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転生に気付いたらわざわざ通りがったお兄さんに助けられましたー天才魔法師はスパルタだなあー

作者: 黎 一樹

 頬に手を添え涙を拭い、そのまま自分の胸に優しく抱きよせた。


「ありがとう。・・・また会おうね」


「ああ、また会おう。必ず」


(もうしばらく会えないんだ。何でこんなに寂しいんだろう。胸が苦しいよ)




✳︎


 少女は寝ながら笑ったり泣いたり。そして目覚めた。



ーーそうか、これ転生だ。これで死なないで済む!



 自分の転生に気付いた瞬間、マリアアンナはこれしか頭に浮かばなかった。餓死寸前だから日本の記憶を思い出したのか!と自分を褒めまくりたかった。



ーーこれ転生じゃなきゃ餓死だったわ・・・



 他人から見れば、夜明け前に6歳の平民少女が自分のベッドでただ寝転んで目をかっぴらいているだけにしか見えない。だがマリアアンナの頭の中は高速回転中だ。




(うーん、日本の自分の名前が思い出せない。なんかモヤモヤするわ。まあ状況は『元アラサー女性会社員、実は異世界に爆誕していた』なのはわかる。・・・・・・記憶を思い出したってことは、身体を乗っ取った訳ではないのね。つまり誰も死んでないと。よかった)




 ここロートエル王国ファエル公爵領は王弟の領地だけあって治安がいい。だが街門の外には魔物がいる。この世界は剣と魔法の世界だ。




(私は今マリアアンナで6歳、平民。父は2年前に馬車事故で亡くなり、その時から母はショックで寝たきり。これって病気?気うつ?それと小さな持ち家あり。黒髪黒眼の日本人女性が、今世は金髪青紫の瞳をした少女ね。自分から見ると、母似の相当な美人に生まれた、と思う。えへへ。


 確かに今は餓死ピンチだけど、『元ゲーマーのアラサー女性会社員』にとっては、冒険者チャンスよね。だって冒険者ギルドの場所知ってるし、絶対行きたい!今考えると、何で冒険者になるって思いつかなかったんだろう。もったいない。よーし!食べたらギルドに行くぞ!)




 昨日、マリアアンナは1回だけパンが食べられた。今、最後のパンを食べる。半分を水に浸し少しずつ母に食べさせ、残りを齧って水で流し込む。母クリスティーネは、マリアアンナと同じ金髪青紫眼で大変可憐な容姿だが、今は衰弱していてすぐにも儚くなりそうに見える。


 家を売れば一時凌ぎにはなったが、寝たきりのクリスティーネには出来なかったようだ。人を頼って騙され盗られるよりマシだが、このまま何もしなければ餓死コースだ。


 マリアアンナは畑仕事用のズボンを履き、お気に入りのポシェットを肩から掛け、父シュテファンの形見の短剣を腰に差す。採取用の籠を背負い、街の中心地にある冒険者ギルドへ向かう。幸い暑くも寒くもない、歩き日和だ。




(おーし!今でしょ冒険者!使えるかもでしょ魔法!異世界バンザーイ!)






✳︎


 冒険者ギルドまで歩いて30分はかかったが、マリアアンナはハイテンションだ。


 ギルドは一際目立つ大きな建物で、中に入ると高い天井と広さに圧倒される。重厚な内装からは、威厳と使い込まれた木の温もりを感じられた。


 荒くれども・・・はおらず、依頼書を見て集う冒険者達は出来る奴の集まりにしか見えない。壁沿いの飲食コーナーも静かだ。マリアアンナは安心しながらも、荒くれどもを期待していた自分に驚く。




(ここは現実なんだから、荒くれない方がいいってば)




 めげずに正面奥の受付を目指す。受付のお姉さんはにこやかだ。




「ようこそ冒険者ギルドへ。ご用件は何でしょう」


「冒険者になりたいのですが、いろいろ教えてください」




 眼鏡のお姉さんは甘橙髪茶眼の真面目そうな人。ティネスと申します、と名乗り優しくいろいろ教えてくれた。


 登録は6歳から可能、ランクはFから始まりE・D・C・B・A・Sランクへ上がっていく、ランク別の依頼内容の違い、依頼の受け方、買取、解体依頼、ギルドカードにお金を貯める方法・紛失について、などなど。


 あまりにもヴァーチャルゲームのシステムに似ていたので、呆気に取られた。


 1番有難い情報は、ここには2階に図書室があり、魔法や魔物、薬草類について簡単に学べることだった。もっと知りたい時は、冒険者カードを示せば無料になるので領立図書館へ行けばいいとのこと。


