願い
窓の外を見つめながら茜は口を開いた。
「私が優香に手紙を送ろうとしたのは伝えたいことがあったからなの。でも、これを伝えていいのかすごく悩んで。結局、送れなかった」
「伝えたいことって?」
優香は首を傾げる。
「颯太のこと。昔、約束をしたの」
彼女は俯いた。
「茜と颯太が?そんなの初めて聞いたよ」
「知らなくても無理ないと思う。だって、優香には秘密にしてって頼まれたから」
優香はその言葉に目を瞬かせる。
そんな姿を見て茜は大きく深呼吸をすると話し始めた。
「あれは私が優香と出会って一年が経った頃。相談を受けたの。お姉ちゃんは他人の反応をすごく気にしてしまうから少しでも心が和らぐようにできないかって」
「颯太がそんなことを?」
茜は微笑む。
「あの子はお姉ちゃん想いだったからね。優香のことをよく見てたから、きっと力になれることがないか探してたんだよ」
その言葉を聞いて優香は胸が痛んだ。
頭には弟の顔が浮かぶ。
「大丈夫?」
茜が心配そうにこちらを見ていた。
「あ、ごめん。大丈夫だよ」
「そう?じゃあ、話を続けるね。相談を受けてから私と颯太は何度か話し合ったの。どうすれば優香を癒せるかって。そんなとき偶然聞いたの」
優香は目を瞬かせる。
「あなたのお母さんが優香の名前の由来は朝顔だって話してくれた。それで颯太は花を使って何かできないか考えたの」
「花……。もしかして茜が花の研究をしてたのはそれが関係してるの?」
彼女の言葉に茜は辛そうな顔をした。
「うん。颯太と最期の約束だったからね。あの子は花畑を作ろうとしてた」
ふと、黄色い花が描かれた絵が頭に浮かぶ。
「花畑……。もしかして朝顔の」
優香がそう口にすると彼女は目を見開いた。
「どうして朝顔ってわかったの?」
「少し前にお母さんから連絡がきて、颯太の部屋から一枚の絵が出てきたって教えてくれたの。ほら、これ」
ポケットからスマホを取り出すと、絵が保存された写真を見せる。
クレヨンを使っているが、黄色い花だけは精巧に描かれていた。
その写真を見ると茜はなぜか難しい顔をした。
「実は話そうか迷ってたんだけど。この絵を見たら黙ってるわけにいかないよね。優香、颯太が最期に何をしたか知りたい?辛いなら無理にとは言わないけど……」
優香は両手をぎゅっと握ると頷いた。
「知りたい」
その言葉に彼女は真剣な顔をする。
「颯太が事故にあった日。優香はすぐにお母さんを呼びに言ったよね」
「うん。子どもだったからスマホも持ってなかったし。早く伝えて病院に運んでもらわなくちゃって。ただ、それだけを考えてた」
茜はその時の光景を思い出すように目を伏せた。
「私はずっとあの子の傍にいたんだけど。突然、腕を掴まれて。こう言われたの。茜ちゃん。お願いがあるって」
優香は微かに震える手を背に隠した。
「姉ちゃんはきっと、事故のことを自分のせいだって責める。だから、僕の代わりに助けてあげて」
「颯太……」
目頭が熱くなる。
口をきゅっと結ぶと俯いた。
そんな彼女の姿を茜はじっと見つめている。
しばらくすると優香は顔を上げた。
「ごめん。続き聞かせて」
「うん。その後は、姉ちゃんに花畑見せてあげられなかった。ごめんねって言ったの」
優香は目を伏せる。
「私は弱気な言葉に鼓動が早くなった。ふと、気づいたの。掴まれている腕から伝わる体温がどんどん下がってるって。まるで死に近づくみたいに。その時、私ができることは颯太の望みを叶えてあげることだけだった。だから、颯太と約束をしたの。あなたが果たせなかったことは私が叶えてみせるって」
「茜……」
彼女は無理やり笑顔をつくると言った。
「最期に颯太ね。笑ったの。ありがとう。それと、優香に伝えてほしいって。お姉ちゃん大好きだよ。どうか自分を責めないでと」
優香は両手で顔を隠す。
「颯太……。ごめん。ごめんね」
途切れ途切れに聞こえてくる声は震えていた。




