ヨコドリハント8
「おい。一体どういうつもりだ台場烈!?」
俺の目の前には今、門倉っつークソメガネがいる。最恐ババアの三船ベラ率いるグランマ騎士団、そのメンバーのひとりがこいつなんだが、ともかく俺とは相性が悪い。なんつーか性格的に合わねえ。生理的に好かねえ。つーかメガネをクイックイッてすんじゃねーよ。頭悪いくせに。はたき落とすぞ。
で、そいつがな。ホテルのラウンジで大貫さんを待ってた俺にいきなり絡んできやがったわけだ。
「うっぜぇなぁ。ラウンジで大声あげて絡んでくるんじゃねえよクソメガネ。常識ねーのかテメェはよぉ」
こっちは大貫さんに今日の件の話を聞きたかったのと、運び屋組合から受け取った素材の件で一応の報告をしたかったから待ってただけなんだがなぁ。
何しろ今日、大貫さんはグランドウィンドドレイクをひとりで……まあ従魔たちとも一緒だが、ぶっ倒しやがったわけよ。
その前にはグランドアースドレイクも仕留めてるしな。どっちも俺らオーガニックでも一軍集めて挑む相手だぜ。大体あの人はドラゴンの防御をどう突破したんだよって話なんだが。
そんで運び屋組合を介してゲートまで持ち帰った素材の売却を、俺らオーガニックが請け負ったってわけだな。一応の売却のリストができたから大貫さんに渡そうと思って待ってたんだが、そこにこのクソメガネの門倉がガチギレでやってきやがった。なーにキレてやがんだよ、こいつ。つーか、ここ最近でこいつと揉めるようなことってあったか?
「惚けるなよ。お前らが僕たちの討伐予定だったドラゴンを掠め取ったのは分かってるんだ」
「ハァ? ドラゴン? って……ああ。今日のヤツのことか」
「白々しい。君たちオーガニックがアレを運び出したことは知っている。誤魔化しは通用しないぞ」
なんで俺らが大貫さんに頼まれてグランドウィンドドレイクを運んでいたのを知ってんだ? 運び屋組合が漏らした? いや、そりゃねえな。あそこは信頼第一でやってる。そう簡単に漏らすとこじゃねえ。てこたぁ、しくじったのはウチか。秩父ゲートに送ったうちの若いのを盗み見されたってところか。いきなりの話で人手がいなかったからって人選ミスったかな。
でも、なんでこいつがグランドウィンドドレイクを自分の獲物だって言ってんだ? 意味分かんねえんだけど。
「この間の意趣返しか? 子供のような真似をして。ウチが重傷者まで出して掴んだ情報を掠め取って討った。こんな真似をして恥ずかしくないのか?」
「そっちの事情なんて知らねーよ馬鹿。ウチの関係者がたまたまドラゴンを見つけて討伐しただけだっての。大体時間が合わねえだろ。どのタイミングで俺らがテメェんとこの情報をすっぱ抜いて、すぐさまドラゴン倒すためのパーティを組んで倒したんだっつーの。頭使って喋ってますかー? 伊達メガネは知力も伊達ってことかいクソメガネ」
「ぬ、それは……」
ハッ、馬鹿が。言い淀みやがった。
大方、頭に血が上って脊髄反射で言いがかりつけてきたんだろうがな。
何しろ獲物はグランドウィンドドレイクだ。ドラゴンってだけでも美味しいのに、その上にこいつはランクA。撮れ高も大きいし、配信でもすりゃクランの名も上がる。その上に怪我人ありとくりゃぁ、敵討ちだとテンション馬鹿上がりだったってわけかい。
急いでクラン内でパーティ組んで挑もうとしたところで、すでに討伐されてまーすってのが分かりゃぁ、そりゃむかつくだろうよ。
この前、俺たちもお前らにやられたけどな。
大体遺跡の情報自体がうちんとこのメイチューバー発信の情報なんだから、文句言われる筋もねえんだが……お!?