 説明が終わって納得してから、登録用紙に自分で名前を記入する手順になっていた。マリアアンナは父にねだり字を教えてもらったので書けたが、代筆も可能と言われた。


 次にピンポン玉くらいの丸水晶がはまった台に手を乗せた。青く光ったのを見てティネスさんはニッコリと笑う。特に説明はなかったが、生体認証登録か賞罰確認なのかもしれない。この世界の不思議に衝撃を受けるオーバーテクノロジーだ。


 冒険者カードはキャッシュカードサイズだった。自分の名前と『F』とランク記載されている。


 受取りお礼を伝え、マリアアンナはヴァーチャルゲームと同じやり方で行動を開始する。


 1階の常時依頼の内容をしっかり確認すると、2階の図書室へ行く。依頼書にあった薬草類と初級ポーションの作り方を詳細に読み込み、次は簡単に地形・魔法・魔物の特徴を頭に叩き込む。


 ギルドを出て、初心者が最初に行く南の草原へ向かう。門番さんに気をつけろよーと心配そうな声をかけられつつ、南街門をくぐると南の草原はすぐ目の前だった。


 空はどこまでも広く青い。草原のそよ風は、朝露に濡れた草のいい匂い運んでくる。マリアアンナは胸いっぱいに深呼吸をした。そして街道を背にしてずんずん歩く。初心者向けだからか人影も見あたらない。




(生命危機のドーパミンがドバドバ放出中だわ。ワクワクが止まんない!こんなにゲームと似てるとヴァーチャルゲームと錯覚しそうよ。となると今日やることは決まってくるね)




 マリアアンナは歩きながら、腕を伸ばし指をピッと1本ずつ立てて叫ぶ。




「ひとーつ!魔物という名の肉を手に入れる。ふたーつ!魔法を使ってみたい。みっつ!失敗してもポーションは作ってみたい。絶対ひとつ目は達成してお母さんと食べるぞ!オー!」




 拳は高く振り上がった。






✳︎


 そして夕刻、マリアアンナは冒険者ギルドまで帰ってきた。今日手に入れたのは、最弱魔物ホーンラビット3匹と籠いっぱいの薬草だった。


 ホーンラビットは、その危険性から8歳からしか常時依頼を事後受託できなかった。幼い子供が危険を冒さないようにとの配慮だ。ただ、たまたま襲われたので討伐という扱いで売ることだけならできた。


 2匹を売り、1匹は解体料を払って肉で受け取った。薬草類はポーション練習分を除いて、常時依頼を事後受託した。




「初日からずいぶん高成績ね。薬草は全部状態がいいわ。とても優秀ね。はい、本日の報酬よ」




 受付のティネスさんから、報酬の銀貨と銅貨を両手いっぱい受け取ると、マリアアンナは涙が溢れた。




(これで死なない。これで何日も食事が出来る。パンと野菜とチーズを買って、夕食を作って、ポーションも作る!お母さん、待ってて・・・)




 ティネスさんは、涙に驚きながら微笑んで、頭を撫でた。


 ちなみにホーンラビットは魔法で倒した。通りがかりのお兄さんがマリアアンナに危機感を覚えたようで、いろいろ教えてくれた。そして調子に乗った結果だった。


 そう、お兄さんはとんでもない人だった。






✳︎


 そのお兄さんと出会ったのは、マリアアンナが意気揚々と南街門を出て、平原で薬草を採取していた時だった。


 最弱とはいえ子供に危険なホーンラビットが出る場所で、マリアアンナは薬草採取に夢中になっていた。気付いた時には30cm位のホーンラビットがこちらに鋭利な角を向けて突進中だ。慌てて躱したが、少し腕を掠られてしまった。


 ラッキーだったのは、その時ちょっと離れた所にいた冒険者のお兄さんが、攻撃魔法のウォーターアローでホーンラビットを倒してくれたこと。水矢の勢いは凄まじく、一撃必殺だった。




「大丈夫か。注意散漫だぞ。それでよく今日まで無事だったな。ギルドの受付に悲壮な顔で言われなきゃ、わざわざこんな所誰も通らないぞ」


「きょ、今日冒険者になったところです。助けて頂き本当にありがとうございました!」


(ティネスさんが頼んでくれたんだ!あとでお礼を言おう。くぅー!魔法って凄い威力だ)




 マリアアンナは初めてみる攻撃魔法に興奮しながら、しっかり礼を言った。




「は?今日?」


「はい、今日です。お父さんは2年前に亡くなってお母さんは病気です。稼ぎたくてさっき冒険者になりました。お兄さんの魔法凄かったです。覚えるのは大変ですか?図書室で魔法について少し本を読みました。どうやって練習したらいいですか?」




