ヨコドリハント4
異世界の設定説明回です。
風竜はずっと待っていた。ずっと苛立っていた。
それは己の番が狩りに出てからもう何日も経過しており、だというのにいまだに戻る気配もないのが原因だった。
本来であればドラゴンは降り注ぐ魔力光だけでも最低限生き続けることが可能な生物だ。非活性状態ならば何十年と岩のように眠り続けることもできるのだが、今の彼女は全精力を込めて卵を産み落とした直後であるために栄養を欲していた。
そのために番が狩りに出ている……のだが、いつまで経っても帰ってくる気配がない。番は地竜であるために飛ぶことはできないが、全身は硬く、溶岩のブレスは周辺の魔獣程度など容易く熔かしてしまうほどの熱量があった。餌で遊ぶ悪癖はあったが、この辺りの魔獣相手に敗れてしまう程度の弱竜ではない。
けれども番は戻ってこない。どこで遊んでいるのかは知らぬが、アレが戻ってこぬために彼女は餓え、苛立ちを募らせ続けていた。
しかし、彼女は今ここを離れるわけにはいかなかった。何しろ現在の彼女の懐には新しい命の宿った卵がある。それは絶滅の危機に瀕している竜種にとっては奇跡に近い出来事だ。何故ならば竜種という存在は今や滅亡の危機に瀕しているのだから。
全ては終焉獣と呼ぶべき存在(竜種にとっての概念上の認識である)が突如として世界に出現したことが始まりだった。
終焉獣はその存在が姿を現すと同時に世界を蹂躙し始め、三月と経たずに五つの国家が消滅した。それだけでは留まらずに終焉獣は増殖し、原人種のみならず、妖精種、地精種、森精種、竜人種の国までもが瞬く間に失われていった。
もっともこの世界の守護者たちとて黙って見ていたわけではない。
勇者が、賢者が、英雄が、魔獣が、魔王が、精霊が、聖霊が、竜が、神々すらもが終焉獣に挑んだ。けれども、その尽くが敗れて命を奪われた。
奪われた命は終焉獣をさらに肥大化させ、世界の力の全てを結集した終末戦争にまで至ったにも関わらず、生き残ったのは終焉獣だけだった。育ち過ぎたソレはもはや殺すことなど不可能な存在と成っていたのである。
風竜は終末戦争後、さらなる地獄と化した地上世界から地下世界に逃れた知性なき竜種の末裔だ。
もともと竜種は生命として完成しつつある一方で、種としては衰退していたために子孫が増えにくくあったのだが、終末戦争『後』の狂った知性種たちが引き起こした惨劇によって個体数はさらに激減してしまった。
また地下世界に潜った後、各地に散った彼らが再び接触する機会は少なく、個体数を増やす機会を得ることがさらに難しくなってしまった。そんな中でさまざまな幸運のもとでようやく新しい命が宿ったのが彼女が温めている卵だった。
故に彼女にはその命を守る義務があった。否、母であれば当然の本能であるといえた。
とはいえ腹は減るし、苛立ちは募っていく一方だ。先ほどは、小さいながらも魔力の詰まった美味しそうな猿が近づいてきていたのだが、残念ながら彼女は取りこぼした。
全く腹立たしい。番が帰ってきたら八つ当たりをしなければならないと風竜は頷いた。
尻尾を噛んで、地面に叩きつけながら、己の愚行をその身に教え込まなければいけない。番は頑丈だ。ちょっとやそっとでは傷つかない。だから思い切り叩きつけねば……とそんなことを思いながら緑竜はふと番の気配を感じて、己の懐にある卵に視線を向けると……
「あ、申し訳ございません。お邪魔しております」
そこに萎びた猿がいた。
【次回予告】
闘争の鐘は鳴り響く。
我が子を守るため、或いは夫の無念を晴らすため。
女は怒りの拳を振り上げ……
そして咆哮と共に天へと舞った。