シンキングパパ3
「探索者になってからはそれ以前のことをなるべく考えてこなかったのは事実です。連載開始時から再会するまでまったく匂わせもしていませんでしたし、突然すぎてお叱りを受けるほどでした。薄情な父親なのですよ私は」
「おお、来たかい大貫さん」
「おはようございます雁鉄工房長。急なお願いをしてしまい申し訳ありません」
「なーに。ウチの鍛冶師はまだ出張から帰ってなかったからな。手をつける前だったから問題ねーよ」
ここはガンテツ工房。以前に烈さんと一緒に武器をオーダーしにいった雁鉄さんという方のお店です。
「しっかし注文を変えるって聞いた時は慌てたが、娘さんのためなんだって?」
「はい。恥ずかしながら、今まで何もできていない父親でしたので。できることをやろうかと思いました」
離れて暮らしている娘が探索者になったので武器を贈りたい、そのために前回注文したオーダーを変えてほしいとお願いしたところ、雁鉄さんは快く承諾してくださいました。
「ま、大貫さんとは今後とも良い取引相手になりそうだ。多少の融通は利かせるさ。それに前回の依頼も後ろに回すだけなんだろ?」
「はい…そうしていただけますと。これ、追加の精霊銀と神霊銀です。ラキくん置いてください」
「キュルッ」
私はラキくんに持ってもらっていた荷物をその場に置かせていただきました。
「ほぉ! これはこれは。前回よりも多いな」
「昨日はずっとリビングバレーに篭ってましたから。これで足りますでしょうか?」
「シーカーデバイス経由で送られたオーダーを見る限りじゃあ問題はねえかな。返信もしたが強度はともかく神霊銀は重さが足りねえ。なんで柄から剣の芯の部分は精霊銀、刃は神霊銀製でって感じでやる予定だぜ?」
「その辺りはプロである雁鉄工房長にお任せいたします」
当初、私は凛さんの武器を総神霊銀製にする予定でした。光の反射以外では姿を捉えられぬ水晶の剣的なイメージでしたが問題もありまして……それが雁鉄工房長の言う通りの重さです。
神霊銀は無色透明の銀色に光る金属で、軽く、硬く、精霊銀を上回る魔力伝導率がある素材です。ですが武器として扱う場合、軽いというのはデメリットにもなり得ます。あまりに軽いと重さに力が乗せられず、攻撃が軽くなってしまうのです。
雁鉄工房長のその指摘に私は慌てましたが、お願いした相手は流石にプロ。隠密性は下がりますが、精霊銀を骨子にすることで剣としての必要な重量を乗せ、凛さんでも振るうことが可能な透明な刃を持つ軽い大剣を作ることになったのです。そして驚くことなかれ。ここまではお金をかければ作ることが可能なのです……が、ここからさらにプラスアルファの要素があります。
「それで大貫さん、オーダーに書かれていた特別な魔法具ってのはどうだったんだ?」
「ふふん。完璧よ。ねえゼンジューロー?」
「はいティーナさん。雁鉄工房長、これがそうです」
そして私は自分用の服に付けたブローチを指差しました。それは橙色の石が中心に浮いている緑の宝石を花芯にはめ込んだ銀色の花のデザインのブローチです。
「おいおいマジかよ。『本当に造った』のか?」
雁鉄工房長が驚いていますが、これは魔法具です。緑色の宝石は以前に討伐した兄切草獣の魔石で、その中に入っているのはグランドアースドレイクの魔石の核、またそれをはめ込んでいる銀色の花の装飾品に見えるものはティーナさんが眷属として呼び出した、あちらの世界の鉱物系植物の魔獣シルヴァーナと言います。
つまりこれはグランドアースドレイクの魔石核が入った兄切草獣の魔石をコアとする植物型魔獣なわけです。ややこしい話ですが、要するにこいつの分類、正しくは魔獣にあたります。
とは言ってもこれ自体に攻撃性はありませんし、その機能も保証されています。なぜならば……
「そいつは妖精郷ダンジョンで発掘される魔法具と同じものじゃねえか」