 今日かあ、だからかあ、魔法なあ、と言いながらお兄さんは腕を組み、うーんと唸っている。




(背が高くてカッコよくて賢そうな人。喋らなければ王子様みたい。上品で綺麗な顔だなあ。髪はサラツヤ!ロン毛銀髪碧眼って初めて見たわ。17、18歳?実は相当な細マッチョよね。


 ギルドランク高そう。地味に抑えつつオシャレ度は高いし、服素材は高級。鎧なしはわかるとして、マントないけど、え?魔法使いよね)




 マリアアンナの頭の中は、また高速回転していた。




「魔法はイメージだからな。ま、普通は長々と詠唱する。俺はしないがな」


「魔法はイメージ・・・・・・方向は指でいいか。ええと、うーんん、ウォーターアロー!」



ーーグサッ!



 少し離れた木に向かって、お兄さんの半分サイズの水矢が勢いよく飛び、刺さったと思ったら水が弾けた。




「「え?」」




 マリアアンナは木を指差したまま動けない。




(私、魔法、使えた・・・。やったぁぁ!)


「は?おまえ何した?え?凄過ぎだろ・・・・・・。いや、あーこんな感じは身に覚えがある。信じられんが・・・・・・。あーこれも真似てみろ、ファイヤーボール!」



ーーボン!



 お兄さんの指差した岩の方向に、ソフトボール位の火球が勢いよく飛んでぶつかった。




「わあ!すごいすごい!えーっと、ファイヤーボール!」



ーーボン!



 見本がよかったのか、変わらない大きさで同じ場所に火球が飛んだ。


 飛び上がって喜んだが、お兄さんは今度こそ黙ってしまった。


 微かにカサッと後ろで音がしたのでマリアアンナが振り返ると、20m位先にいた2匹のホーンラビットが逃げようとしていた。




「ウ、ウォーターアロー!ウォーターアロー!ウォーターアロー!・・・・・・」




 何発か避けられたが、何とか2匹の頭に一撃ずつ当てて倒した。水矢の大きさはお兄さんの矢と遜色なく、指で指し示すだけで面白いように正確に魔法が飛ぶ。



(これ転生前のゲームよりいい!これで食糧確保とか幸せすぎる。グロいけれどこれは肉、これは2つの肉。生きるんだー!オーッ!あっ)




 思わず存在を忘れていたが、慌ててお兄さんを振り返ると、口をあーんぐりしたまま固まっていた。



ーーやり過ぎた。



「・・・・・・そ、そうか、やっぱり複数属性かあ。最初からイメージ無詠唱が可能なのは師匠や俺と同じだし、文献によると全属性持ちの特徴だからな。しかも俺の時より遠距離で正確。そんな威力、いろいろ危ないなあ・・・」




 お兄さんはぶつぶつ言っている。




(全属性?これは本格的に転生者特典かな。楽しすぎる!)




 お兄さんは改めてフレドリックだと名乗った。私も、マリアアンナですと名乗ると、私の青紫の瞳を覗き込み、




「平民のほとんどは魔力が少なくて、何度も魔法を打てない。だから魔法の練習すらろくにできないんだよ」




ということは、フレドリック自身おそらく貴族だろう。名前しか名乗らず、マリアアンナをちろっと眺めてため息を吐いた。




(知らんがな。転生特典(チート)じゃないの?実は貴族ですかってお母さんに聞いてみてよ。・・・・・・聞いてみよっかな)




 そこから、フレドリックの怒涛の指導が始まった。




「親は別として、人前で魔法を使わない。魔法を使えると言わない。いいか、魔法は貴族が教師をつけてそれから出来るようになる、というのが世間の常識だ。


 属性には火水風土光闇の6種類がある。自分が持つ魔力属性と、同じ属性の魔法詠唱をして、初めて使えるんだ。自分が人とは違うと理解しろ。バレるとどうなる?」


「えーと、やばい?」


「よくて貴族に連れて行かれる、悪くて攫われる」


「えぇ?そんなの嫌!」


「だろう?だからこれから俺の言う話を覚えるんだ」


(言われてみれば当たり前だ。ここは現実だ。力弱ければ簡単に奪われる)




 マリアアンナは深く頷く。




「後で明かりの魔法ライトを教えるから、毎日寝る前にベッドに入って回数を数えながら何度も使うこと。魔力を使い切ったら気絶するからそのまま眠ること。起きたら魔力は全回復しているからな。これを毎日やると、少しずつ魔力量が増えるんだ。


 ライト約20回でウォーターアロー1回相当だ。使える魔法回数を毎日自分で把握すること。慣れたら感覚でわかる。最初は数えた方が危なくない。生きるための狩りだからたくさん打てた方がいい」


