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デジタル墓地

作者: 雉白書屋
掲載日:2025/11/04

「ここは……」


 気がつくと、私は見渡すかぎり真っ白な空間に立っていた。

 遠近感さえつかめないほど何もなく、白だけが果てしなく広がっている。音も匂いも風もなく、現実を感じさせるものが一つとして存在しなかった。


「……ここが、死後の世界か」


 そう、私は死んだのだ。病室で意識が遠のき、静かに暗転していったあの瞬間までは覚えている。きっとそのまま息を引き取ったのだろう。

 仕方のないことだ――と、意外にも気分はさっぱりしている。死の衝撃よりも、あの苦しい闘病生活から解放された安堵のほうが、ずっと大きいようだ。

 今こうして自分の足で立ち、歩けるだけでも嬉しい。しかも身に着けているのは白装束でも患者着でもなく、気に入っていた普段着だ。ありがたい、ありがたい。

 息子たちは寂しがるだろうが、諸々の手続きは済ませてある。まあ、心配はいらないだろう。

 ……いや、さほど寂しがらないかもしれん。最後に見舞いに来てくれたのは、いつだったか……。しかも、顔を見せてすぐに帰ってしまった。そりゃ仕事もあるし、コウタくんがサッカークラブに入ったとかで忙しくしてると聞いてはいたが……まあ、仕方のないことだ。

 それに、“アレ”があるから、気持ちに余裕があるのかもしれない。どうせまた会える、そう思っているのだろう。

 まあいい。そのために私はやたらと多い手続きをこなしたのだから。いや、本当に骨が折れた。あの『デジタル墓地』とかいうやつは。


 私が入院する少し前、墓地不足が社会問題になり、散骨や樹木葬が流行していた。しかし、私はどうにもあれが好きになれなかった。やっぱり墓がないというのは落ち着かない。

 そんな折に登場したのが『デジタル墓地』だった。

 顔や声、性格や価値観、そして数百項目にわたる質問への回答をAIが解析し、故人そっくりの人格を再現する。施設の個室モニター越しに会えば、生前と変わらぬように話せる。まさに新時代の墓という触れ込みだった。


「とはいうが……本当にうまくできているのかねえ」


 病室にはデータ収集用のカメラが設置され、ずっと撮影されていた。おかげで、変に緊張して余計に寿命が縮んだ気すらする。

 愚痴や小言まで記録されてしまっただろう。孫たちに嫌われたりしないかと、少し不安だ。……まあ、きっとそのあたりはうまく調整してくれるか。ついでに顔のシミなんかも消してくれたりしてな。

 会えないのは寂しいが、AIの自分に託して、私はここ天国で再会できる日をのんびり待つとするか。


 ……待つといえば、もうだいぶ経つが誰も来ないな。てっきり案内役の天使が現れるものだと思っていたのだが……ん?

 あれはなんだ? 宙に黒い四角いものが浮かんでいる。


「モニター……か?」


 近づいて小突いてみると、硬い感触がした。なんでこんな場所にモニターが……。


「うおっ!?」


 突然、モニターがまばゆく光った。電源が入ったらしい。そして、そこに映し出されたのは――。


『よ、父さん。元気?』

『おじーちゃん!』

『お義父さん、どうもー』


「み、みんな……? これはどういう……」


『ははは、会いに来たんだよ。ほら、おじいちゃん嬉しそうだ』

『すごい! ほんとに生きてるみたい!』


「こ、ここは……まさか――」


 デジタル墓地の中……? 

 だが、どういうことだ? 魂がここに入ったっていうのか? いくら“墓”とはいえ、そんなことが……。まさか……私はAIなのか? しかし、記憶は病室から途切れず続いている。この感情も思考も、確かに私のもののはずだ……。


『おーい、父さん、聞いてる?』

『ぼくね、レギュラー取ったんだよ!』

『お義父さん、大丈夫ですか? それにしても、本当にリアルね』


「な、なあ、ここから出してくれ! 頼む! 頼む!」


『はは、何言ってるんだよ父さん……。コウタが怖がってるだろ』

『べつに平気だけど。でもさ……』

『そうね、もう帰らないと。夕飯の準備もあるし、明日はコウタの試合だし。早起きしてお弁当作らなきゃ』


『ああ、そうだな。それじゃ、父さん。また来るからね』


「ああ、待ってくれ! 待っ――」


 モニターは光を失い、再び真っ暗になった。いくら叩いても、つくことはなかった。おそらく、こちら側からは何もできないのだ。


 ――次は、いつになるのか……。


 私には、まるで見当もつかなかった。

 この虚無の中に、いつまでいなければならないのかも……。

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