1989年1月9日の手記
冬の闇が、いつもより深く、濃く感じられる。書斎の窓に鍵をかけ、厚いカーテンを引いた。だが、背後から突き刺さるような視線の感覚は消えない。これは妄想だろうか。孤独な研究が、ついに私の精神を蝕み始めたというのか。
数日前からだ。図書館からの帰り道、決まって同じ黒い車が、一定の距離を保って後をつけてくる。私が角を曲がれば、少し遅れて車のヘッドライトが壁をなぞる。私が立ち止まれば、その車もまた、音もなく路肩に停車する。昨夜は、書斎の窓の外の暗がりで、何かが動く気配を感じた。気のせいだと思おうとした。だが、今朝、庭のぬかるみに、見慣れない革靴の跡が一つ、くっきりと残されていた。
私の研究が、誰かの目に留まったというのか?
この書斎の片隅で、化石と古文書だけを相手に続けてきた孤独な思索が。あり得ない。学会からは無視され、友人からは奇人扱いされてきたこの私が、一体誰の注意を引くというのだ。
いや、もしかしたら、私は何か、とんでもない領域に足を踏み入れてしまったのかもしれない。
ティクターリクのヒレの痛み。キリンの首の渇望。ゾウの鼻の絶望。生命が自らの意志で進化の舵を取ってきたという私の理論――「適応的な遺伝子変異ホットスポット理論」。それは、ただの学術的な仮説に留まらないのかもしれない。
もし、この法則が、我々自身の進化にも適用されるとしたら?
類人猿をヒトたらしめた、あの劇的な飛躍。そして、肌の色や骨格の違いといった、我々自身の「分化」。その根源に、この理論が深く関わっているとしたら?
私は、その謎を解く鍵として「ネオテニー(幼形成熟)」に注目し、考察を始めたばかりだった。我々ヒトは、祖先の「子供」の姿のまま成熟する道を選んだのではないか。それは、どのようなストレスへの応答だったのか。
この問いに触れた途端、世界の空気が変わった。
まるで、開けてはならないパンドラの箱の蓋に、手をかけてしまったかのように。
私の理論は、進化を「神の御業」や「偶然の産物」といった、人間の理解を超えた安全な領域から引きずり下ろし、我々自身の「意志」と「苦痛」の物語として再定義しようとしている。それは、もしかしたら、ある人々にとっては、絶対に知られてはならない真実なのかもしれない。
進化は盲目ではなかった。
そして、その事実を暴こうとする者を、決して見逃さない者たちがいる。
今夜はもう眠れそうにない。ドアに椅子でつっかいをし、猟銃に弾を込めた。これから書き記す考察が、私の最後の記録になるかもしれない。もし、私の身に何かあったなら、この手記を見つけたあなたに託したい。
私が命を賭して掴み取ろうとした真実の断片を、どうか、歴史の闇に葬り去らないでほしい。
この物語はフィクションです。