「ヨォ大貫さん。仕事帰りかい」
ホテルの入り口から入ってくる大貫さんの姿が見えたんで俺が手を挙げると、あっちも手を振って返してきた。
うーん、相変わらず全く強者の気配がしない。一般人ではないにせよ、レベル一桁前半って感じだ。これもある種の擬態ってヤツなのかねー。
「台場、僕の話を……」
「こっちにゃてめえとする話なんざねえんだよ。俺はそこの大貫さんを待ってたんだから邪魔すんじゃねー」
「おや、私を待っていたんですか? ああ、昼の件ですかね」
大貫さんが俺の目的を察して頷いてくれた。
「大貫? もしやあなたが確か新しくここに入ってきた方ですか」
馬鹿が。取り繕った顔してやがる。
まあ大貫さんは外見からは一般人にしか見えねえからな。さっきみたいな醜態を見せたくねえんだろ。ま、テメェの主張通りならこの人がお前らからドラゴンを横取りした張本人なんだけどな。分かるかねー。分かんねえだろうなー。
「大貫善十郎と申します。こちらがラキくんにティーナさん。それとフォーハンズです」
「テイマーの方ですか。なるほど。僕はグランマ騎士団の門倉です。同じくここで暮らしている身ですので、今後ともよろしくお願いいたします」
「はい。門倉さん。同じ探索者同士、仲良くしていただければ幸いです」
そう言ってから大貫さんは、少しばかり考えてから門倉に口を開いた。
「実は私、門倉さんのことは一方的に存じ上げておりまして、その……本日も門倉さんから以前にお聞きした言葉のおかげで仕事が上手くいったのですよ」
へぇ? こいつの言葉のおかげで?
大貫さんがこいつに感謝するのは気に食わねえが、なんだろうな。
「そうなのですか。私の言葉があなたの助けになったのであれば嬉しいですね。ちなみに私が何を言って、それが役立ったのかお教えいただいても?」
「もちろんです。実は今日、運良く美味しい獲物と遭遇したのですが、別の方々が狙っていたものだったのです」
「ん?」
「それで私が手を出しても良いものか悩んだのですが、そこで門倉さんが以前にここでおっしゃっていた『探索者は先行独占が基本。終わった後に言いがかりをつけてはならない』という言葉を思い出したのですよ」
「な!?」
「ブハッ」
大貫さん。アンタ、すげえ。いや、駄目だろ。こんなの、笑いが止まら……
「おかげさまで迷いは晴れました。そうですね。我々は探索者なのですから、それぐらい貪欲でなければなりません。門倉さんの言葉が私を目覚めさせてくれたのです。ありがとうございます」
「な……なな……」
「ギャハハハハハ、ヤベエよ大貫さん。なんなんだアンタ。切れ味が鋭すぎッ、グハッ、俺を今度は笑い殺す気か。ギャハハハハ」
「おや?」
おいおい。クソメガネの顔が真っ赤になってやがる。大貫さんに何か言いたげだが、キョトンとしたあの顔見れば事情を知らねえのは明白だからなぁ。知ってて煽ってるんなら言い返したらさらに恥の上塗りになるだろうし……ブハッ
「だ、駄目だ。腹いてぇえ。あり得ねーだろ、マジで。ウエッハハッハハ」
「し、失礼する」
「あ、はい。また見かけたら声をかけてくださいね」
おいおい。逃げ帰るのかよ。待ってくれ。無様すぎんだろ。俺が笑い死ぬ。わはははは。駄目だ。笑いが止まんねえ。死ぬ。笑い死んじまう。ギャハハハハハハ……
【次回予告】
命は紡がれる。
父と母は死に、己も何処かに売られてしまう。
未だ生まれてすらいない幼子。
彼、或いは彼女に待ち受けるは過酷な未来か。
始まる前に終わりを迎えるか。
否、否である。
女の願いは理不尽を退け、次の世代へと命は紡がれる。
それこそが希望の未来への第一歩。
世界の選択であった。