自分大好き、大嫌い
僕は能力が高く、性格も良く、見た目が整っている。
そんな勘違いをしていました。
いえ、今もしているかもしれません。
そして、その勘違いこそが、僕の生きる理由であり、僕が消えたくなる理由なのだと思います。
自分を高く見積もっているからこそ、生きる活力が湧き、自分を高く見積もっているからこそ、現状に絶望するのです。
痛々しいのは重々承知しております。
ですが、その痛々しさでさえ、人間らしく、愛おしいです。
僕の自己愛は醜く膨張しているのです。
そして、こんな僕を冷ややかに見ている(つもりの)自分もいます。
お前は人より能力が低く、性格が悪く、見た目が悪い。
こうした自分を飼っているのです。
この自分を卑下する人格は、自分を愛してやまない人格と奇妙な形で共存しています。
どちらが本当の自分なのか、よく分かりません。
しかし、どちらも嘘ではありません。
さらに、自分を愛する自分は、こんな自分を特別だと思っています。
一方で、自分を卑下する自分は、こんな自分を平凡だと思っています。
このまま二つの『人格』に踊らさられるのが『正しい』人生なのでしょうか。
それとも、どちらか一つを選ぶのが『正しい』人生なのでしょうか。
あるいは、二つだと思っている『人格』は同一のものなのでしょうか。




