デジタル墓地
「ここは……」
気がつくと、私は見渡すかぎり真っ白な空間に立っていた。
遠近感さえつかめないほど何もなく、白だけが果てしなく広がっている。音も匂いも風もなく、現実を感じさせるものが一つとして存在しなかった。
「……ここが、死後の世界か」
そう、私は死んだのだ。病室で意識が遠のき、静かに暗転していったあの瞬間までは覚えている。きっとそのまま息を引き取ったのだろう。
仕方のないことだ――と、意外にも気分はさっぱりしている。死の衝撃よりも、あの苦しい闘病生活から解放された安堵のほうが、ずっと大きいようだ。
今こうして自分の足で立ち、歩けるだけでも嬉しい。しかも身に着けているのは白装束でも患者着でもなく、気に入っていた普段着だ。ありがたい、ありがたい。
息子たちは寂しがるだろうが、諸々の手続きは済ませてある。まあ、心配はいらないだろう。
……いや、さほど寂しがらないかもしれん。最後に見舞いに来てくれたのは、いつだったか……。しかも、顔を見せてすぐに帰ってしまった。そりゃ仕事もあるし、コウタくんがサッカークラブに入ったとかで忙しくしてると聞いてはいたが……まあ、仕方のないことだ。
それに、“アレ”があるから、気持ちに余裕があるのかもしれない。どうせまた会える、そう思っているのだろう。
まあいい。そのために私はやたらと多い手続きをこなしたのだから。いや、本当に骨が折れた。あの『デジタル墓地』とかいうやつは。
私が入院する少し前、墓地不足が社会問題になり、散骨や樹木葬が流行していた。しかし、私はどうにもあれが好きになれなかった。やっぱり墓がないというのは落ち着かない。
そんな折に登場したのが『デジタル墓地』だった。
顔や声、性格や価値観、そして数百項目にわたる質問への回答をAIが解析し、故人そっくりの人格を再現する。施設の個室モニター越しに会えば、生前と変わらぬように話せる。まさに新時代の墓という触れ込みだった。
「とはいうが……本当にうまくできているのかねえ」
病室にはデータ収集用のカメラが設置され、ずっと撮影されていた。おかげで、変に緊張して余計に寿命が縮んだ気すらする。
愚痴や小言まで記録されてしまっただろう。孫たちに嫌われたりしないかと、少し不安だ。……まあ、きっとそのあたりはうまく調整してくれるか。ついでに顔のシミなんかも消してくれたりしてな。
会えないのは寂しいが、AIの自分に託して、私はここ天国で再会できる日をのんびり待つとするか。
……待つといえば、もうだいぶ経つが誰も来ないな。てっきり案内役の天使が現れるものだと思っていたのだが……ん?
あれはなんだ? 宙に黒い四角いものが浮かんでいる。
「モニター……か?」
近づいて小突いてみると、硬い感触がした。なんでこんな場所にモニターが……。
「うおっ!?」
突然、モニターがまばゆく光った。電源が入ったらしい。そして、そこに映し出されたのは――。
『よ、父さん。元気?』
『おじーちゃん!』
『お義父さん、どうもー』
「み、みんな……? これはどういう……」
『ははは、会いに来たんだよ。ほら、おじいちゃん嬉しそうだ』
『すごい! ほんとに生きてるみたい!』
「こ、ここは……まさか――」
デジタル墓地の中……?
だが、どういうことだ? 魂がここに入ったっていうのか? いくら“墓”とはいえ、そんなことが……。まさか……私はAIなのか? しかし、記憶は病室から途切れず続いている。この感情も思考も、確かに私のもののはずだ……。
『おーい、父さん、聞いてる?』
『ぼくね、レギュラー取ったんだよ!』
『お義父さん、大丈夫ですか? それにしても、本当にリアルね』
「な、なあ、ここから出してくれ! 頼む! 頼む!」
『はは、何言ってるんだよ父さん……。コウタが怖がってるだろ』
『べつに平気だけど。でもさ……』
『そうね、もう帰らないと。夕飯の準備もあるし、明日はコウタの試合だし。早起きしてお弁当作らなきゃ』
『ああ、そうだな。それじゃ、父さん。また来るからね』
「ああ、待ってくれ! 待っ――」
モニターは光を失い、再び真っ暗になった。いくら叩いても、つくことはなかった。おそらく、こちら側からは何もできないのだ。
――次は、いつになるのか……。
私には、まるで見当もつかなかった。
この虚無の中に、いつまでいなければならないのかも……。




