?」


「国王特使が派遣されたことまでは、伝えてあります」


「私の名前は?」


「お伝えしました」


「反応は?」


 辺境伯は、少し困った顔をした。


「非常に礼儀正しく、“歓迎します”と」


「それだけ?」


「それだけです」


「……そう」


 アレシナには、少し意外だった。


 王女が来る。ヴァレシアでは、それは大きな出来事だ。普通の外国なら、王族が派遣されたというだけで、こちらの意図を読み取り、儀礼を調整し、相手の側も相応の人物を出してくる。


 だが日本は、王女という身分がこちらでどれほど重いものなのかを、まだ完全には理解していないのだろう。


「当然か」


 アレシナが呟いた。


「何がです?」


 辺境伯の娘が尋ねた。


「向こうも、私たちのことを知らないのよ」


 日本は、圧倒的に進んでいる。だから、つい忘れてしまいそうになる。


 知らないことについては、日本もまた赤子同然なのだ。


 ◇


 そこで、辺境伯が立ち上がった。


「では、殿下」


「何?」


「まずは、見ていただいた方が早いでしょう」


 その顔を、アレシナは知っていた。何かを見せたくて、仕方がないときの顔だ。


「何を?」


「日本を、です」


 ◇


 辺境伯館の東側には、港と湾を一望できる高いテラスがあった。


 一行が外へ出ると、潮の匂いを含んだ風が吹きつけてきた。午後の日差しの下、港には大小の帆船が浮かび、運河と灯台が見える。その向こうに、湾の外の海が広がっていた。


「……どこ?」


 アレシナが目を細めた。辺境伯が、望遠鏡を差し出す。


「東南東です」


 王女は望遠鏡を覗き込み、海を探した。帆船が見え、さらにその先へ──。


 そこで、視線が止まった。


 ◇


 白かった。


 報告書にも、そう書いてはあった。だが、その船はあまりにも白すぎた。


 海に浮かぶ、巨大な船体。全長は百歩近く、外板は滑らかで、高い船楼がそびえている。帆柱も、帆も、櫂もない。煙も出していない。それなのに、風を無視するように、ゆっくりと向きを変えていた。


