ヨコドリハント1
『それでは安全安心を旨に、素晴らしい探索者生活をお楽しみください』
適性検査の翌日、私たちは秩父ゲートからラキくんに乗り、深化の森を通過してリビングバレーへと向かいました。とはいえ、今回の目的はゴーレムではありません。私たちの目的地はリビングバレーの先にあるのです。
「ゼンジューロー、ロックゴーレムが六体いるわよ」
「今回は無視ですね。いえ、マップにメモしておきますか。次の時に狩らせていただきましょう」
「そうねぇ。けど、在庫を考えると別の狩場も考えておいた方がいいのかも?」
「ここは元々人の出入りも少なかったですから、しばらくは枯れないと思いますが……確かに資源の枯渇は想定しておいた方が良いかもしれません」
ゴーレム系統の魔獣は基本的に人気がありません。硬いため倒しにくく、武器の損耗も激しいからです。
また鉱物を得るには加工が必要で、持ち帰るのにはそれなりの収納スキル持ちがいないといけませんが、持って帰ったところで一体分から採れる分量は多くありません。複数体分を運べる収納スキル持ちならもっと効率の良い稼ぎはありますしね。
それに精霊銀でなくとも魔力の通る鉱物が含有していればゴーレムは自然とできてしまうようで、他のダンジョンにもそれなりにいるのですよね。
「精霊銀、神霊銀とは別の鉱物のゴーレムとか近場にいれば良いのですけど」
「あ、八潮ゲート先のダンジョンにアダマスゴーレムがいるって書いてあったわよ。ヴェネツィアに繋がってるっていう」
「ああ、あそこは入らないようにって言われてるんですよねぇ」
「え? なんで?」
ティーナさんが目を丸くしていますが、実は探索協会の保護探索者対象になった際にそういう指定を受けているのですよ。
「ティーナさん、ヴェネツィアはイタリアです」
「ええ、そうね」
「シーカーデバイスの規格は一応各国共通となっています。ただし、管理は各国ごとに異なるため、国境が曖昧だとトラブルが発生しやすいのだそうです」
「どゆこと?」
「そういったダンジョンでは希少スキル持ちの探索者が行方不明になりやすいということですね」
「それは……ええと、イタリアが誘拐してるってこと?」
「そう単純な話なら良いのですがね、亡命という可能性もありますし、動いているのが第三国である場合とか、抜け道が色々あるようですよ。そんなわけで君子危うきに近寄らずということのようです。残念ながら」
「うーん。日帰りイタリア旅行行きたかったのになー」
私もそう思いますが、我々探索者は兵器と同じ扱いなので入国時には制限がつきますし、色々と難しいようです。まあこの職業に就く際に覚悟はしておりましたし、昨今で海外旅行というのは難しいご時世ではありますがね。
「キュルッ」
「ふむ。どうしましたラキくん?」
そして深化の森を過ぎ、リビングバレーを越えて再び現れた森の前でラキくんが立ち止まりました。
ここは存在境界線のすぐそばなので境界の森と呼ばれています。遺跡はこの森の中にあるらしいのですが……
「おや、出迎えですか」
森の中から魔獣が出てきました。
見たところ、サイに似た恐竜といった感じの魔獣です。
「ゼンジューロー、アレはサイサウルスっていうサイに似た恐竜型のランクD魔獣ですって」
「へぇ、そうなんですか」
サイって日本語じゃなかったでしたっけ。そこにサウルスを付けるのですか。
日本の方が名付けたのですかね。
「草食ですか?」
「肉食よ」
「そうですか」
戦闘は避けられないようです。サイは絶滅危惧種ですから気がひけるのですけどね。
とはいえ異世界に生息している、似ているだけの恐竜っぽい魔獣ですから生物としての関連性はありません。私の気分だけの問題です。
そして私が戦うためにラキくんから降りると、ラキくんがスクッと立ち上がりました。
「キュルッ」
「おや、ラキくん。やる気ですか」
「ガッ」
ラキくんがサイサウルスに対して両手を挙げて威嚇しております。
その無防備なお腹に思わず抱きつきたくなりますが我慢です。
「ではお願いしますよラキくん」
「キュルッ、フー……ガッ!」
私の言葉に頷いたラキくんが両手を挙げながら前へと進んでいきます。ラキくんは可愛いですね。
対してサイサウルスが突撃してきました。かなりの速度ですが、大丈夫でしょうか?
いえ、私はラキくんを信じます。頑張ってくださいラキくん。
「グモォオオ」
「ガッ、ピーーーッ」
おお、ラキくんが突撃してきたサイサウルスを受け止めました。両者の勢いに地面が抉られましたが、次の瞬間にはラキくんがうっちゃりました。パワーはラキくんの方が上のようです。こうなったらもう勝負はついたも同然でしょう。
「フーーーー、ガッ」
地面に叩きつけられて仰向けになったサイサウルスのお腹にラキくんが飛び乗って両腕を一気に振り下ろしました。ガントレットクローの鋭い爪ではなく、分厚い鉄の肉球を振り落としての攻撃のようです。それはさながらハンマーのような強力な打撃でしょう。ドンッという鈍い音が周囲に響き渡りました。
「ギュモォォオオ」
「ガッ、ガッ」
さらにラキくんが数度鉄肉球を叩きつけられたところでサイサウルスの口から悲鳴はあがらなくなり、完全に息絶えたようです。
爪は刺していないので血飛沫は上がりませんでしたが、口からモツが出ちゃってますね。さすがラキくんです。彼も私に準じてレベルは16のはずなのですが、素の肉体性能が違うのでサイサウルス相手なら正面からでも十分に通用するようです。
「キュルルルゥゥウウ!」
ラキくんが勝利の雄叫びをあげています。
そして手を振る私に満足気に頷くと、腰に下げた魔石抽出器を使って魔石を取り出してくれました。
戦闘後の処理もしっかりやってくれる。本当にラキくんは強く、速く、それに賢いですね。
【次回予告】
血に塗れた敗者は去り、狂犬は口元を歪めて笑みを浮かべる。
爛々と瞳を輝かせるその顔は捕食者のソレ。
そう。狂犬は知ったのだ。獲物がいると。極上の獲物がいるぞと。
そして垂れ流される涎を拭いながら、善十郎は一歩を踏み出した。