ハーディダーティ3
今回作成した高純度ポーション原液は全部で瓶九本分となりました。
前回に比べて少ないのは単純にあの場の兄切草の数が少なかったためです。それでも全部売れば二百七十万円。これが一日の収入なのですから、金銭感覚が狂いそうになりますね。
このまま休みなしでこの原液作成を繰り返せば、一年間で十億近く稼げてしまうわけですか。もう生活していくだけなら十分過ぎる金銭が手に入るわけです。これはいわゆる勝ち組というヤツに私もなったということなのでしょうか。
「ゼンジューロー、どうしたの? 辛そうな顔してるけど、お腹痛いの?」
「おや、そんな顔をしていました? お腹は問題ありませんね」
帰り道、運転しながら考え込んでいた私はティーナさんにそんなことを指摘されました。
どうやら考えていたことが顔に出ていたようですね。前職に比べて、今の状況はとても上々であると思います。安定性を望むなら、繰り返していけばいいだけでしょう。けれども今は欲が生まれてしまいました。それじゃあ『つまらない』と考える自分がいます。この歳になって火が点いてしまったのでしょうね。やっぱり、私は……
ガッ、ガキンッ
「は?」
「ゼンジューロー!?」
今、何が起きたのでしょうか。いえ、原因は分かります。窓ガラスが割れています。そして何かが私の胸に当たりました。幸いロックメイルの頑丈さとプロテクトスーツの衝撃吸収能力に助けられて……ああ、頭への一撃もありましたか。こちらはフォーハンズが手を伸ばして弾いてくれたようです。それで何を弾いたのかと言えば……ふむ。これはまさか?
「フーーー、ガッ」
ラキくんが興奮しています。天井に穴が空いているのも見えます。フォーハンズが弾いたものが飛び出していったのでしょうか。となると、信じたくはありませんが、もしかすると私撃たれました? 何故? 誰に?
「あー。なるほど、これは困りましたね」
これはつまり、生命の危機というヤツでしょうか。
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「は? 笑ってる?」
スコープから覗いた先で中年男が笑みを浮かべているのが見えた。
いや、違うか。あれは多分何が起きたのかも分からず、顔を引き攣らせているだけだろう。
今の状況を理解して笑えているならまともじゃない。ただのイカレだ。
「おい。二発も撃っておいて、外してんぞヘタクソども。あのおっさんピンピンしてんじゃねーか」
「うるせぇよ。俺もジョッシュも狙いは正確だった。だが胸は何か着込んでいて弾かれ、頭も戦闘人形に守られた。探索協会が護衛に貸したんじゃないのか?」
「あ? まさかあのカカシみたいなのがそうか?」
「誰だよ。素人探索者から妖精奪うだけの簡単なお仕事ですって言ったのは?」
「アンタだろリーダー!」
リーダーのゴドウィンの愚痴に俺は反射的にそう返した。
俺たちは合法非合法、手段を問わずレア魔獣を手に入れるために活動する闇クラン『スプリガンキラー』に所属しているパーティだ。
そして今回の俺たちの目的は、遺跡で偶然発見されたっていう言葉を話せる妖精の確保だ。
発見した探索者はすでに妖精と従魔契約をしている。そうである以上、契約を切るために契約者は殺さなきゃいけない。いや殺す以外の手段もあるんだが、依頼主からは『私の妖精ちゃんに手を触れた男が生きているのは許せないのでブチ殺せ』なんてオーダーを受けている。まあ糞みたいな依頼だとは思うが、これも仕事だ。だからこうした手段を取っている。変態に狙われた不幸を恨んでくれ……と言いたいところだったんだが、どうにも様子がおかしい。
俺のスキルは精神集中というものだ。地味ではあるがあらゆる状況下でも集中力を極限まで高めて最高のパフォーマンスを約束してくれる自慢のスキルだ。
だから走る車を運転している男を輸送トラック内から狙撃で仕留めることも難しくはないはずだった。実際、無防備な頭部への狙いは正確だった。問題は後部座席にいた存在だ。
「アイツは四つ腕、フォーハンズだ。自律型魔法具。遺跡の発掘兵器。ビップ御用達のシロモノなんだがなぁ。リーダー、アレがいる以上は狙撃で仕留めるのは厳しいぞ」
「チッ。時間もねえぞリーダー。ばら撒いた偽餌にも限度がある。他から応援が来る前に仕留めようぜ」
今回は目標がダンジョンから帰宅するタイミングに合わせて、この地区ではいくつかの事件を同時に発生させている。だからこの国の治安維持部隊がここにやってくるのは後回しになるはずなんだが、それも時間稼ぎでしかない。確保した逃走経路にも制限時間はある。さっさと目的を果たして逃げるのが一番良いんだが。
そして俺たちの言葉を受けて、リーダーのゴドウィンが頷いた。
「仕方ねえなぁ。テメェら、タイヤを撃って車を止めろ。一気に取り囲んで目標Aの確保、目標Bの排除を行う」
「「「ヤー!」」」
ワゴン車の速度を下げたのと同時に後部ドアを開いた俺たちは一斉に手に持ったマシンガンを撃ち始める。地面に弾丸が当たって火花が散るが、気にせず照準を合わせて標的の車のタイヤを狙って……
「は?」
体に熱いものを感じたのはその直後だ。
これには覚えがある。銃弾が当たった感触。そして俺は精神集中で周囲を見渡す。極限の集中状態は周囲をまるでスローモーションのように見せてくれる。そして俺の視界に映ったのは銃で撃たれて血まみれになった仲間たち、さらには……
ガッコン
車体が何かにぶつかって盛大に跳ね上がったのを理解した。何が起きたのかは分からない。だが俺たちの乗るワゴン車の外、車体が回転して前後逆さまになった俺たちを目標の中年男が見ているのは分かった。そして中年男がこちらに向かって手をかざすと、次の瞬間には胸部の衝撃と共に俺の意識が消失した。
【次回予告】
狂犬は過去を咀嚼する。
味わうために何度も何度も咀嚼する。
そして飢えた狂犬は次の獲物を求める。
それがたとえ幻想であったとしても……





