ヨコドリハント9
私が川越メイズホテルに入ると烈さんと門倉さんが何やら話しておりました。以前も同じような光景を目撃しましたが、今回のおふたりのご様子は逆のようです。よくは分かりませんが上級クラン同士のおふたりだからこそ譲れないものもあるのでしょう。
それからその場に入った私は門倉さんと少し言葉を交わしたのですが、彼はなぜか顔を真っ赤にして去ってしまいました。
よく分かりませんが烈さんが笑っていましたし、上級探索者だけに通じる笑いのツボみたいなものがあるのかもしれません。烈さんもそうだと言っていたので間違い無いでしょう。
まあ、そんなことがあったりもしたのですが、ともあれ私たちは無事川越メイズホテルへと戻ってくることができました。
グランドウィンドドレイクも無事討伐できましたし、彼女から抜き取った魔石の核も解析収納の分離を利用して抽出し、帰りに処理した兄切草獣の緑魔石への埋め込みも完了しております。
ティーナさん曰く抜き取ってからすぐの方が魔力効率が高くなるそうですし、これを加工すれば新たなる魔法具、フェアリーアーティファクトの完成です。
そして魔法具もふたつ手に入りましたので、どちらかを凛さんへのプレゼントに、残りを自分で活用しようかと考えています。
遺跡については、現時点では中に入るのは難しそうなので保留です。一応解析解除で内部構造は確認し、どうにか対処も可能そうだということは分かりましたが、集中力が必要ですので改めて挑むことにしたわけですね。
それと魔石以外のグランドウィンドドレイクの素材の回収については秩父ゲートまでは運び屋組合にお願いをし、そこからはオーガニック経由で売りに出してもらうことになりました。
先ほど烈さんから買取の査定表を見せてもらいましたが卵が随分と高く売れるそうで、測定器の分の借金もチャラにできそうです。
ドラゴンの素材は高くは売れるので借金ぐらいはポンと払えそうなものなのですが、一番高く売れるのは魔石ですからね。二体とも自分で使ってしまったので、思ったよりも金額はいかなかったのですよね。
「というわけで今日は色々とありました」
「色々とあり過ぎかなー。おじさんは頑張ったねー。いや、頑張り過ぎかもねー」
先日より同じ部屋に住んでいるユーリさんがビールをあおりながら、そう言います。
まあ、私も自分のことながらそう思います。それに反省点も多々あります。特にグランドアースドレイクを容易に仕留めてしまった成功体験から、グランドウィンドドレイクを甘く見過ぎていたのは大いに反省すべき点です。もっと精進しなければいけませんね。
「まあ、あーしたちは探索者。でもその実態は魔獣を狩る狩人だからねー。魔獣と対等の勝負をする必要はないんだよ」
そして、今回の反省を口にした私にユーリさんが真剣な表情でそう返してきました。
「あーしらは、狩られる側じゃない。狩る側なんだよおじさん。だから勝てて当然の戦いをしないといけない。その見極めができないヤツから死んでいく。今回は勝てても、次も勝てても、その次はつまずく。その次はきっと死ぬ。そうならないために、あーしらは常に勝てる戦いを挑むんだよ。だから気を付けてよね、おじさん?」
「はい。肝に銘じておきましょう。若いながらに上級クランのリーダーをお務めになっているユーリさんのお言葉は含蓄がありますね」
「でしょー。もーっと褒めてくれてもいいからねー」
グビグビと飲みますね。
「にしても烈も門倉くんも子どもだよねー。会うといっつも喧嘩ばっか。周りも呆れてるの気づかないのかなー」
「ユーリさん。以前も彼らは言い合いをしていましたが、あのおふたりは仲が悪いのですか?」
「まーねー。ふたり同期だし。ニューカマーグランプリ時代からのライバル? みたいな?」
同期でライバルですか。こう言っては烈さんには怒られてしまいそうですが、そういう切磋琢磨できる関係性というのは羨ましいですね。
「まあ、今回は烈さんが私を待っていてくれたせいでトラブルに巻き込まれたみたいなものです。この査定表もユーリさん経由で渡してもらえれば良かったですね」