(魔力を毎日使い切ると少しずつ魔力が増えるのね。へー!ゲームだけじゃなくWeb小説まで現実化したみたい)


「俺は約束があるからもう帰るが、今日は魔法をもう使うなよ。倒れてもいいようにベッドの中だけにしておけ」


「うん」




 何か言いたそうだったけれど、本当に焦っているようで、




「・・・まだ教えることがあるから、明日も同じ時間にここに来ること。わかったな」




と約束させられた。マリアアンナはうん、と深く頷いた。そして南街門の見える所まで一緒に歩き、そこでお礼を言って別れた。


 少し歩いてから振り返ると、フレドリックの姿はない。


 見晴らしがいい場所なのにいない。お化けだったのか、とマリアアンナは怖くなって駆け出したが、南街門に近付いてやっと、



ーー転移魔法かも?



と、気付いた。




 (ここにはそんな魔法まであるんだ。え?じゃあマジックバックとかインベントリとかもあるかな!私も出来る?今日はもう魔法は使えないし、転移魔法はさすがに怖くて試せないから、明日必ず質問してみよ!)




 そして、マリアアンナは冒険者ギルドに向かったのだった。






✳︎


 冒険者ギルドに着き受付のティネスさんへ声を掛けた。




「フレドリックさんに声を掛けてくれてありがとう。危ないところを助けてもらいました」


「いいのよ。ちょうど来たから頼んでみたの」




と言い微笑んで個室へ案内してくれた。


 すでにフレドリックからギルドへ連絡が入っており、他人に魔法で魔物が倒したことがバレないよう個室対応になったと教えてもらった。これからも魔物の持ち込みの時はさりげなく個室へ案内してくれるそうだ。


 ギルド員の口の硬さは有名なので、ギルド員以外に見られなければ問題はない。




(確かに弱っちい子が儲けたらすぐ奪われるかも。ありがたい配慮だわ)


「初日からずいぶん高成績ね。薬草は全部状態がいいわ。とても優秀ね。はい、本日の報酬よ」




 受付のティネスさんから、報酬の銀貨と銅貨を両手いっぱい受け取ると、思わずマリアアンナの目に涙が溢れた。




(これで死なない。何日も食事が出来る。パンと野菜とチーズを買って、夕食を作って、ポーションも作る!お母さん、待ってて)




 ティネスさんは、驚きながら微笑んで、頭を優しく撫でてくれた。


 マリアアンナはギルドを出たその足で、念願の買い物をし、大荷物によろけながら油断せず家に帰った。






✳︎


「まずは、骨からじっくりスープ用の出汁を取りながらの、横でポーションね。解体のおじさんは変な顔してたけど、骨をもらえてよかった」




 初級ポーションの作成可否は、光属性魔力の有無で決まる。作り方自体は簡単だ。




(煮沸した鍋に、千切った薬草と、生活魔法で出した〈飲料水〉をコップ1杯入れて弱火にかけ、その8倍の魔力だけ流し入れる。2人分作るから全部2倍ずつっと。よし!簡単だあ)




 この世界の人間は、量に差はあるが誰でも魔力を持ち、生活魔法は誰でも使える。


 だがマリアアンナはまだ6歳。しかも精密な魔力操作が必要な "魔力の流し入れ" は、魔法教育が必須と言われている。さらにポーション適合の光属性を持つ者は、稀にしかいない。


 幸い、フレドリックに全属性かもと言われたマリアアンナにはすべて無問題だった。2人分の初級ポーションは鍋の中で淡く光り、完成を知らせてくれる。




(光るのは完成したっていうお知らせだから、安心して飲めるね。これだけでも売ればきっといいお金になるわ!瓶も買ってこなくちゃね。まずは明日の分をもう1回作って、水筒に入れて持っていこう)




 フレドリックとの「今日はもう魔法を使わない」という約束には当然「魔力を使うこと」も含まれていたが、マリアアンナはすっかり忘れていた。


 ほくほくしながら母クリスティーネのベッドに行き、コップに入れた初級ポーションを一緒に飲んだ。




「・・・・・・本当に身体がとても楽になったわ。力が漲ってくるようよ。こんなことがあるなんて、ポーションを作れるなんて、どうしましょう。凄いわ!マリアありがとう」


「よかったね、お母さん。私もホーンラビットの傷が治ったよ!薬草を取ってきてよかったあ」


「マリア本当にありがとう。優しくて行動力のあるマリアが大好きよ。それと大切なお話があるの」


「なあに?」




 クリスティーネは、ポーションは主に教会で作っていること、作れる人は教会に連れて行かれること。だから絶対に秘密にしてほしいと伝えた。マリアアンナはわかった、と頷いた。




(そっかあ、そっち方面もあったか。じゃあ売れないわ。薬師っていないのかな。その人も教会にいるとか?


