大切なモノ
地図を頼りにしばらく歩くと、部室についた。
扉の前には園芸部と書かれた看板が掛けられている。
「ここだ」
優香は深呼吸をするとゆっくりと扉を開けた。
「園芸部?」
彼女は部室の中を見て首をかしげる。
棚にはびっしりと本が詰め込まれていて、入り切らない物は床に置かれていた。
その他にも重厚なテーブルの上には顕微鏡、ビーカー、試験管などまるで理科室にあるような器具が置かれている。
驚きを隠せないまま中に足を踏み入れると、窓際に鉢植えが置かれていることに気づく。
近寄ってよく見てみると黄色い朝顔が咲いている。
「黄色い朝顔?でも、この建物は去年から使われてないはず。なんで枯れないんだろ……」
そう呟くと突然、後ろから声が聞こえた。
「枯れないわよ。だって、毎日私が世話してるんだから」
優香は短い悲鳴を上げて腰を抜かした。
振り返ると扉の側には怪訝な顔をした少女が立っている。
「誰?」
「人になにか尋ねる時はまず、自分のことを話すのが常識じゃないかしら」
ふてぶてしい態度の彼女に目を瞬かせながらも、彼女は立ち上がり口を開いた。
「私は小川優香。茜が昔、この園芸部に所属していたと聞いたから廃校になる前にここを見に来たの」
茜という言葉に少女が目を見開く。
「茜……。もしかして佐藤茜さんのこと?」
「あなた、茜を知ってるの?」
少女ははっとしたように慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい!嫌な態度をとってしまって。まさか茜さんの知り合いだと思わなかったの」
優香は微かに目を見開くと優しい声でこう言った。
「大丈夫。気にしてないわ。それより、あなたは茜と知り合いなの?」
少女は頭を上げると頷く。
「はい。私は大塚要といって、この高校の卒業生なんです。茜さんは私が学生の時に臨時の講師として働いてました。その時に知り合ったんです」
「茜が講師を……」
人から話を聞く度に知らない茜の姿が増えていき彼女の視界は揺らいだ。
(私が見てきた茜は一体なんだったんだろう?)
そんなことを思いながらも、話を続けた。
「大塚さんは園芸部に所属していたの?もし、そうなら茜が講師として働いていた時のことを教えてもらえないかな」
要は頷くと鉢植えの中で咲いている朝顔に視線を向ける。
「茜さんはここの卒業生で植物の研究者でもあるんです。高校の時から主に花に関することを研究するために園芸部にこもっていたみたいで、私が学生の頃は研究職と園芸部の講師をしてるって言ってました」
「茜が花の研究を?」
彼女はふわりと笑うと言葉を続けた。
「私は昔から人と関わるのが苦手で友達もできなかったんです。けど、花だけは好きで放課後になるといつも園芸部の部室に引きこもり花の世話をしていました。そんな時に出会ったのが茜さんだったんです」
懐かしむように少し上を見上げる。
「茜さんはこんな私でも嫌がらずに優しく接してくれました。色々なことを話したんです。花、家族、親友のこと……」
そう言いながら優香の目を見た。
「親友って小川さんのことですよね。茜さんが話してくれた特徴によく似てる」
親友という言葉に優香は手が震える。
(私は今でも茜の親友なのかな)
ふと、喧嘩をしたときのスマホから聞こえた悲しみを含んだ声を思い出す。
『ごめんね。ゆう……』
あの時は仕事での辛さで苛立っていて、些細なことで茜にきつく当ってしまった。
両手をぎゅっと握ると彼女は首を左右に振る。
「私のことより茜のこともう少し聞かせてほしいな。大塚さんが会話をしていて何か気になるこはなかった?」
要はそう聞かれると顎に手を当てて考え込む。
しばらくすると、軽く手を叩いて口を開いた。
「そういえば、花の研究を始めたのはある人にもう一度昔みたいに笑ってほしいからだって言ってました。その人はとても大切な存在なんだって」
「研究を始めたきっかけ……か」
優香には思い当たる人物がいない。
小さくため息をつくと彼女は頭を下げる。
「ありがとう。大塚さんのおかげで茜のことを知ることができたわ」
「いえ。私も茜さんの話ができて嬉しかったです」
そう言うと要は突然、表情を曇らせた。
「どうしたの?」
「最近、茜さんがここに来てないんです。大切な朝顔もまだ預かってるのに……」
窓際に視線を向ける。
「大切な朝顔ってあの鉢植えにある花?」
彼女は頷く。
「二年前に茜さんに頼まれたんです。朝顔を預かって欲しいって。その頃はまだ鳴海高校が廃校になるなんて思ってなかった。ここがなくなったらどこで朝顔を返せばいいんだろう」
辛そうに目を伏せる要に優香は胸が痛む。
何か自分にできることはないか、と頭の中で模索する。
「私、この旅行の最後に茜に会おうと思ってるの。その時に大塚さんのこと話してみるわ」
その言葉に要の表情はぱっと明るくなった。
「いいんですか?ありがとうごさいます!」
優香は顔を綻ばせると口を開く。
「茜に会うまであの、朝顔は預かっていてくれる?大切な花みたいだから」
「わかりました。大切に預かります」
彼女は真っ直ぐにこちらを見ると大きく頷いた。