「あー、それNG。おじさんね。前にも言ったけどあーしとのことは秘密だからねー。人気商売でもあるしー、知ってる人も限られてるしー」
なるほど。ユーリさんはメイチューバーですし、テレビにも出演しているアイドルでもあります。そういうところにもキチンと気を使わなければならないということですね。
「それにしてもドラゴン丸ごととはねー。前回のアースと合わせてひとりで総取りなんだからおじさん大金持ちだよねー」
「いえ、魔石とお肉の一部はもらいますけど、ほとんど借金で飛んでいますよ」
「は? いつの間にそんな借金抱えてんの!? あの車、そんなにかかってるわけじゃないよねー?」
ユーリさんが驚いていますね。まあ測定器のことは言っていませんでしたから当然ですか。まさか私が数日で億単位の借金を抱えることになるとは流石のユーリさんでも予想はつきませんでしたか。
「男の意地というか……まあそれでも足がまだ出そうだったんですが卵が良い値段で売れましたのでどうにか帳消しになりました」
その言葉にユーリさんが眉をひそめます。何か引っ掛かるものがあったのでしょうか。
「へぇ、ドラゴンの卵。世界最高の目玉焼きを作るのに使うとかって聞くけど……でもどんなに高額だったっけ? ん、有精卵? 有精卵? 子供入り? え、これマジ?」
「はい。マジですね。倒したアースとウィンドが番だったようで。結構珍しいもののようですよ」
ユーリさんが査定表をガン見しています。そしてクワッという顔をするとスマホを取り出しました。
「ああ、あーしだけど。ドラゴンの卵、売るのストップ。絶対ストップ。あーしが買うから。あ? 購入希望が殺到? オークション? 知るか。リーダー命令だから。ウルセェ。ブチ殺がすぞ」
ユーリさん、お下品ですよ。
おや、電話が終わったようですね。ユーリさんのお顔も満面の笑みを浮かべてキラキラしています。とても上機嫌という感じです。スキップしながらラキくんとダンスを踊り始めました。
「もーおじさん。サイッコー。愛してる。ドラゴンテイマーってあーしの夢だったんだー」
「ほぉ、ドラゴンテイマーですか。なるほど」
卵の値段が気になったので私も多少調べては見たのですが、実は従魔契約の中でもドラゴンのテイムはほとんど成功例がないそうなのですよね。
その理由が捕獲するのが非常に難しく、また懐くこともほとんどなく、幼竜の内から育てるにしてもそもそも幼竜の目撃例自体がないのだとか。
ドラゴンの卵は時折発見されますが、その多くは無精卵。そんなわけで幼竜入手の手段として、ドラゴンの有精卵は成竜一体分以上の価格での取引となっているようです。
まあ、私にはティーナさんがいますので従魔を増やせませんし、売りの一択だったのですが、ユーリさんにとっては大望の品だったようです。
「ユーリさんの夢が叶って何よりです」
「あんがとーおじさん。まあ叶えるには、もうちょいかかるけどねー。ちゃんと卵から孵さないといけないしー」
そう言って立ち上がるとユーリさんは室内着をパッパと脱いで、外用の服へと着替え始めました。
「出かけるのですか?」
「もちろーん。待ってなんかいられないからねー。そんじゃ、あーしはちょっといってくるね。あーしとおじさんのベイビーをもらってくるー。ヒャッホー」
そうしてユーリさんは颯爽と部屋の外へと飛び出してしまいました。居ても立っても居られないとはまさにこのことだったのでしょう。
まあ、ユーリさんが楽しそうでなによりです。
それで私は……脱ぎ散らかされたユーリさんの服でも畳んでおきますか。あ、ラキくんがやってくれるのですか。ありがとうございます。ラキくんは本当に優秀ですね。
【次回予告】
その再会は突然で、しかし必然だった。
善十郎が対峙するは過去。
終わってしまった遠い過去。
そして変わらぬ女の笑みに、妖精はあの夏の夜の想いを幻視する。そこに見えるのは情欲か悔恨か。
焼き付けられた記憶が今、妖精の心を揺れ動かす。