残酷
喫茶店を出てから優香はすぐに近くの駅まで走った。
彼女は駅に着くと息を整えながら、地図アプリで静岡県までの経路を調べる。
「これじゃ、着くのは夜になりそう……。とりあえず駅で降りたら近くでホテルを探さないと」
表示された画面を見ながら肩を落とす。
それから数時間かけて電車を乗り換えると静岡県に着く。
駅に到着する頃には日が沈み辺りは暗くなり始めていた。
優香は急いで近くでホテルを探すとちょうど空きがあった部屋を取った。
鍵を貰い、部屋に足を踏み入れると少ししてから夕飯が運ばれてくる。
彼女は用意された食事を食べると風呂に入った。
湯船に浸かりながらぼんやりと昔の茜の顔を思い浮かべる。
「喫茶店で茜の話を聞いてから胸が苦しい……。こんなの颯太を失った時以来だ」
微かに震える手を握ると大きなため息をついた。
「もう、誰かを亡くすのは嫌」
膝を抱えると優香は俯く。
濡れた髪を拭きながら浴室を出るとスマホが音を立てた。
彼女はテーブルに近づくとスマホを手に取る。
画面には梨花と表示されていた。
応答のボタンを押すと電話に出る。
「もしもし。優香」
「お母さん。急にどうしたの?」
壁にかけられていた時計を見ると九時を指している。
「ちょっと、話しておきたいことがあって。颯太のことなんだけど……」
優香は目を見開くと大きく深呼吸をした。
「うん。私は大丈夫。聞かせて」
「本当?辛くなったら言うのよ。すぐにやめるから。今日ね颯太の部屋を掃除していたら一枚の絵が出てきたの」
「絵?」
首を傾げる。
「そう。私も颯太の死が辛くて、中々整理できていなかったんだけどね。あれからずいぶんと時間が経ってるし気持ちもだいぶ落ち着いたから、部屋を整理してたの。そしたら昔、描いたような古い絵が出てきて写真送るわね」
スマホが震える。
彼女はメッセージアプリを開くと写真を確認した。
そこにはクレヨンで黄色い花が大量に描かれている。
(花畑?綺麗……)
ふと、白い部分に文字があるのが目に入った。
そこには大きな字で姉ちゃんと茜ちゃんで見る場所と書かれている。
一瞬、頭に激しい痛みが走った。
『姉ちゃんいつか見せてあげるよ。地面いっぱいに広がる黄色い朝顔の花畑!』
思い出したのはそう言って笑う颯太の笑顔。
優香ははっとしたようにスマホを耳に当てるとこう聞いた。
「ねぇ、お母さん。引っ越す前の家に朝顔が植えてあったの。茜の手紙にも朝顔の押し花が入ってた。何か知らない?」
梨花は少しの沈黙の後に口を開く。
「朝顔……。それならあなたの名前の由来が朝顔からきてるからじゃないかしら」
「え?」
「颯太には話してたの。優香が産まれた時に病室のそばにあった朝顔から優しい匂いがしたから、優しく香るで優香って名付けたって。でも、朝顔は本来匂いなんかしないから気のせいだったのかもね」
昔、茜達が言っていたことを思い出す。
「だから、あの時私の名前の由来だからって言ってたんだ」
「え?」
優香は我に返ると慌てて返事をした。
「あ、ごめん。なんでもないの。そろそろ切るね!おやすみ」
「ええ。おやすみ」
スマホをテーブルに置くと彼女は鞄から手紙を取り出す。
そして中に入っていた地図をスマホで検索する。
「この場所、自然公園だ。約束した場所きっとここかも。明日、行ってみよう」
彼女はそう言うと髪の毛をドライヤーで乾かしてベッドに入ると眠りについた。
翌朝、電車を数回乗り継ぎ目的の場所に着く。
自然公園と看板が立てられているそこは広大な緑に覆われ多くの花が咲いていた。
優香はしばらく歩くと開けた場所にでる。
「……すごい」
澄んだ湖と緑に囲まれた光景、その中でも一際目を引くのは湖の周囲を埋め尽くすように咲いた黄色い朝顔。
「ここが茜が私に見せたかった場所なの?」
ぼんやりと朝顔を見つめながら立っていると、近くに制服を着た生徒をみつけた。
髪をひとつで結んだその人は目が合うとなぜかこちらに向かって勢いよく歩いてくる。
優香が突然のことに戸惑っていると声をかけられた。
「あの、もしかして小川優香さんですか」
「え、はい。そうですけど……」
制服を着た女性は軽く頭を下げる。
「突然、すみません。驚かせてしまいましたよね。私、茜の娘の佐藤唯といいます」
「え?茜の娘?」
思わず裏返った声が出た。
「はい。本当に静岡に来てくれたんですね。よかった……」
泣きそうな顔で笑う唯に優香は目を瞬かせる。
「どうしてそこまで」
「母、茜が。癌でもう、一年しか生きられないんです。それでどうしても母が気にしていた優香さんに会わせたくて。母が書きかけてた手紙を私が送ったんです」
「え……?」
優香は後ろから急に暗闇に突き落とされたような感覚に襲われた。




