出立
翌朝、外が明るくなった頃に優香は目を覚ました。
ベッドから起き上がると服を着替える。
そのまま洗面所に向かうと、歯を磨き髪を結んだ。
リビングの扉を開けると母親の梨花が朝食が載った皿をテーブルに並べている。
「おはよう。お母さん」
そう声をかけると梨花は振り返って微笑む。
「おはよう。優香。昨日はよく眠れた?」
「うん。身支度も済んだからご飯食べたら出るよ」
優香はそう言うと椅子を引いて座る。
「そう。気をつけて行ってきてね」
「旅行先で二人にお土産、買ってくるから」
彼女の言葉に梨花は嬉しそうに笑う。
「ありがとう。出張中のお父さんも喜ぶわ」
それからたわいもない話をしながら二人は朝食を食べた。
優香は皿を片づけると立ち上がる。
階段を上り部屋に向かうとキャリーケースを抱えて部屋を出た。
「じゃあ、行ってくるね。もし、何かあったら連絡して」
玄関の前で梨花にそう言うとふわりと笑う。
「ええ。気をつけて」
「うん」
そう言うと優香は扉を開けて外に出た。
心地よい風が彼女の頬を掠める。
(電車の時間まで後、十五分か)
キャリーケースを地面に下ろすと歩き始める。
(今までこんな風にゆっくりと外を歩いたことなかったな。常に仕事のことで頭がいっぱいだったし)
建ち並ぶビルや忙しなく行き交う人々をぼんやりと見つめながら優香は駅に向かう。
しばらくして駅に着くとベンチに腰掛けた。
キャリケースを置くと肩から下げている鞄を開けてスマホを取り出す。
画面には九時と表示されている。
(後、五分か)
待っている間にスマホで浜松市を調べた。
緑に囲まれた花畑が目に入る。
(花。茜はなんで私をここに呼ぶんだろう?昔のことが関係してるのかな)
ふと、昔の光景が頭に浮かぶ。
賑やかな教室で一人だけ席に座り本を読む女の子。
和の中心にいた少女はその様子に気づき、椅子から立ち上がって彼女に近づいた。
「ねぇ。何読んでるの?」
「え?花の本だけど……」
幼い時の自分と茜の姿を思い出して優香はふうっと一息つく。
(あれが、私と茜の最初の出会いだったな)
そんなことを考えていると音を立てて電車が駅に到着した。
彼女はキャリーケースを手に取り立ち上がると、車内に乗り込む。
切符に書かれている席に座ると窓の外を見た。
外の景色はビルが並んでいる姿から徐々に田園に移り変っていく。
優香はぼんやりとその風景を見つめている。
途中で電車を乗り換えながら、彼女は群馬県に着いた。
人通りの少ない駅で降りると周囲を見回す。
肩から提げている鞄から手帳を取り出した。
「確かお母さんに書いてもらった住所は……」
そう言いながらスマホを取り出して地図アプリを開く。
目的地に住所を入力すると案内開始のボタンを押した。
彼女は時折、立ち止まりながらも案内に従って歩く。
しばらく田園を進むと一軒の古びた家に着いた。
「ここだ」
塀で囲まれているその家は庭には雑草が生い茂り何十年も誰にも手入れがされていない様子だ。
それでも入口に掛けられている表札だけはなんとか見ることができた。
彼女は手でさっと埃を払うと文字を読む。
「小川。ここが昔住んでた家。この様子じゃ中には入れないな」
外から見える範囲で何か昔の記憶の手がかりがないか探す。
目を凝らしていると縁側の側にだけ花が咲いているのが見えた。
「遠くて見えない……。スマホのカメラで近づけば見えるかも」
優香はスマホを取り出すとカメラのアプリを開いて縁側の側に向けた。
画面を二本の指で大きくすると写真を撮る。
撮った写真には紫色の漏斗状の花が咲いていた。
「これ。朝顔?こんな花植えてたっけ。そういえば手紙にも朝顔が入ってた。何か意味があるのかな」
彼女は顎に手を当てて考える。
「だめだ。何も思い出せない」
大きくため息をつくと近くにあったベンチに腰掛けた。
上を見つめながら頭を悩ませていると突然、声をかけられる。
「もしかして小川優香か?」
声のした方に顔を向けるとそこにいたのは中年ぐらいの年齢の男性だった。
「どなたですか?どうして私の名前を?」
男は頭を搔くと苦笑する。
「まぁ、十六年も前のことなんて覚えてないよな。ちょっと待ってくれ」
彼は懐から押し花の栞を取り出すと優香に見せた。
「見覚えないか?高校の頃、小川が俺にくれたんだけど」
「押し花の栞……。あ、もしかして翔吾先生?」
彼女がそう言うと男は嬉しそうに笑う。
「そうそう。高校の頃、担任だった太田翔吾だ」