そう、ティーナさんの作ったソレは魔法具としてすでに世に出回っているのです。つまり実用性と安全性が保証されています。
「妖精の生息するダンジョンだけで見つかる魔法具『フェアリーアーティファクト』。妖精が作ったものなのではと言われていたが……これを実際にそっちの妖精さんが造ったってこたぁ、その話はマジだったのか」
「そうみたいね?」
「いや、なーんで本人が首を傾げてるんだよ」
「ああ、ティーナさんは過去の記憶がないので」
「今回もこういうことしたいって考えたら体が動いたのよねー」
フォーハンズにひまわりみたいなものを埋め込んだ時もそうでした。必要と感じるとなんとなくできるようになるそうです。体が覚えているのだろうということですが、必要性を感じないと出てこないみたいですね。
「とはいってもこれができるのって多分グランドアースドレイククラス、多分ランクA辺りでようやく発動可能って感じだからねー。必要な素材が大変なのよ」
「なるほどなぁ。あのランクAっていうと……そりゃあ量産は難しいか」
「はい。試しに私が使いましたが正常に機能していますし、剣の完成に合わせて材料を採ってきて、さらにブラッシュアップさせて組み込んでもらう予定です」
この魔法具は兄切草獣の緑の魔石がキモです。グランドアースドレイクの魔石核もそうですが、兄切草獣の魔石も手に入れてすぐの方が魔力効率が良くなるそうで、意図的に兄切草獣を生み出して収穫する予定なのです。
ちなみに通常の異世界産魔法具はこれよりも効率が低く、地球産魔法具はそれに加えて魔力効率が大幅に下がるために能力も低く、効果内容も限定的なのだとか。
たとえば、元々の予定通りにグランドアースドレイクの魔石を加工した魔法具を造る場合、若干の魔力のシールドが全身を覆う程度の能力になる予定だったのですが今のコレはその効果が大きく異なります。
「ふーん。で、それを剣に付けてプレゼントするってぇわけかい。すげぇな。娘さんは良い親父を持ったってわけだ」
「どうですかね。私があの子に何かできたことなんてほとんどありませんよ。最近は忙しさにかまけてあまり考えてもいませんでしたし」
探索者になってからはそれ以前のことをなるべく考えてこなかったのは事実です。薄情な父親なのですよ私は。けれども、それでも目の前で娘が殺されそうになったことで私の目は覚めました。
「だから今回は私だからできることをして、あの子の力になりたかったのですね」
雁鉄さんが「そういうことにしてやらぁ」と笑っていますが、私がしたことなんて時々会ってお小遣いを渡す程度。養育費は負担していますが、そもそも前島の家は資産家で私の負担になるならいらないとも言われています。
無職になったのを彼女らに告げられなかったのもそのことを切り出されたら……という恐れもあったのだと思います。
「で、完成は一週間程度かかるが」
「早いですね」
「まあ、スキルってのが如何に便利かってことだな」
ガンテツ工房にはいわゆるチートスキル持ちの鍛冶師様がいるそうです。良いですねチート。私の収納スキルと交換したいとは思いませんが。
「娘の護衛の方の退院に合わせて十日後に会う予定をしておりますので問題はありません。こちらもその間にやっておくことがありますし」
「やっておくこと?」
はい、と言って私は頷きました。そうです。烈さんのおすすめで私も参加することにしたのですよ。そう……
「シーカーグランプリの新人戦部門、ニューカマーグランプリの予選がね。あるんですよ」
【次回予告】
若鳥は大空を目指す。
己の翼の可能性。輝く未来へ羽ばたかんと。
けれども彼らは知らぬ。気づきもしない。
囀る己が何処にいるかを。
狂犬の背で踊り囀る己の無知を。
ただのひと噛みで散りゆく世界の理不尽を。
浅はかと笑うことなかれ。
ただ彼らは知らぬのだ。
笑う狂犬の瞳の奥に住まう怪物を。