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アサガオ  作者: 金糸雀
7/9

不穏

優香は青年の話を聞いて頭を悩ませた。


幼い頃からの軌跡を辿り、茜の情報を得てここまで来たのにその姿はなく昔した約束も思い出せない。


小学、中学校は既に閉校していて立ち入ることもできない。


僅かな望みをかけて彼女は口を開いた。


「あの、茜が行きそうな場所に心当たりとかないですよね……」


「私は小川さんと直接関わりがあったわけではないからね。彼女の同僚なら何か知ってるかも。連絡してみようか?」


彼は懐からスマホを取り出すと窺うようにこちらを見る。


「すみません。お願いします」


優香がそう言うと青年はスマホを操作して耳に当てた。


数回発信して繋がったのか、話を始める。


「今、大丈夫かな?君、三年前に辞めた佐藤茜さんと仲が良かったよね。実はその知り合いが来てて、彼女のことを知りたいそうなんだ。少し時間をとることはできそうかな?」


彼はそのまま言葉を続けた。


「ありがとう。じゃあ、十三時にいつもの喫茶店で会ってもらえるかな」


そう言うとスマホを耳から離す。


「会ってくれるみたいだよ。彼女は十三時にこの喫茶店に来るから」


一枚の小さな紙を手渡した。


そこには喫茶マルモと書かれている。


「長く引き止めてしまってすみません。ありがとうございます」


優香は紙を受け取ると頭を下げる。


「いや、いいんだ。どうせ今日は暇だしね。じゃあ、私は仕事に戻るよ」


青年は軽く手を振ると奥の白い建物に姿を消した。




彼女はもらった紙を見つめながら、スマホを取り出す。


「約束の時間まで後、三時間か」


そう言うと、地図アプリを開き喫茶マルモと検索した。


ここから徒歩十分と表示されている。


時間が潰せるところがないか、地図を注意深く見るとマルモと書かれた近くに図書館があるのを見つける。


(ここで、お母さんから提案された出会った人と場所のことまとめてみよう)


優香はスマホをポケットにしまうと図書館に向かった。




少し歩くと木造の大きな建物が見えてきた。


建物の前には王立図書館と書かれた看板が立てられている。


優香は昔と違う景色に戸惑いながらも足を進めた。


重厚な扉を開くと本棚にびっしりと詰められた本に目を見開く。


朝が早いためか彼女以外の人は司書の女性しかいない。


優香は本棚の前に来ると並べられている本を見つめる。


しばらくタイトルを目で追っていると気になるものがあった。


(これ、見覚えがある)


手に取って本の表紙を確認する。


『本当は深い花言葉』


本にはそう書かれていた。


彼女はゆっくりとページを捲る。


しばらく読み進めると、手を止めた。


「朝顔の花言葉は固い絆か。この言葉、どこかで聞いたような気がする……」


思い出そうとすると頭が酷く痛む。


そんな中で浮かんだのは二人の子どもだった。


「ねぇ、ゆう。朝顔の花言葉って知ってる?」


幼い茜が本を抱えながらこちらを見る。


「知らない。何?」


首を傾げると目の前に座っていた颯太が顔を上げて振り向く。


「固い絆だよ!姉ちゃん」


「そうなんだ。颯太も茜も本当に花が好きなんだね」


微笑むと茜と颯太がこちらを見て頷く。


『うん。だって、優香の名前は花が由来だから』




そこで彼女は我に返った。


周囲を慌てて見回すが人の気配はない。


「昔のことまた、思い出してた。けど、いまだに颯太のことが辛くて全部は思い出せないな……」


優香は首を左右に振ると本を手に取って、テーブルに向かった。


母親に言われたようにノートに出会った人や場所のことをまとめる。


しばらくするとノートを閉じて側に置かれている本を手に取った。


ぼんやりと本を読んでいると時計の針は十二時半を指していた。


彼女はノートを鞄にしまうと、椅子から立ち上がる。


本棚に本を返すと図書館を出た。




スマホで地図アプリを確認しながら少し歩くと看板が目に入る。


そこには喫茶マルモと書かれていた。


「ここだ」


時刻は十二時五十分。


ガラス張りの扉を押すと中に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ」


カウンターに立っていた店員が声をかける。


優香は周囲を見渡すと窓際の席に座った。


すぐに店員がお盆に載せた水を運びテーブルの上に置く。


「ご注文が決まりましたら、そちらのベルでお呼びください」


彼女はそう言って一礼をするとお盆を手に持ちカウンターの方に下がっていった。


テーブルの端に立て掛けられたメニューを取る。


開いてみるとそこにはサンドイッチなどの軽食からジュースにコーヒーと喫茶店らしいものが並んでいた。


優香はベルを鳴らしてカフェオレを注文した。




喫茶店に入り少し時間が経過した頃、一人の女性が店内に現れた。


「いらっしゃいませ。あ、大塚さん。昼休憩ですか?」


顔見知りなのか店員が微笑む。


「ええ。実は人と待ち合わせしてて……」


彼女は座っている人を見回す。


優香はそんな姿を見て軽く手を挙げた。


「いたわ。あそこに座ってもいいかしら」


「どうぞ。今、お水運びますね」


彼女はこちらに歩いてくると目の前に座る。


「こんにちは。あなたが茜の知り合い?」


艶のある髪はひとつに結ばれ、その下から覗く長いまつ毛に縁どられた目がこちらを捉える。


「はい。お昼休憩のときにすみません」


「気にしないで。私は大塚美沙(おおつかみさ)。それで、茜のことを知りたいって言ってたけど。何を聞きたいのかしら」


そう問いかけられて優香は顎に手を当てた。


少しすると口を開く。


「茜の居場所に心当たりはありますか?」


美沙は微かに目を見開くと首を傾げる。


「あなた。あの子の居場所を知らないの?」


「え?」


その言葉にはっとした。


知り合いなら居場所くらいわかるはずだ。




俯くと小さな声で話し始める。


「はい。長らく連絡を取ってなかったので。けど、少し前に茜から手紙が届いたので会いたいんです」


「手紙ね……。事情はわかったわ。私が知ってることでよければ教えましょう」


優しい声でそう言われると優香は顔を上げた。


「ありがとうございます。じゃあ、最初に聞いた居場所について教えてもらえますか?」


「茜のいる場所ね。確か会社を辞めた時に娘を連れて静岡に引っ越したはずよ」


優香は目を見開いた。


(茜、結婚してたんだ。それに子どもまで……。私、本当に何も知らないんだな)


そんなことを考えると胸が痛む。


「静岡県。そういえば手紙に書いてあった住所も静岡県でした」


「なら、まだそこにいると思うわ。あ、そうだ。茜に会ったら体調を気遣ってあげてほしいの」


優香は首を傾げる。


「体調?茜はどこか悪かったんですか?」


彼女は暗い顔をした。


「辞める二年前ぐらいからかな。あの子ずっと顔色が悪くて……。聞いても何も教えてくれなかったから私も理由は知らないんだけどね」


「体調不良……」


嫌な予感が優香の頭を過ぎる。


「元気ならそれでいいんだけどね。なんだか仕事を辞めてから茜に避けられてるような気がして。電話もメールも返ってこないし」


「音信不通ですか」


なぜか心拍数が上がる。


いてもたってもいられず優香は立ち上がると自分の代金をテーブルの上に置いた。


「美沙さん。茜のこと聞かせてくれてありがとうございました。私、静岡に行ってみます!」


そう矢継ぎ早に言い終えると、何かに終われるように喫茶店から出て行く。


美沙は目を瞬かせると口元を綻ばせた。


「いい友達をもったね。茜」

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