 フレドリックさんはこれにもきっと気付いていたのね。本当に頭の良い人だわ。一瞬の判断で私を見抜き、貴族、教会、世間から私を安全にした)




 マリアアンナはフレドリックの話をした。




「それでその時に魔法も簡単に教えてもらってね。私は魔法を全属性で使えるかもしれないそうよ。だけど、絶対に魔法のことを人に言うなって言われたの。


 あと、冒険者ギルドでは周りの冒険者にバレないようにしてくれたの。ギルドの人は口が硬いって有名だから大丈夫だと思うわ」


「そうよかったわ。良い方に助けて頂いたのね。そうね、これから人に言わなければ大丈夫かしら。じゅうぶん気をつけてね」




 その後、クリスティーネはベッドから立ち上がってテーブルへ移動が出来た。身体のだるさをすべて治したポーションの凄さにますます喜び、夕食は久しぶりに母娘で美味しく食べた。


 マリアアンナ作の香草と焼いた塩味のホーンラビットは意外に柔らかくてあっさりとした美味しさだった。骨の出汁がきいたスープは滋味深く母娘で驚いた。


 就寝時間になり、マリアアンナはベッドに潜り込むとライトの魔法を何度もかけ、言われた通り気絶を利用して眠った。


 そういえばクリスティーネに「貴族だったの?」と聞くのはすっかり忘れていた。






✳︎


 次の日、マリアアンナは昨日と同じ場所に行き、油断なく薬草を採取しながらフレドリックを待つ。




(はー!何もかもが楽しい!起きたらお母さんは朝食まで準備してるし。美味しかったなあ)



 ニコニコしながら朝食の余韻に浸っていると、目の前にいきなりフレドリックが現れた。



「うわっ!」


「待ったか」


「ま、待ってない、です。はぁーびっくりした。おはようございますフレドリックさん。今のは転移魔法ですか?」


「おはよう。よくわかったな。そうだ転移魔法だ。俺のことはフリッツかフレドと呼べばいいから、さんも要らない。普通に話していい。冒険者なのに変に思われるぞ。マリアアンナはマリアと呼んでもいいか?」


「はい・・・じゃなくて、うん」


(気合い入りすぎじゃない?綺麗でカッコいい人なのに眼に力が入りすぎ。怖いってば)




 高身長なフレドリックが、今日は全身黒でまとめてきた。銀髪碧眼がまるで装飾品のように映えて美しい。体型は魔法師というより細マッチョ。迫力満点である。




「さあ!今日1日でかたをつけるぞ」


「かた?」


「そうだ」




 フレドリックは機嫌が良さそうだ。




「まず、マリアの望みはなんだ」


「食べること!」


「即答だな。食べることか」



 フレドリックは真剣にわかった、と頷いた。




「今日の報酬はもう自力で得られるだろうから、中長期で食べていけるような俺の提案を伝えよう。まず、素材を丁寧に扱う冒険者は金になる。これはわかるか?」


「うんわかる。ギルドの図書室に、薬草の手間をかけた採取方法が載ってたの。それで昨日は高く買ってもらえたよ」


「もう実践済みか。なかなかやるな」




 フレドリックは頭を撫でた。マリアアンナは思わず照れる。顔が燃えるように赤くなった。




(やばーい。素直に子どもの反応になっちゃう。別にいいんだけど照れちゃうよ)


「魔物も一緒だ。傷が少ないと高く売れる。急所を常に一撃で仕留めるようにするんだ。昨日ホーンラビットの頭を一撃で仕留めていたな。あれをどの魔物でもするんだ」


(またそんな簡単そうに。きっと簡単ではないでしょ。やるけどね)




 マリアアンナも気合いが入っている。




「図書室の本には長い詠唱文言は載ってないが、魔法の種類と現象は簡単に調べられるようになっている。ギルド側としては、魔法指導はできないが、単発パーティでも困らないように仲間が魔法を使ったら理解して動け、身を守れ、という方針らしい。


 マリアは詠唱がいらないから、その本だけで現象を読み込み、しっかりイメージして魔法を発動したらいい。これだけで相当自習できる。ここまでは理解できたか?」


「はい!じゃなくて、うん。理解できた」


「もう当分会えないから、今日話すことは全てよく覚えるんだ。後で何を話したか聞くから、とにかく頭に叩き込め。わかったか?」


「(おおぅスパルタだ!)うんわかった!」


「よし!昨日ライトは何度できた?」




 昨夜、マリアアンナはベッドの中でライトを83回唱えて気絶した。なかなか危ない方法だが、魔力の増加が見込める確立された方法ならやるしかない。




(ほんとWeb小説と法則が同じよね。誰かがここに持ち込んだか、逆に日本に持ち込んだか)


