ダディブレード1
「大貫さん、この度は本当にありがとうございました」
「いえいえ。吉野さんもご快復おめでとうございます」
そう言って吉野さんと向かい合っている私が今いるのは病院の一室です。
本日は吉野さんの退院日ですので、以前にお約束した通りに吉野さんたちに会いにきたのです。
ちなみにここは前島グループ系列の探索者専門病院です。一般人の方も治療は受けられますが、基本的には探索者の方用の病院となります。何しろ探索者というのは高レベルであれば、痛みで暴れただけで重機が暴走しているような被害が起きますし、魔術の後遺症で常時燃えていたり、触っただけで凍ったり、呪いを受けて瘴気をばら撒いたりすることもあるそうです。そうした現代医学だけでは対処できないケースも想定して造られたのが探索者専門病院なのですね。
昔は隔離施設なんて揶揄もありましたし、そういう側面は現在でもあるのですが、探索者がもたらす資源で世界が回っている現状ではダンジョン黎明期の頃とは社会的立場も逆転しております。保険が利きませんが、ポーションによる処方はこうした専門の医療施設経由でないとできません。
そして見ての通り、凛さんの護衛で重傷だった吉野さんも今ではお元気のようです。壊れたワイパーのようだった手足も元通り。あの台風の後に落ちているビニール傘のような姿だったのを見た時には焦りましたが、回復できて何よりです。
「佐世子さんも直接会うのはお久しぶりです」
「そうね善十郎くん。ま、久しぶりと言ってもまだ一年も経っていないけど」
「そうでしたね。ここ最近は色々なことがあって時間が過ぎるのが早かったものですから」
それと吉野さんの病室内には佐世子さんもおりました。
彼女は私の元奥さんで、凛さんのお母さんです。彼女は私よりもひとつ年上ですが、学生時代と変わらぬ若さと美しさを保っておりますね。まあ、私はあの頃から老け顔でしたので、私もあの頃とあまり変わらないとは言われていますが。
「ほら、ラキくん。あの人がゼンジューローの元奥さんよ」
「キュルルル」
ティーナさんとラキくん、それにフォーハンズも病室内にいます。
ここは前島グループ系列の探索者専門病院ですので従魔を連れ込んだりするのも問題ないそうです。ドラゴンを倒したのは私でも、最終的に吉野さんを救ったのはティーナさんの長距離転移です。なので最大の功労者は彼女であると言えますので、彼女が吉野さんと会うのは当然ではあります。
「あら、凛に聞いた通りの可愛らしい妖精さんだこと。あなたがティーナちゃんね。それにラキくんも可愛らしすぎて善十郎くんには似合わないわね」
「それは自覚しておりますがね。ティーナさん? どうかしましたか?」
ティーナさんが佐世子さんを見て、なんとも言えない難しい顔をしております。
「えっと……ねぇ。ゼンジューロー。サヨコを見ると私なんとも言えない気持ちになるんだけど」
「あら、ティーナちゃん。善十郎くんとはもう十年前に別れているし。あなたの契約者を盗るなんて真似はしないわよ」
「そういうことじゃなくてねぇ。うーん」
「ふむ? ああ、そういうことですか」
佐世子さんは勘違いをしていらっしゃいますね。ティーナさんは私の記憶を持っているのです。そのため、私とティーナさんは互いを一心同体のように感じているわけですが、
「ねえ善十郎くん。ティーナちゃん、どうしたの?」
「いえ、ティーナさんは私の記憶を持っているのですよ。だから日本語も話せますし、現代の知識もあるわけで」
「え? 善十郎くんの? そんなことあるの?」
「そう、あるのよ。ある意味では私はゼンジューローから枝分かれした存在みたいなものだからねー。だから……」
ティーナさんがモジモジしております。ティーナさんは情緒豊かな方ですし、多分私の想いが増幅されたような気持ちを持っているのではないでしょうか。
「なんというか、サヨコはね。私からすると、私にとっても元奥さん的な感覚というか」
「え? あれ、ちょっと待って」
佐世子さんが少し慌てて、ティーナさんのもとに近づいていきます。
「じゃあ、ティーナちゃん。もしかして、あの……ゴニョゴニョ」
「ああ。……が抜けなくて、……病院に行こうかって慌てた時の話? 学生時代にアレはねえ」
「うわ、やっぱり分かっちゃうのね」
「うん。当然記憶はあるよ。でもアレはゼンジューローがチャレンジャー過ぎたんだと思うよ。取れてよかったよね。私も……じゃなくて、ゼンジューローも流石に焦ってたし」
なんの話かは想像がつきました。学生時代はそこそこお猿さんでしたからね。思えば、あの頃からチャレンジャー精神だけはあったのかもしれません。あ、佐世子さんが「あー」という顔をしています。
「そっかー。うーん。ティーナちゃんが善十郎くんの……それは、ちょっといけない気持ちになっちゃうかも? いや、分かったわ。ティーナちゃんも私の元旦那ということで問題はないわね」
どう考えればそう言う結論になるのでしょうか。それで良いのですか佐世子さん?
ちなみにラキくんも同じように私の記憶を持っている可能性もあるような気がしますが、こちらは特に気にしていないようです。
「そう? だったら元旦那2号としてサヨコとは仲良くしていきたいわ」
「ハァ、こんな愛らしい夫なら別れなかったんだけど」
「アレはゼンジューローの甲斐性の問題だからね。サヨコから切り出したとはいえ仕方がないとは思うわ。というかゼンジューローと長続きしたのってサヨコくらいだもの。むしろ頑張った方よ?」
はい。甲斐性のない私ですみません。
「ふふ、まったくねぇ。面白いことになってるわね善十郎くん」
「そうですね。今のお仕事はやり甲斐があるとは思っていますよ」
「去年会った時には会社が危なさそうだなんて言ってたけど、潰れて無職になってからすぐに探索者に転職するなんてね。本当に思い切ったわね」
「もしかして……知られてましたか」
「そこそこ早い時期にね。まあ、ウチは敵も多いから」
前島グループは国内でも有数の企業ですからね。日本で有数ということは世界でも……ということでもあります。基本的に私には関係のない話なのですが、そのグループの幹部の元夫というのは場合によってはスキャンダルのネタにされかねないということなのでしょう。
「とは言っても探索者になってからの動向は掴んでいなかったけど……まさか、ここまで成功してるとは。しかも最近じゃあ、私の可愛い後輩に手を出してくれちゃったみたいでねー。いやー、さすがにびっくりしたわよ」
「後輩?」
ふむ。心当たりはひとりしかおりませんが、どうして後輩なのでしょうか?
「けど、あなたが探索者だから凛が助かった。本当に感謝しているわよ善十郎くん。ねえ吉野さん」
「はい、奥様。いや、まさかドラゴンをソロで倒せてしまうとは……さすがは奥様の選んだ方だと思います」
吉野さんも私に感謝しつつも困惑しているようですね。まあ以前にお会いした時は普通にサラリーマンでしたし、今も感覚的に私は低レベルの探索者の気配しか出ていないそうですから仕方のないことだと思います。それで吉野さんと佐世子さんがいるのは良いのですが、肝心の凛さんは……
「チッコク。遅刻ぅう。遅れてごめん吉野さん。ママとパパは……ってもういるし!?」
ガラガラガラと勢いよく凛さんが通路から部屋に入ってきました。
いや、病院なのでもう少し落ち着きましょう凛さん。
【次回予告】
それは幻想のひと欠片。
それは魔王の残滓。
それは失われし妖精の王権。
それは超越たる神の刃。
異界の伝承が今世に蘇る時、少女の運命もまた変革する。





