ミゼルコルディア
『ミゼルコルディア』
隣の客が言ったとさ、ああ無常。
隣の柿が言ったとさ、もうすぐ秋ね。
隣の生垣が言ったとさ、その竿どけろ。
隣の客は応えたよ、ああ竿か。
隣の柿も応えたよ、ええ竿よ。
件の竿も言ったとさ、俺も退きたい。
柿は枝を撓らせた。
客はもぎって、実を食べた。
ああ、美味い。ああ、美味い。美味い美味い。ああ、美味い。
そこで、柿は言ったとさ、私渋柿。
すかさず、竿が口挟む。おいおい、柿の根は皆渋いのさ。
生垣負けじと、声あげる。いいから、退けろ、竿退けろ。
客は渋柿、平らげて、満面の笑みで言ったとさ、もう晩秋じゃないか。
そりゃ、渋い、そりゃ、渋いと竿囃す。
生垣怒って、声荒ぐ。退けろ、退けろ、いいから退けろ。
客が種を吐き捨てた。
種は畦道転がって、路傍の溝に落ちていく。
溝の中、一匹のイトミミズが言ったとさ、迷惑だなぁ。
唱和して生垣言うには、いいから退けろ、早く退けろ。俺も迷惑千万だ。
渋柿食い終え、客は立つ。
竿を持ち上げ、場を去った。
春風吹いた。
もう、春はそこだった。