「俺は魔力暴走をしたことがない。貴族なら3-4歳頃に一度はするもんだけどな。マリアは俺の子供の頃にそっくりだ。マリアはこれからも暴走しないだろう」


「そうなんだ。止める人もいないし、よかったわ」




 それから無料の庶民学校を卒業後の進路は、マリアアンナの魔力だと王都の魔法学園特待生試験が受験可能など教えてくれた。成績優秀なら王宮への仕官も夢ではないらしい。もちろん冒険者についてもたくさん教えてくれた。


 これらの情報は普通に過ごしていたら手に入らないと、今ならマリアアンナもわかる。教えてもらうには、信用やそれなりの金品も必要。本当に稀有な人だと感謝した。


 そして、お昼になったので簡単なサンドイッチを渡した。昨日の感謝を込めて準備してきた。


 フレドリックはご機嫌だ。




「この美味しそうなパンを貰ってもいいのか!」


「うん!昨日お母さんとたくさん食べることができたの。きっとこれから毎日たくさん食べられるよ。助けてくれたフレドは私たちの恩人だもん。ぜひ食べてほしいの」




 記憶の魔法知識だけでは危うかったと実感している。おそらくフレドリックの魔法を見れたおかげで狩りがスムーズだったはずだ。出会えていなかったら魔法を試すためにカラ打ちした挙句、気絶してきっと1日が終わっていた。場所が場所だけに、そのまま命も危うかった。




(どれだけ感謝しているか、フレドには理解できないだろうな)




 フレドリックは本当に嬉しそうに、サンドイッチを頬張った。




「美味しい!これうまいな!マリアは小さいのに料理上手だな」


「6歳ならこれくらい作れますぅー」


「え?ろくっ!?あー6歳でもここまで作れないよ。何が入ってるんだ?」


「昨日のホーンラビットを焼いて、香草とチーズをパンに挟んだの。香草は庭で私が育てたんだよ」


(6歳になぜ驚く?冒険者は6歳以上なのに。まさかしっかりお風呂に入れてないから浅黒くて余計に小さく見えるとか?栄養状態も悪いし。・・・ちょっと傷つくな)




 自慢げな説明にフレドリックの顔は愛しそうに笑み崩れていたが、マリアアンナは考え中で気付かない。




(フレドは盥の水をお湯にする魔法は知っているかなあ。いや、何でも自分で勝手にやってみればいいか。もっと今しか聞けないことを聞こう)


「フレド、聞いてもいい?何歳?」


「俺は15。王立魔法学園在学中で今は長期休暇中だ。明後日王都に戻る。マリアアンナが心配だけど、もうなかなか会えないんだ。ギルドへ手紙を出せば届くようになっているから、何かあったら小さい事でもいつでも、必ず『Sランク・フレドリック宛』へ手紙を出せよ。わかったな」


(15歳?こんなに若くてSランク!?国に2、3人なんでしょ?天才すぎー!)




 マリアアンナは驚きで固まった。




「わ、わかった・・・」


「食べ終わってるな。じゃ、さっき俺が言ったことを最初から真似して言ってみて」




 時間がないのにもったいない、とマリアアンナは慌ててSランクの動揺を抑える。深呼吸してフレドリックに言われたことを、順に間違えなく完璧に言った。




(間違えずに口伝出来る6歳の頭って、スゴイデスネー。自分のことだけど、凄い子に転生できたってこと?脳が若いってこと?)




 フレドリックは完璧だ!と言って大絶賛だった。


 その後、転移魔法を教わる。短い距離からこんな風に、と実技を見せながらの説明だ。魔力を使わない日に少しずつ慎重に練習して、マリアなら自信をつけるだけ、だそう。転移魔法は行ったことのある所のみ、着地点をよく想像する、のはセオリー通りだった。


 ポーションを見せたら「魔法はベッドの中だけって言ったのに約束破ったな」と笑われながらも褒められた。


 料理と一緒だったと言うと呆れられた。水筒に入れて持ち歩く発想はとてもいいが、絶対に知られないように用心すること、と念を押された。


 母クリスティーネにその状態まで効いたなら、気うつの治りかけなのに栄養状態が足を引っ張って体調が戻らなかったのではないか、と教えてもらった。一時的な全快かもしれないから栄養をとり油断しないようにとも言われた。




