ルーキーエラー2
「申し訳ございませんでした」
私は頭を下げました。深く、深く下げました。即ちジャパニーズドゲザ。謝罪の最上級表現でございます。
そう、私はやってしまったのです。
測定器に向かって攻撃を放つ。それだけのことが私には難しかったということなのでしょう。
「……それで何が起きたのかな?」
「は、はい。神崎主任。それがこちらの方、大貫さんの攻撃力判定を行った際に、その……威力が高過ぎまして」
はい。その通りです。さらに詳細を申しますと、係員の方の説明ではですね。私の申告したレベルではこの測定器はビクともしないので全力で当ててほしいと言われたのです。
私もなるほどと思いました。今私が受けているのはニューカマーグランプリに参加できるか否かを調べる適性試験です。
烈さんの推薦をもらって、渋る沢木さんに申請して参加資格は得たものの、参加の前には実際に大会で通用するかを測るための試験が待っていました。
安全策が用意されているとはいえ、探索者同士の対決は危険が伴います。なので、まずは試合可能な人物かを調べるというのは妥当な話なのでしょう。
つまりここで適性なしと判断されれば参加ができなくなります。それに外で待っていた際の学生さんたちの反応を見る限り、私のようにろくな実績がないまま上級探索者の推薦を受けて参加資格を得た人間は歓迎されていないようでした。まあ、その心情は理解できますが、それで私も諦めて帰るわけにはいきません。
また、そういうことはないと思いたいのですが、審査する方々も学生さんたちと同様の心証である可能性があります。人の心は簡単には計れません。前職時代も会社の利益よりも個人のプライドを優先する方はそれなりに多くおりました。
なので私は頑張りました。
レベル15で使用可能となった吸引付きの収納空間に全力で空気を吸い込ませたのです。圧縮した空気を高速で撃ち出す。ここに加えて時間減速解除の特性も利用します。
これまで意識していなかったのですが、この時間減速解除というのは逆に考えれば通常の時間速度においては加速しているに等しいのです。
そりゃあ加速している私から見て普通に出ているのだから実際は速度も上がっているはずですよね。そんな状態の石砲弾を防いだのですから当時のラキくんの強さはハンパなかったのでしょう。岩自体の耐久力の問題もあるのでしょうが。
そんなわけでまずは時間減速解除を発動し、その後に圧縮してぎゅうぎゅうに詰めた空気をゼロ距離で放つ……というのが先ほど考えついた、私の最強の一撃です。
そして、それが悲劇を生んでしまったのです。
ご覧ください。目の前にある分厚い硬化コンクリートが粉々になっています。これに攻撃することで衝撃等を総合的に診断して破壊力を測定するとのことでしたが、私の一撃に測定器は耐えられませんでした。
慌ててやってきた、ここの責任者であるらしい神崎という方も困惑しているご様子です。
「まあ、それは分かるんだが……だが魔力の出力が高すぎる場合には警告が出て中止を促すセーフティがあっただろう。このクラスの破壊力なら当然反応があるはずなんだけど?」
「それが室内の空気が薄くなって気圧が下がったことは確認できたんですが、警告は出なかったんです。発射前の計測データを見返してみましたがやはり反応はありません」
それは多分、私の攻撃が物理現象だったからでしょうね。
私の魔力はこの世界の外側に構築した収納空間のみに使用されています。また解除した際に魔力は私に還元されます。飛び出したのは収納空間内のものが外に出ただけなわけで、発射のプロセスに魔力の使用はないのです。
あ、そうなると時間減速解除の効果も反応がなかったのですからアレも魔力とは関係がないということなのですかね。
「なるほどね。ふーん。大貫さんはまだ探索者になって日が浅い。加減は分からなかったということかな?」
「……はい。申し訳ないです」
「ふむ」
おや?
「いやいや。聞いた感じ、こちらの説明が不足していたことが問題だったようです。君、彼の推薦人に目は通さなかったのか」
「推薦人? あ、台場……烈!? あの、オーガニックの?」
職員の方が驚いていますが烈さん、さすが有名人ですね。私もいずれは「あ、あの大貫……善十郎!?」的な感じで驚いてくれるのでしょうか。
まあ、今は遠い未来のことよりも目の前のことを考えなければなりませんが。
「あの……こちら、弁償とかはいかが致しましょう?」
結構な設備でしょうが、今の私なら払えなくはないと思います。払える額だといいなと思います。
「弁償? そもそも大貫さんは指示通りにしただけのこと。非はこちらにありますし……」
「いえ、こうなったことには私も責任の一端があると思います。なので、可能であるならば私に支払わせていただきたいのです」
「大貫さん?」
神崎さんが首を傾げております。まあ、必要がないと言ったのに弁償すると返した私の言動を奇妙に感じるのも分かります。ですが私にも意地があります。自分のケツは自分で拭きたい……そう思うのです。
それに実は打算もあります。これから私は彼女らにとあるお願いをいたします。だから彼らには良い印象を与えておきたいのですよね。
何しろ、私はこの試験を多分『落ちます』。
言ってはなんですが私の戦闘能力がそこそこ高い方であることは流石に理解しておりますし、大会の基準には達してはいるでしょう。しかし彼女の、神崎さんの『探索者になって日が浅い』と『加減は分からなかった』という指摘にピンときました。
相手は魔獣ではなく、人間。それも参加者の多くが学生の大会に、加減を知らない素人を出そうと思うでしょうか? いいえ、思いません。少なくとも私は自分の娘も参加する大会にそんな危険人物を出したいとは思いません。
けれども実力不足ではなく、危険だから……ということを考えれば、別の参加ならば通るかもしれません。つまりは……
「一応、それが可能なほどには稼いでいるつもりです。それに皆様方には私の実力もご理解いただけたと思います」
「はい。それはもう。台場様の推薦がありますし」
「ですので、その私からお願いがひとつあるのですが」
そう言って私はひとつの提案を致しました。はてさて、これが通ってくれると嬉しいのですけれどもどうなりますかね。
あと測定器は想像以上にお高かったです。
まあ、そりゃあそうですよね。男の意地とかそういうレベルじゃありませんでした。魔石を抜いたグランドアースドレイク二体分でようやくギリギリといったところです。これは……ちょっと、やっちゃいましたかね。
【次回予告】
その男の力は不可解だった。
おおよそあり得ぬものだった。
それは男自身も把握せぬもの。
けれども女の瞳は真実を正しく突いた。
果たしてそれは戦士を導く灯火となるか。
或いは餓狼を屠殺場へと導く愚となるか。
その結論は未だなく。