トラブルアフター3
「ハー、ブルジョワジーな生活送ってるんですねえ」
「ここを推薦してくれたのは沢木さんだったと思いますが」
「あはは、そうなんですけどね。ハァ」
先の事件の進捗の報告ということで、川越メイズホテルのラウンジに探索協会の私の担当である沢木さんがやってきてくれました。以前に比べてため息が多くなっているようですが、探索者とは多かれ少なかれ暴力を生業としているもの。そんな方々を日々相手にしているわけですから、色々と気苦労が絶えないのかもしれません。大変ですね。
「この度は大貫様にはご迷惑をおかけしています。窮屈な思いをさせてはいますでしょうが、その……こちらお土産の生たまご饅頭です」
沢木さんが手渡してくれたのはひよこの一歩前が売りの人気の饅頭です。卵の甘さがひよこよりも強く、生カステラのような食感が人気なのだとか。私は甘いものはそれほど好みではありませんが、ティーナさんが喜びます。
「いえ。私はこうして五体満足ですし、そもそも悪いのはあの外国人の探索者たちなのですから。沢木さんが頭を下げる必要はありませんよ」
「そう言っていただけるとありがたいです。それで私がここにきたのもその件でのご報告と、これからについてのお話となります」
そう言って話し始めた沢木さんの口から伝えられた情報は驚くべきものでした。
掻い摘んで言えば、まず先週の襲撃者の目的はティーナさんだったようです。言葉を話す妖精を欲している国外の人物によって依頼を受けた違法魔獣ブローカー所属の探索者パーティが私たちを襲撃したのだとか。
同じ時間帯に複数の事件が起こっていて警察が忙しかったというのは聞いていましたが、それも私たちへの襲撃に邪魔が入らないための偽装工作だったそうです。なるほど、さすがは外国の組織です。ずいぶんと手の込んだことをしてくるものなのですね。
違法魔獣ブローカーの探索者パーティは契約者である私を殺害して契約が解除されたティーナさんを強奪し、国外へ逃亡しようと計画していたのだそうです。恐ろしい話ですね
そして襲撃者たちについてなのですが、車から出てきて逃亡した狼男が彼らのリーダーだったとのこと。彼は一度逃亡してから身を隠し、捕まった仲間たちが治療されたのを見計らってから厳重警備の警察病院を襲撃して仲間を回収、そのまま全員を連れて日本から離れたのだとか。つまり私が倒したメンバーも全員逃げられてしまったようです。
「本来であればもう少し早くにお伺いするはずだったのですが襲撃犯の逃亡により関係各所でかなり混乱があったようで。ようやく昨日にこちらにも情報が降りてきた次第です」
「そうですか。全員が逃亡したということはまた襲撃があるということでしょうか?」
問題はそこです。外に出ると再度襲われる危険があるとなれば、またしばらくホテルから出れないかもしれません。そう思った私に沢木さんが疲れた顔で首を横に振ってきました。
「いえ。実はですね。襲撃犯から連絡がありまして」
「連絡ですか?」
「はい。今回の件については依頼主との齟齬があったとのことで、今後彼らが大貫様とティーナちゃんへの襲撃を行うことはない旨の通達が届いたそうです」
「あの……よく分からないのですが、それって信じて良いのですか?」
首を傾げる私に沢木さんがバッグの中から新聞を取り出してテーブルの上に開きました。
「日本の新聞ではないですね」
「はい。英国で発行されているニュースペーパーです。襲撃犯が送ってきたものと同じものを取り寄せました。ここの記事に赤丸が入っていますよね。届いたものにも同じように書かれていたんですが、囲まれている文章読めますか?」
「まあ、多少は」
ふむ。赤く丸がついた記事にはテムズ川で英国の富豪のひとりが溺死体で発見された……とか、そういうことが書かれているようです。
「これがなんなのでしょう?」
「どうもこの被害者が彼らの依頼主だったそうです。上司からの話では、情報の見積りが甘かったせいで依頼が失敗したため、ケジメを取らせたとか、そんな感じらしく」
「ハァ……すごい話ですね」
「ええ、まったく」
沢木さんが乾いた笑いを浮かべております。現実離れした話で、感情が追いついていない。そんな感じでしょうか。けれども、まあ確かに依頼主が死んだのなら再度の襲撃はないのでしょう。相手の言っていることが事実ならですけど。
「つまり万々歳ということでしょうか?」
「大貫様がそう思うならそうなんじゃないでしょうか。ええ、まあ」
ジト目をされました。
「正直に言って私たちもどう考えれば良いのか分からない部分もありますが、上の方でも今後彼らによる再襲撃の可能性は低いだろうという認識となっております」
沢木さんが困惑した表情でそう言ってきました。色々と思うところがあるのでしょう。
その気持ちは分かりますが、ここまでの話を聞いて私が確認したいことはひとつだけです。
「つまり、もう外に出ても良いのですかね?」
「はい。そのように言われています。今後に関しましても大貫様は探索協会でも保護探索者対象として認定致しましたので、同様の状況が発生したとしても事前に察知し、水際で停められるように対処いたします。ですので、同じ問題はもう起きないと思っていただいても結構です」
「そうですか。それは頼もしいですね」
保護ときましたか。けれども、それは言い方を変えれば私自身が監視対象になったということなのではないでしょうか。まあ法に反することを行うつもりはありませんので別に良いのですが。
あと沢木さん、私のこと様付けになったんですね。以前のようなフレンドリーな方が良かったのですが、これも探索協会が私を重要視してくれ始めているということなのかもしれません。最高の探索者にまた一歩近づいたのだと思っておきましょう。
【次回予告】
その提案は男を激怒させるには十分だった。
繋がれし魂。それを断つことなどあり得ぬと。
そして善十郎は選択する。己の有り様。その先の未来を。