 他にもいろいろ教えてもらったり、質問にも答えてもらった。


 ・マジックバックは存在するし、作れる

 ・インベントリ(倉庫)を使える貴族出身

  の商人もたまにいる

 ・空を飛べるかは、考えたことがなかった

 ・基本、全属性の魔法師は王国から出られない

 ・もし国外に行きたいなら特待生を受験しない

 ・国に縛られない冒険者ギルドはBランク以上

  なら国内外を往来自由だが招集義務あり


などなど。




「マジックバックはわかるが、インベントリなんてよく知ってたな」


「ほ、本で読んだよ」




などとやり取りしながらフレドリックは、




「俺と状況がそっくりなマリアに、俺が今出来ることは必要なことを全て伝えることだ」




と言っていた。ここまででマリアはもう情報パンク状態だったが、フレドリックは最後に特大のを落とした。




「一応言っておく。ここから南東へ2つ向こうの領地、マルティンディル侯爵領は最近当主が亡くなり代替わりをした。人格者と評判のクレイニー・フォン・マルティンディルが新当主になった。


 それと貴族なら常識なんだが、マルティンディル侯爵家は『神秘の泉』と呼ばれる珍しくて美しい青紫の瞳をしているので有名だ。縁者以外に現れることはないと言われている」




 マリアアンナの目がかっぴらいた。




「あと、これも貴族には有名な話だが・・・8年前、長女が駆け落ちをしている。あー、マルティンディル領はこの領地より温暖な気候なのでお母上の身体にもいいかもしれないな。


 もし、この領地から移動する時は必ず俺に知らせろ。ツテがあるから向こうの街門も通りやすくなるはずだ。それと、あの侯爵領にもここの公爵領と同じく無料の学校があるぞ」




 マリアは口が開いたままになった。だが、フレドリックの爆弾は二段構えだった。




「俺の名前はフレドリック・フォン・ ファエル。この領地を治めるファエル公爵家の嫡男だ。最初はここまで関わるつもりはなかったんだが、気が変わったんだ。俺は素直で頑張り屋のマリアとまた会いたいからな。


 ただし、手紙を出すには冒険者ギルドに預けて、しかも『Sランク・フレドリック宛』でないと届かないから、忘れないように、な!」




とフレドリックは朗らかに笑った。




(ファエル公爵は王弟。フレドの伯父さんは国王?そんな・・・)


「なんで、何でこんなに親切にしてくださるんですか?貴族かもしれないからですか?」


「普通に喋ってくれよ。冒険者だろ」




 フレドリックは悲しそうにマリアアンナの鼻をつまむ。マリアアンナはそれを手で払う。




「痛い!鼻つまむな!」




 フレドリックが嬉しそうに笑う。




「俺は家族に大切にしてもらったが、それでも魔法の世間とのずれは誰にも理解されず1人孤独で苦しかった。子供で周りに理解されないのは辛いことだ。賢者とも大魔法使いとも呼ばれる師匠を探してもらえて、共通点も見つかり幸い弟子になれた。師匠は俺を理解して導いてくれる。俺もマリアを導きたいと思った」




 フレドリックは苦い顔をしていたが、マリアアンナの頭を手でポンポンとしているうちに穏やかな笑顔になっていった。




「マリアを保護するのは簡単なんだ。してくれと言われれば親ごとすぐ保護するぞ。だけどおそらくそこで人生が決まってしまう。今、食べることに不安は無くなっただろ?住まう場所もある。だったらマリアには自分で選択して人生を選び取ってほしい」




 フレドリックは頭を撫で続ける。




「僕の魔法を理解できるのは、きっと師匠とマリアだけ。同じようにマリアの魔法は師匠と俺以外誰にも理解できない。危険性もあるのに知っていて放っておくことなんて、マリアが可愛いすぎて出来なかったよ。


 それに、マリアは頭もいいから、これでしばらくやっていけると信じているよ」




 マリアアンナは顔を真っ赤にして静かに涙を流していた。



ーー優しい人。フレドだって口調が "僕" に変わってるよ。



「私、力の限りやってみる」


「そうだね。マリアならきっと出来ると信じているよ。まずは家のことでいろいろあると思う。でも負けないで。自分の考えを大切にするんだよ。あと、また会えた時は今日のあの美味しいパンをご馳走してくれる?御礼はそれがいいな。それにもうマリアは僕の弟子だよ」


(フレド、師匠!・・・なでなでされると顔が赤くなるって。可愛いすぎとか言うし、もう!)


