ルーキーエラー3
「あの……良かったんですか神崎主任?」
測定器は残念ながらオシャカ。予備での試験再開の手続きを終えて部屋に戻ってきた私に部下の小林が尋ねてきた。
何が良かったのか……というと、まああの件しかないだろうね。まったく、なかなかに厄介な御仁だったよ。
「大貫さんの件かな? それなら問題はないよ。確約すると書面を交わしたわけではないし、もちろん不義理を働かずに彼の要望通り、上に掛け合うこともするつもりさ。そこはちゃんと筋は通すよ」
「そうですか。しかし……可能なんですか。その」
小林が困惑した顔のまま、続けてこう口にした。
「ニューカマーグランプリにも出ていない、資格を得て一ヶ月程度の探索者をシーカーグランプリに出場させるというのは?」
そう、あの測定器を破壊した大貫さんが私に提案したのはニューカマーグランプリをすっ飛ばして、シーカーグランプリに参加させろというものだったんだ。
本当に中々無茶を言う人だよ。そりゃあニューカマーグランプリなんてガキのお遊戯会は緩いからとっととシーカーグランプリに出させろとか言う跳ねっ返りは昔からいるけどね。大貫さんはああいうのとは……いや、物腰が丁寧なだけで同じなのかも?
「前例がないわけじゃない。流石に探索者なりたての人間が……というのはなかったけれどね」
「確かにそうですが」
「それにね。仮にこのままニューカマーグランプリを希望していたとしても、こちらとしては彼を失格にせざるを得ないんだよ」
「え?」
その言葉に小林が首を傾げる。まあ、あの攻撃力だけを見ればそうも思うだろうけどね。
「なぜでしょうか。あれだけの威力を出せるのですよね?」
「だからだよ。彼が全力で暴れた場合、最悪死人が出るだろう。内臓を破裂させて口から臓物を吐き出しながら壁のシミに変わるスプラッター高校生を君は見たいかい? ちなみに私は嫌だよ」
「ああ……いや、僕だって嫌ですよ」
「だろう?」
小林が大貫さんの破壊した測定器を見て、顔を青ざめさせながら頷いている。まあアレを外にいる目をキラキラさせた高校生に向けられることを思えば、そういう反応にもなるだろうさ。彼らに刻まれるのはトラウマじゃない。明確な死の一撃だ。
「測定器には瞬間的に闘技台を上回るシールドを発生させてその反応から破壊力を測定している。にもかかわらずそれを突破して硬化コンクリートを破壊した。アレは異常だよ。聞けば台場烈も倒しているらしいね」
「え? 本当ですか。でも威力が高いとはいえ、それは流石に」
そう返す小林に私はスマートフォンを取り出して見せた。そこに映し出されているのは風間ユーリ、上級クランで『オーガニック』リーダーである彼女のSHINEだ。そこには白目を剥いた台場烈の写真が載っている。
「これ……少し前に話題になっていた台場さんの写真ですよね。同じクランのロードローラー松橋にやられたっていう」
「風間ユーリは通りすがりのおじさんに負けたとしか書いていないし、松橋はあの日、解放隊と共に東北遠征中だったそうだけれどね」
実のところ、この件は一部界隈では検証まで行われていたんだよね。通りすがりのおじさんだと風間ユーリは言っていたし、台場烈の周囲で彼を倒せるおじさんと言うのが松橋しかいないだろうと思われていただけで、状況からして松橋ではないのは明らかだったしね。
「ああ、そうだったんですか……って、もしかして主任その通りすがりのおじさんがあの人だって考えてます? いや、ないでしょう」
上級探索者信仰の強い小林は半信半疑という顔だが、私は彼で間違いないと思っている。台場烈と戦い、勝った縁で推薦をもらったと。実際、捉えることさえできれば倒すこともできるだろう。『彼の攻撃』なら。
「うーん。まあ、主任の考え通りだとして……仮にですよ。上級探索者を倒せる人間をニューカマーグランプリになんて参加させたら、確かに一方的な試合になっちゃいますね」
「そうだね。蹂躙されて大荒れになるだろうが……でもそこは別にいいんだ」
「いいんですか?」
「時の巡り合わせということもある。実際風間ユーリの時もそうだっただろう?」
「あー。7、8年ぐらい前だったかな。確かにそうでしたね。僕の記憶にも残ってますよ」
そう。風間ユーリはあらゆる対戦相手を容赦なく一方的に蹂躙し、自身の存在を最大限にアピールして自分のクランを立ち上げた。そういう極端に実力が偏った年の大会というのはないわけじゃない。けれども、問題なのは……
「ただ大貫さんはまだ本当の意味で新人で、加減を知らない。場合によっては対戦相手を殺しかねないわけだ。本来ニューカマーグランプリとは、将来有望の若者の可能性を見せる舞台だ。彼のような加減を知らないイレギュラーが悪目立ちするのはよろしくない。加減を弁えた蹂躙ならともかく、若者を次々と虐殺する様を見せたいわけじゃないからね」
「……だからニューカマーグランプリへの参加は許可できないというわけですか」
「そういうことだね。そのための適性試験だ」
彼がせいぜい半殺し程度に抑えられる……とハッキリ示してくれれば別だったのだけれど、やはりスキルに振り回されている感じは拭えなかった。となれば流石に殺戮ショーは許容できない。
「かと言って、アレほどの強力なスキル持ちにただ黙ってお帰りいただくのは勿体無い。どうあれ唾はつけておきたい。そう考えると彼の提案は悪くないものだったんだよ」
「なるほどー。けど、あのおじさんと戦った本戦参加者が死んだらどうするんです?」
「死にゃせんだろう。あの戦闘狂どもは。それに殺しても構わんし、殺されても構わんって考えの連中ばかりだし」
「あーー」
まあ、そういうことだよ。シーカーグランプリはニューカマーグランプリとは違って、覚悟がある人間しか参加はしない。
あくまで決めるのは上の人間だけど、多分通るだろう。それだけの価値が彼にはある。問題は……彼の攻撃は多分『コロッセオフィールドのシールドを通してしまう』ということだけどね。
ダメージが通る理屈は分かるんだけど、それが可能な仕組みはさっぱりだ。本当に面白い御仁だよ。彼は。
「ただね……」
「はい?」
「当人が頑なだからやむを得ず受けることにしたが、測定器の全額弁償は正直やり過ぎだ。何度も提案の結果には影響しないと説明はしたけど、聞いてはくれなかったようだし。そもそも、これだと出場権を金で買われたと思われかねないからマイナスに働きそうなんだよね」
「あー、確かに」
本当に、本当にね。面白いが困った御仁なんだよ。
【次回予告】
空気。
それはどこにでもあり、
それは命を繋ぐものであり、
それはある種の毒であり、
それは破壊の力であり、
それは善十郎の武器である。
つまり空気はようやく到達したのだ。
己を扱うに足る真なる担い手の元に。