「……あれが?」


「はい」


「『いわみ』?」


「そうです」


 王女は、望遠鏡を下ろさなかった。しばらくのあいだ、誰も声をかけなかった。


 アレシナは、報告を信じていた。父も信じた。もちろん、すべてを無条件に信じたわけではない。だが、「そんなものはない」と退けるようなことはしなかった。


 それでも、実物は別だった。


 知識として受け入れることと、自分の目で見ること。その間には、大きな海が横たわっている。


「……大きい」


「でしょう?」


 辺境伯の声は、妙に嬉しそうだった。


「なぜ、あなたが誇らしそうなの」


「最初に会いましたから」


「あなたの船ではないでしょう」


「細かいことを」


 ◇


 アレシナは、もう一度望遠鏡を覗いた。甲板に、小さな人影が見える。船尾では、何かが動いていた。


「後ろにある、平らな場所は?」


「空飛ぶ機械が降りる場所だそうです」


 望遠鏡が、少し下がった。


「……何ですって?」


「飛行する機械です」


「その機械が」


 王女は、再び覗き込んだ。


「船に降りるの?」


「はい」


「実際に見たのですか?」


「まだです」


「では──」


「聞いてみましょう」


 辺境伯が、嬉しそうに言った。アレシナは望遠鏡を下ろした。


「あなた」


「はい?」


「日本人に、何でも見せてもらおうとするのはやめなさい」


「殿下まで?」


「父上が心配する理由が、よく分かりました」


 ◇


 辺境伯の娘が、隣へやってきた。王女にだけ聞こえる声で、彼女は尋ねた。


「どう? 報告通りだった?」


 アレシナは、白い船を見つめた。


「違う」


「どこが?」


「報告書より」


 少し考えてから、王女は言った。


「不気味」


 娘は頷いた。


「最初は、そうよね」


「今は?」


「少し違う」


「どう違うの?」


 彼女は、少し考えた。


「中に人がいると分かってから」


 そう言って、海上の「いわみ」を見る。


「船じゃなくて、人を見るようになった」


 アレシナは、友人の横顔を見た。


「危険ではないと思う?」


「危険よ」


 即答だった。


「じゃあ」


「危険なことと、話ができることは、別よ」


 父親に似ている、とアレシナは思った。ただし娘の方が、少しだけ慎重だ。


 ◇


 夕刻。王女一行の到着は、日本側でも正式に確認されていた。


「いわみ」のOICに、表示が出る。


『ヴァレシア王国国王特使、王女アレシナ・ヴァレシア。リヴァーノに到着』


 神谷が、その表示を見た。


「王女、ですか」


「国王の娘だそうだ」


 三浦が頷いた。


「実質的に、中央政府が出てきたということですか?」


「そういうことだろう」


「昨日までは、辺境伯さんとのお話でしたものねぇ」


 高瀬が言った。


「辺境伯?」


 神谷が振り返った。


「正式な爵位が判明したそうですよ」


 三浦が資料を開いた。


「リヴァーノ辺境伯。東方沿岸の防衛、港湾の管理、地方の軍事動員について、通常の伯爵より広い権限を持つ」


「なるほど」


 神谷が小さく納得した。


「だから、最初の接触であそこまで勝手が利いたのか」


「“勝手”と言うな」


「でも、中央政府に報告する前に、我々を招いたんですよ?」


「現地の法の上では、裁量の範囲内だったらしい」


「地球の歴史にもいましたねぇ、辺境伯」


 高瀬が微笑んだ。


「日本にはいませんでしたよ」


「ヨーロッパ史のお話です」


「分かってます」


 ◇


「日本政府の側は?」


 三浦が尋ねた。


「外務省が、すでに対応班を組み直しています」


「格を上げるのか?」


「はい。リヴァーノとの現地での実務協議から、ヴァレシア中央政府との準政府間協議へ」


「これで、正式な外交になりますね」


 神谷の言葉に、三浦は少し考えた。


「まだだ」


「違うんですか?」


「正式な外交になるために、話すんだ」


 その言葉は、偶然にも、同じころ辺境伯館でも語られていた。


 ◇


「明日の会談では」


 夕食の後、王室使節だけの打ち合わせで、アレシナは言った。


「日本を、友好国と決めつけないこと」


「はい」


「敵性国とも、決めつけないこと」


「はい」


「彼らの技術に、目を奪われすぎないこと」


 そう言いながら、セルディオの質問状を脇へ置く。


「難しいでしょうが」


 宮廷魔術師が、小声で言った。


「努力してください」


「はい」


「そして」


 アレシナは、机の上の地図を見た。日本列島、リヴァーノ、ヴァレシア王国、ヴァルガニア、ベルカディア。


「こちらの弱みを、隠しすぎないこと」


 財務官が眉を寄せた。


「殿下」


「何もかも話せ、とは言っていません」


「では」


「日本人は、周辺の政治を調べれば、いずれ知ることになります」


 王女は、ヴァルガニアの上に指を置いた。


「ヴァルガニアとの関係も」


 指を、ベルカディアへ動かす。


「ベルカディアとの関係も」


 そして、ヴァレシアを示した。


「我々が大国ではない、ということも」


 外交官が頷いた。


「嘘をつけば?」


「信頼を失います」


「弱さを見せれば?」


「利用される可能性があります」


「では」


 アレシナは、父の言葉を思い出していた。


 ──共に生きられる相手かどうかを、見てこい。


「だから明日、それを見るのです」


 ◇


 その夜、アレシナは宿泊室の窓を開けた。


 リヴァーノの夜。祭りは終わったが、ところどころにまだ魔法灯が残っている。運河、石橋、船、そして海。


 遥か沖には、「いわみ」の灯火が見えた。魔力を使わない光だ。風にも、夜にも揺らぐことなく、ずっと一定の明るさで輝き続けている。


「八千三百万」


 王女は、小さく呟いた。


 怖くないと言えば、嘘になる。軍艦ですらない船が、あれなのだ。空を飛び、月へ行き、百歳を超えて生き、国民のほぼ全員が文字を読む。そんな国が突然、ヴァレシアの東に現れた。


 普通なら、信じたくはない。嘘だと思いたい。何かの誤解だと片付けてしまいたい。


 だが、海に浮かぶあの白い船は、こちらの都合で消えてはくれない。


 アレシナは、窓を閉じた。


「なら」


 小さく、呟く。


「知るしかないわね」


 明日、地方の領主ではなく、ヴァレシア王国の名代として、日本と向き合う。


 ──国家と国家の、最初の会談が始まろうとしていた。

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