「フレド撫でまわしすぎ!」




 むすっと膨れると、フレドリックは笑ってマリアアンナの頬に手を添え、親指で涙を拭って、そのまま自分の胸に優しく抱きよせた。


 マリアアンナも嬉しくなって抱き返し、一緒に笑った。可愛くて堪らない、そんな顔をするフレドリックを見上げる。




「フレドありがとう。ちゃんと魔法を使えるようになるよ。食べて生きる。お金も貯めるね。もっと美味しいパンを食べてもらえるように頑張るよ。また会おうね」


「ああ、また会おう。必ず」


(もうしばらく会えないんだ。何でこんなに寂しいんだろう。胸が苦しいよ)




 マリアアンナは涙が溢れた。

 最後はぐちゃぐちゃな顔で握手して、何度も手紙の約束を交わしてフレドリックは転移魔法で消えていった。




(・・・フレド)




 もうそこには居ないのに、消えた場所を見つめてマリアアンナの涙はなかなか枯れなかった。






✳︎


 その後、魔法の回数を数えながら少しヤケになって魔物を仕留め、薬草類を丁寧に山盛り採取した。冒険者ギルドでは今日も個室対応で、ティネスさんから昨日以上の報酬を受け取れた。


 帰宅し、夕食が終わってから母クリスティーネに侯爵家の代替りを伝え、2人で話し合いをした。その結果、夜明け前に起きて冒険者ギルドからフレドリックへ手紙を出した。


 母とマルティンディル領へ移住して侯爵家を早めに訪問するつもりであることと、門番へ渡す手紙を依頼し、その日のうちに返信が来た。


 その返信には門番への手紙が同封してあり、マルティンディル侯爵へ早馬を出したとも書いてあった。


 マリアアンナは、クリスティーネの体力回復を待ってフレドリックの手紙を持参し、マルティンディル領へ向かうつもりだったが、5日後には侯爵家から迎えの馬車が来た。


 馬車に乗って迎えに来たのは執事と御者と騎馬護衛3人の計5人だった。相当飛ばしてきたようで、特に年配の執事と御者は草臥れ果てていた。この2人は昔からクリスティーネとの顔見知りらしく、再開した途端3人で泣きながら喜んでいた。


 馬車は家紋のない簡素な見た目をしていたが、中は横になったまま移動もできる、揺れも抑えられた優れ物だった。


 3泊しながらの移動中、マリアアンナは執事からいろんな話を聞いて楽しく過ごした。


 父母の婚姻に反対していたのは、頑固者と名高かった亡き祖父である前当主だけだったそうだ。どおりでクリスティーネが「みんなに会いたい」と言うはずだ。


 父シュテファンは長く母クリスティーネの護衛を勤めていたそうで、元々侯爵領の騎士爵をもつ凄腕の騎士だったそうだ。




(凄腕の騎士!お父さんは金髪碧眼で笑顔が優しくてかっこよかったもんなー。なのに凄腕とか。お母さんはギャップ萌えだったのかな。2人は本当に仲良かったし、今生きてればなあ)




 マリアアンナはちょっぴり涙が出た。






 侯爵領に到着すると、現当主であるクリスティーネの兄クレイニー・フォン・マルティンディルをはじめ、屋敷全体から大歓迎を受けた。




(伯父さんはお母さんと同じ金髪青紫の瞳。本当に『神秘の泉』だ!)




 クリスティーネはとても嬉しそうで、生き生きとしている。そんな母がマリアアンナは嬉しかった。


 その後、彼らの要望に応え侯爵家別邸に暮らすようになった。別邸は元々マリアアンナの祖母が暮らしていたが、そこへ母娘で合流をして、今では3人仲良く暮らしている。


 祖母は穏やかな貴婦人で「ファエル公爵領のおうちも大切にしましょうね」と商業ギルドに管理を依頼してくれた。




(おばあ様は私たちを尊重してくれる。ここの人達はみんなそう。有難い。それにしても、もう飢えないっていう安心感は凄いなあ。猛烈に恩返ししたくなるわ。これが返報性?ま、しばらくは魔物の肉の差入れでお返しかな)




 マリアアンナの淑女教育も始まった。こちらの世界は週6日だが、毎週2日間を特に魔法の自習日に決めた。


 これは当主クレイニーと母クリスティーネとマリアアンナで話し合った結果だ。大魔法師の孫弟子であることと、師匠からの自習指導があったことで認められた。対外的には全属性と言わず、水属性と土属性の2種類と答えることになった。


 自習内容は、護衛に信頼のおける侯爵家の騎士を2人つれ、いろいろな魔法を自分で試しながら訓練し、魔物討伐をすることだ。冒険者ギルドでは以前と同様に魔法を内緒してもらって、ランクも上げる日々だ。


 それは、



ーーフレドに、美味しいお肉のサンドイッチを食べてもらいたいな。早く会いたい。



その日のために。






✳︎Das Ende✳︎

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