トラブルアフター5
「んー。それじゃあおじさん、うちに入るー?」
「ハァ。オーガニックさんはかなりの大手とお聞きしましたが?」
「平気平気。リーダー、あーしだし」
沢木さんからホテル待機の解除の連絡とクランに入るようにとの忠告を受けた私は泊まりに来たユーリさんに相談をしてみました。するとユーリさんからそんな返事が返ってきたのです。
ユーリさん、オーガニックのリーダーだったのですね。知りませんでした。いえ、以前に聞いていたかもしれませが。ふーむ、どうでしたかね。
「うちは良いよー。結構自由だし。そもそもあーしが自由人だしねぇ」
確かにユーリさんは自由そうです。しかし、ユーリさんがクランリーダーですか。二十も半ばだというのに立派なことです。
「それに中堅規模以下のクランじゃおじさんのフォローって無理だと思うよ。スプリガンキラーを半殺しにして国に帰したって界隈じゃ話題になってるし」
「スプリガンキラーですか?」
知らない名前が出てきましたね。半殺し? そんな状態にしたのは烈さんしか身に覚えがありませんが、昨日にもラウンジでお会いしていますし、そもそも烈さん、日本人ですよね。
「うん。おじさんが撃退した違法魔獣ブローカーの名前だよー」
「ああ、彼らそういう名前だったんですね」
なるほど。私は存じ上げませんでしたが、ユーリさんは彼らのことを知っていたようです。海外のアンダーグラウンドな方々とは聞いていましたが、有名な組織だったのでしょうかね。
「なんで知ってるのって顔してるねおじさん。ふふーん、蛇の道は蛇って言うでしょ。まあ協会がそれとなくリークしてるっぽいからなんだけどねー」
「探索協会が? それは何故でしょうか?」
ユーリさんの言葉が事実なら、それは探索協会の信用を落とす行為なのではないでしょうか。
「お馬鹿さんはどこにでもいるからねー。よわよわおじさんが目立つと叩きたくなったり、今回みたいにレア従魔を無理やり奪おうってのも出てくるんだよ。出る杭は打たれるってヤツだねー」
「なるほど。それは分かります。けれども探索者同士のトラブルはダンジョン内では難しいはずですよね?」
シーカーデバイスは録画機能だけではなく、接触ログやジャイロ判定による移動ログも残ります。ダンジョン内で行方不明、強奪、殺人などが確認、もしくはその疑いがあった時点でシーカーデバイスの記録が洗われ、容疑者がシーカーデバイスを無くした、故障したなどと証拠隠滅の可能性のある言い訳でもしようものなら即時収容されます。スキルで罪状を調べられればどうしようもありませんので、海外逃亡するぐらいしか逃げ道がないと言われていますね。
「そうそう、だからその手のトラブルってダンジョン内だと逆に遭遇しないんだよ。でもシーカーデバイスの所持義務はダンジョン外では適用されないからねー」
危険地帯であるダンジョンとは違い、こちらの世界ではプライバシーの侵害であるという話です。従魔持ちはダンジョン外でも記録が義務付けられていますので私は常時シーカーデバイスを起動していますけどね。
「つまりはダンジョンの外の方がトラブルになりやすいということですか」
「そうなんだよねー。だからおじさんがよわよわじゃなくつよつよだって広めてトラブルを回避しようとしている……みたいな?」
「私のような普通のおじさんでも怖がりますかね?」
「そりゃあ、海外のアングラ専門の探索者の骨をバキバキに折って内臓を破裂させるような相手に絡みたくないし」
そんなことまで広まっているのですか。言い訳をさせていただきますと、私には空気弾以下の攻撃手段がないのです。あの時の対応としてはあれがベストだったのですよ。しかし空気弾は最初に会ったラキくんにはほとんど通用しませんでしたが、烈さんには効きましたし、探索者相手の特効効果でもあるのでしょうか?
「それでもお馬鹿さんが出るだろうけど、そこであーしらのクランに入れば、バックにあーしらもいるってんでお馬鹿さんも近寄らないって寸法なんだよ」
「なるほど。ユーリさんたちのクランは上級クランですものね」
クランの中でもある程度の実績が伴うと上級という表記が付くようです。これは探索者でもそうですね。つまりは探索協会にとって信頼ができ、実績があり、実力もあると認められたということ。私がまず目指すべきものでもあります。
「そゆこと。まあおじさんの実力は知ってるし、見返りも期待はしてるから100パー善意ってわけでもないんで、自分が入っていいのかって思ってるなら別に気後れする必要はないよー。それにね、元からおじさんをクランに誘うつもりだったんだなー。これが」
「そうなのですか?」
それは初耳です。
「そうなのです。オーガニックはあーしをヒットーにメイチューバーの所属事務所も兼ねてるからねー。ティーナちゃんがメイチューバーに乗り気だったから保護者のおじさんにも入ってもらうつもりだったのさ」
そういうことですか。
確かにティーナさんは私の従魔なので、私が入るのは筋が通っています。それにティーナさんも乗り気のようですし、私としてもこだわりがあるわけではなく、知り合いのいるところに入れるのならその方が安心もできます。
「ですが申し訳ありません」
「振られた!?」
「はい。申し訳ありません。私は誰かの下につくつもりはないのです」
「む、キリッとした顔で言いやがりますな。振っておいて酷いし。けど、それもおじさんなりのこだわりってヤツかー」
「そうですね。意味のないこだわりかもしれませんが」
「ふーん。そうかな? そうかも? まあ良いけどね。そういうこだわりって大事だよ。多分。だったらこういうのはどうかなおじさん?」
「ふむ、何でしょう?」
それからユーリさんが提案してくださったのは、私個人とオーガニックとの同盟関係でした。
私的にはトラブルの際は介入していただけるのと、素材売却の際にオーガニックの販路を使わせてもらえる、またお仕事も斡旋していただけるというメリットがあるそうです。素材によっては探索協会に卸すよりも売却額が上がるというのは魅力的です。車のローン返済も捗ります。そんなわけで私はオーガニックに入りませんが同盟を結ぶことになりました。
オーガニックとしても烈さんに準じる実力の個人探索者と繋がりがあって協力を要請できる時点でメリットになるのだそうです。あと私のとってきた高純度ポーション原液を見せたらユーリさんにしては珍しく驚きをあらわにしていました。これは良い値段でお売りできるかもしれませんね。
ちなみにティーナさんはオーガニックの芸能部門『おが肉』に正式所属になりました。メイチューバーでの活動の補助や手続き、金銭関係の管理もお任せあれとのこと。良かったですねティーナさん。
【次回予告】
人の世の血脈とは即ち金である。
故に男は黄金の血を喰らうため、地獄に舞い戻る。
狙うは命ある土塊の谷。
そこに在りしは物言わぬ岩巨人。
殺し、奪い、金を得る。
それこそが人の本質。業深き人類の宿痾なり。