廃校
優香は隣に立つ中年ぐらいの男性を注意深く見つめる。
髪には僅かに白髪が混じり、目には小さな皺もあるがその顔には見覚えがあった。
「お久しぶりです。翔吾先生」
「おう。隣、座ってもいいか?」
翔吾がそう言うと優香は少し横に移動する。
「どうぞ」
「ありがとう」
彼はゆっくりとベンチに座った。
「栞。まだ持っていてくれたんですね」
「まぁな。生徒からもらったものは大事にしてるんだよ。見返すといろんなことを思い出せるしな」
栞を大切そうに見つめる姿を見て優香はふと疑問に思ったことを口にする。
「先生はどうしてここに来たんですか?確か私達が卒業した年に他の高校に転勤されてましたよね」
「ああ。けど、昔の同僚から俺が最初に勤めてた高校が廃校になるって聞いてな。取り壊される前に見ておこうと思ったんだ」
その言葉に彼女は大きく目を見開いた。
「鳴海高校が廃校になるんですか?」
翔吾は寂しそうな顔をする。
「ここ数十年で人口が減ってからは子供も昔みたいにいないんだよ。それで特に人がいない地域は廃校にすることが決まったらしい……」
優香は胸が痛んだ。
「そうなんですね。実は私も鳴海高校を見に来たんです」
「小川もか。なんで急に来たんだ?」
彼女は今までの経緯を簡単に説明した。
その話を翔吾はただ、静かに聞いている。
「なるほどな。佐藤から手紙が確かに気になるな」
「はい。それで、高校時代で茜と花といえば何か思いつきませんか?ずっと考えているんですけど。思い当たらなくて……」
彼は顎に手を当ててしばらく考え込むと、突然手を叩いた。
「花といえば、確か茜は高校の時に園芸部員だったな」
「園芸部員?」
優香は首を傾げる。
「ああ。高校三年間、園芸部に入ってたぞ。小川もよく手伝ってたと思ったんだが」
その言葉に彼女は思い当たる節があった。
高校時代に茜がダンボールを運んでいるのを手伝ったことが何回かある。
(確かに荷物を運ぶのは手伝ったけど。私は茜が園芸部に入ってたなんて一度も聞いたことがない)
優香はしばらく考え込んだ。
沈黙に耐えきれなかったのか、隣に座っていた翔吾が声をかける。
「鳴海高校の園芸部があった部室に行ってみたらどうだ?去年までは学校として使われてたから、いろいろと残ってると思うぞ。ただ、十年前のことが残ってるかどうかはわからないが……」
「そうですね。行ってみます」
彼女は椅子から立ち上がると翔吾に頭を下げた。
「じゃあ、私はこれで失礼します。翔吾先生。お元気で」
「おう。小川も健康に気をつけろよ!」
彼はふわりと笑うと手を振る。
優香は振り返って微笑むと高校に向かう。
しばらく歩いて鳴海高校についた。
いつも閉まっているはずの門は開いていて、貼り紙がされている。
『本校は今年で廃校になります。入場は自由ですが、校内の備品を壊したり汚さないようお願い致します』
その文字を見て彼女はぽつりと呟いた。
「本当に廃校になるんだ……」
目を伏せると首を横に振る。
「落ち込んでも仕方ない。園芸部に行ってみよう」
優香は門を通ると校内に足を踏み入れた。
木造で建てられた校舎は埃と微かにカビの匂いが鼻を掠める。
少し進むと下駄箱には来客用の真新しいスリッパが置かれていた。
彼女はスリッパを取りだして靴を履き替えると、目の前に台があることに気づく。
「鳴海高校の歴史?」
台の上にはパンフレットが積まれている。
その横にはご自由にどうぞと書かれた看板が立っている。
優香はパンフレットを一枚手に取るとページを開く。
その内容は高校創立から昨年までの年表や各部活の説明、受賞した賞などが詳細に書かれていた。
その中にひとつ気になる文字があった。
「園芸部。初の快挙?希少な黄色い朝顔の栽培に成功。その生徒の名前は佐藤茜!?」
思わず大きな声がでる。
慌てて周囲を見るが幸い人は誰もいない。
ほっと一息つくと胸が苦しくなる。
「茜。そんなすごいことしてたんだ。一言、言ってくれればよかったのに」
パンフレットを持つ手に力を込めると何かが床に落ちた。
屈んで落ちた紙を拾い上げると、それは鳴海高校の校内の地図だった。
探している園芸部の部室の場所も書かれている。
「とりあえず園芸部に行ってみよう」
彼女はそう言うと歩き始めた。




