ヨコドリハント6
「ガッ」
私が思案する間も無く、ティーナさんが短距離転移を使ってラキくんとフォーハンズをグランドウィンドドレイクの真上に飛ばしました。
まったく、ティーナさんの転移は本当に便利です。
「キュアアアア」
「グガァアアア」
「ピーーー!?」
とはいえ、その接近に気付いたグランドウィンドドレイクが両腕を振り回すだけでラキくんもフォーハンズも吹き飛ばされてしまいました。
あのクラスの魔獣相手だと、今のラキくんたちでは相手にならないようです。本当にヤバいですね。ふたりでは役不足……は誤用でしたか。役者不足は役不足の誤りで……そう、そうです。確か力不足が正解です。いやいや、今は余計なことを考えている余裕はありません。
グランドウィンドドレイクがすでに空を飛ぶ動作を始めているじゃないですか。
「仕方ありませんね」
私は走り出しながら時間遅延解除を発動し、距離を詰めていきます。ここで時間遅延解除を出すのは痛いのですが、飛ばれてしまっては対処がさらに難しくなります。
そして10メートルまで近づいたところで収納ゲートをグランドウィンドドレイクの頭上に発生させることで飛び立とうとするのを阻害します。
5メートル以上の距離の発動はコントロールがおぼつきませんが、ばらけて出すので精密性は必要ありません。十個ほどランダムで並べて出せば必ずぶつかるはずです。
「グゥゥルゥウ!?」
良し。
翼の羽ばたきを阻害することに成功しました。いきなり何かにぶつかったことに驚いたグランドウィンドドレイクが体勢を崩して地面にゆっくりと落ちていきます。
「そして、ここです!」
私はこのチャンスを逃さず、石砲弾を連続で撃ち込みました。いかにドラゴンといえど、無防備なその状態では防御も取れません。そう思ったのですが……
「グゥウウガァアア」
聞いていた通りにあのドラゴンの周囲には風の護りが働いているようです。たとえ時間遅延解除の効果がある状態でも直撃はひとつもなく、当たった場所も鱗があってダメージが通った感じはありません。
最近石砲弾の存在価値が徐々に薄れています。石銃弾と石散弾はもういない子も同然です。可哀想に。大物に対して有効な遠距離攻撃が必要ですね。
おっと、時間遅延解除が解けました。これは不味いです……が、
「フーーーー、ガッ、ガッ、ガッ」
弾かれたラキくんが再び飛びかかって、グランドウィンドドレイクの背に乗り、ガントレットクローで翼の付け根をザクザクとやってくれています。あの場所なら鱗もないですし、比較的柔いのでしょうか?
「キュアァアアア」
あ、ラキくんが尻尾で叩かれて飛ばされました。ですが……この距離なら私の空気弾も
「ヌガァアア」
速い!? 爪の攻撃?
「しかし防い……ふわっ」
横薙ぎに振るわれた爪の一撃を私は収納ゲートで防御しました……が、物理攻撃はともかく風圧までは防げません。強烈な風圧を受けた私の体が横に吹き飛ばされてゴロゴロと地面を転げています。
「おおおっと」
むむ、どうにか受け身を取って立ちましたが……これはいけませんね。
「グルゥウウウ」
グランドウィンドドレイクが息を吸い込んでいます。いえ、吸い込んでいるのは魔力ですか。喉元に魔力が収束して発光しているのが視えますね。
これは卵が射線上から離れたので容赦する必要がなくなったということでしょうか。まずいです。緊急避難を求めます。
「お願いしますティーナさん!」
『ゼンジューロー。マズイの。ここまで魔力が乱れていると転移させられない。お願い。自力で逃げて!』
声を張り上げて助けを求めた私に、離れた場所にいるティーナさんからそんな悲壮な返答が通信音声で届きました。
万が一があった場合、ティーナさんに転移スキルで回収してもらう予定だったのですが、どうやら魔力が乱れていると使えないようです。転移にはそんな弱点があったのですね。これは困りました。
「ォォオオオ」
不味いです。魔力が溜まっていきます。こうなるとブレスをどうにかして防御しないといけませんが、魔法具で防げますかね? いえ、無理でしょう。ブレスは継続ダメージですし、おそらく数秒でシールドは消滅するはずです。時間遅延解除も再構築はできましたが、この距離では発動したところで炎から逃げ切れないでしょう。となれば……
「ガァァアアア」
顎門が開かれ、炎が吐き出されました。もはや一か八か。私はこれに賭けます。
「吸引収納、『炎のブレス』!」
そうです。レベル15で覚えた吸引収納。その効果は指定した対象物を収納するというもの。500ミリリットルしか入らないために用途は限られますが、今回私が指定したのは炎のブレスです。
「ガァアアアアアア」
吐き出された炎が収納空間に根こそぎ吸い込まれていきます。とてつもない熱量。凄まじい炎。けれどもそれは私の体までは到達せず、収納空間内に入っていきます。炎が渦を巻いています。すごい勢いです。
「ガァアア……アアァアア……アア?」
そしてグランドウィンドドレイクがブレスをすべて吐き終わりました。どうやらすべて吸い切れたようです。
これがグランドアースドレイクの溶岩ブレスだったら熔けていようが岩ではありますから、すぐに容量いっぱいになって防げなかったでしょう。ですが、炎のブレスは魔力の塊、つまりは非物質。収納空間の上限には引っかからなかったということなのでしょう。
「グル!?」
驚いているようですね。けれどもこれが現実です。彼女は選択を誤りました。さらにここで私は万が一にも失敗はしたくありませんので時間遅延解除を発動します。
「グ……ルゥ……アアア」
そうして時間の歩みの遅い空間内で私は薬指と人差し指を並べてグランドウィンドドレイクの喉元を指しました。これをしくじれば我々は全滅かもしれません。ですので決して外さぬように、狙いを定めて、吸引収納を……解除です。
「さあ、終わりです」
「ギュゥウウウルウァァアアア」
直後、圧縮された炎のブレスがまるでレーザーのように一直線に放たれました。なんかすごいのが出そうだなとは思いましたが、想像以上の出力です。そしてソレは一瞬でグランドウィンドドレイクの首を貫通して肉が融解し、衝撃波と共に頭部を千切り飛ばしました。
さらには後方の森までもがビームによる衝撃波によって吹き飛んで、直後に木々にボワっと炎が燃え広がりました。これはアレですね。まるで昔見たアニメ映画に出ていた腐った巨人の攻撃のようです。本当に凄まじい威力です。
「ァァア……アアア」
それから宙を舞うグランドウィンドドレイクの首が私の認識上ではゆっくりと落下していき、地面に落ちた瞬間に時間遅延解除が解けました。もうその瞳に力はなく、さすがのドラゴンも死亡したようです。
「ふぅ」
それから私は息を吐き、ゆっくりと座り込みました。しかし、これがランクA魔獣、ドラゴンという生物ですか。なんとか勝てましたが、正直に言って運に助けられたギリギリの勝利でした。
これは早急に戦力アップの手段を考えなければいけませんね。
【次回予告】
果たして男の求めていたものはなんだったのか。
狂騒の後に振り返り、善十郎は己の原点へと立ち返る。
されど、封印はすでに成され、踏み出すことも許されず。
故に、選択すべきはその先に進むべきか否か。
善十郎の理性が今、試される。