フェアリーブルーム7
「ティーナさんは記憶がないのですか?」
「うーん、そうなのよ。ゼンジューローと会う前のことってまったく覚えてないのよねぇ。前からなかったのか、ゼンジューローの記憶で上書きされたのかも分からないし。何語で喋ってたかって? ごめんなさい。言語系は完全に上書きされてるっぽいの。多分、私が妖精女王なのは……本当だと思うのだけれど?」
吉川ゲートに戻る途中、ティーナさんにあの場所にいた事情をお聞きしたところそんな言葉が返ってきました。
ティーナさんは現在、日本語をちゃんと話しておりますが、これは私の記憶を拾って自分の中に焼き付けたものなのだそうです。
一緒に地球の知識も習得しているそうで、私のプライバシーがノーガードでデンプシーされるようなことが従魔契約の際に行われているらしいですね。おそらくですがラキくんもお利口ですし、同じような感じなのかもしれません。
まあ、人様にお見せできないような人生は送っておりませんので問題はありませんが。
「もしかすると異世界人のことが分かると思ったのですが、そう簡単に分かればみなさん知っておられますか」
「異世界ねえ。残念だけど今の私はゼンジューローに染められちゃってるからなーんにも分からないわねぇ。ゼンジューローのことなら全部分かるけど」
「ハァ、そういうものですか」
私のことなど知っていても仕方がありませんね。
とはいえ、今回の収穫はマナジュエルが全部で九個、ナイフは三十六本、四つ腕人形一体に、人形の鎧一セット、さらに従魔の妖精女王ティーナさんも付いてきましたので非常に良い感じではあります。
遺跡をひとつ潰してしまいましたが、あれは仕方のないことでした。ティーナさんが目覚めればどうせ壊れていたのですから、遅かれ早かれといったところでしょう。
そう考えてひとまずは外に出ようとしたのですが、吉川ゲート前にたどり着くと何やら騒がしいご様子。探索協会の職員と探索者たちが集まっております。何かあったのでしょうか?
「おお。あんたも戻ってこれたのか。どうやら無事なようだな」
「はい。おかげさまで。何かありましたか?」
「ああ、何か……というかアンタ、まさか気付かなかったのか? 少し前にダンジョン内で地響きがあっただろう。どこかで崩落した可能性もあるから、ダンジョンに入った探索者の確認を行なっていたんだ。シーカーデバイスにも通知がいっているはずだが」
「通知ですか? ああ、確かに」
魔獣に聞かれる可能性もあるため、基本はサイレントモードのシーカーデバイスですが、確かに警告の通知が入っていますね。
「なるほど、地響きですかぁ。うーん」
「うん? 何か知っているのか?」
首を傾げている私に職員の方が尋ねてきました。知っているも何も、それって多分遺跡の崩落のことですよね。切り出し方次第ではまたお叱りを受けそうですが、どう話しましょうか。
「ねえ、それって遺跡のことじゃないのゼンジューロー」
おや、ティーナさんが言ってしまいましたね。まあ良いでしょう。元々報告するつもりでしたし。シーカーデバイスで録画した映像もありますから、こちらを提出して説明すれば大丈夫でしょう。うん? 皆さんの視線が……ティーナさんに向いていますね。
「フェアリーが喋ってる?」
「どういうことだ?」
「魔獣が? まさか」
どうやらみなさん、ティーナさんが珍しいようですね。
「あの……何か?」
「いや、失礼。そちらの妖精は君の従魔なのか?」
「はい。そうですよ。実は今お話しされた地響きにおそらく関係する状況に遭遇いたしまして。彼女はそこで契約をしたのですよ」
「なるほど……遭遇したねえ。なるほど」
「はい。その通りです」
私はニッコリと微笑みながら頷きました。
こういう時は下手に慌てたり、騒いだり、怯えたり、下手に出たりするのはよろしくはありません。堂々としていれば、案外問題視はされないものです。
ほらご覧ください。私の言葉に職員全員が目配せをして頷いてくれました。そして私はそのまま彼らにガッチリ取り囲まれて、事情聴取の名の元に吉川ゲートを出ることになったのです。連行されたとも言いますね。まあ悪いことはしてないですし、問題はないはずです。きっと大丈夫です。うーん。大丈夫ですよね?
【次回予告】
ただの六度で世界は悲鳴をあげ、女の安寧は奪われた。
ソレは罪ではなく、故に罰はなく、けれどもあり得ぬ存在は世界の目を向けさせるには十分だった。
それは知性体。禁忌の果ての偉大なる奇跡。
即ち大いなる魔術は今果たされたのだ。