トランスワールド02
「撮影したのはスピリット系の可視化も可能なフィルターを積んだ特殊なカメラではあるが、ここまで見えているのは、アレがほとんど実体化しているからだな。厄災級というのがつくづく馬鹿げた存在だと理解させてくれる」
「そうですね。見えている建造物も、そこを行き交う人々も、そのすべてがゴーストの類とは……正直信じ難いというのが本音ですね。それに」
厄災級は自身に合わせた環境に周囲を変異させる特性があるのは俺も知っていたが、その多くは彼らがそれまで生きてきた環境に沿ってのものだ。もっとも厄災級の多くは魔獣だ。元人間であることなど数えるほどしかいなかったし、ここまでの人工物が出現したケースなんてのは前代未聞だろう。
資料によれば、半径3キロメートルで森の都市化は止まったらしいが、その都市の中では怨霊の市民がいつの間にか『生活している』。映像を拡大してみれば、都市の住人が歩き、馬車が通り過ぎ、騎士のような男が母親の前で子供を抱き上げている……これは、親子なのか? 物騒な大きな刃の槍のような武器も持っているあたり、この怨霊もかなり強そうだな。部下らしい騎士たちも後ろに並んでいるし。ていうか、そんなのがそこら中にいるんだぞ。これは、あまりにも……
「これは、あまりにも危険ではないんですか?」
俺の言葉に西田少佐が肩をすくめながら頷いた。
「まあ危険だな。実際送り込んだ調査員が取り込まれて、今ではあの都市の住人になっているようだ。もちろん怨霊としてな」
「近づいたんですか? アレに?」
それはもう、無謀を通り越してただの自殺だろう。
「あまりにも普通に生活してるので、コミュニケーションが取れないかと考えたらしい。止めた他の調査員が目を離した隙に近づかれて、そのまま引き摺り込まれたそうだよ」
「ああ、ゴーストの常套手段ですな」
誘惑、囁き。精神に感応させて呼びかけ、自分たちの仲間として取り込む。
これだからスピリット系は怖い。数が少ない上に、対抗手段がないとあっという間に全滅することもあるんだ。
「呪力汚染や精神汚染などの対応も万全にしていたはずなんだが、レジストしきれなかったのだろう。一緒にいた高レベルの探索者も危うく引きずられそうになったと聞いている。さすが厄災級といったところか」
「……うわぁ」
おいおい。大貫氏、その親玉と直接会ってるんだが……一応、調べた結果はネガティブで、精神汚染の兆候はないって話だったが。なんであの人、大丈夫なんだ?
「となると、秩父ゲートは10年ものですから、閉じることは不可能。このまま封印の判断となりますかね?」
ゲートが安定してアーティファクトが結晶化したのがゲートクリスタルで、一般的にはこれを破壊すればゲートは閉じられることになっていて、ゲートクリスタルには爆破装置がつけられている。
まあ、いつでも破壊できますよってアピールではあるんだが、実際は時間経過とともに魔力を吸って硬質化して破壊は不可能になってくる。なので秩父ゲートの閉鎖はとっくに手遅れだ。ゲートを閉じる手段がないから、取れる手はゲートを取り囲んだ物理的な封印。対厄災級を想定するならオリハルコン鋼製になるだろう。予算がどれだけあっても足りないな。
けれども西田少佐は俺の言葉に首を横に振った。
「いや、都市の拡大は止まり、該当地域から出てくる様子もない。経過観察の必要はあるが、該当地域の一般立ち入りは禁止したまま、開放に戻す予定だよ」
どうやら彼女らは危険物の処理をせぬまま、見て見ぬ振りをするようだ。
「探索者にとって危険は常に隣り合わせにあるもの……ではありますが、本当によろしいんで?」
「各国からの調査団も訪れるから、余計な制限はかけてほしくはなくてね。埼玉支部は今回の汚名返上になるだろうからよく励んでもらいたい」
「ハァ、そうですか」
なんとも勝手な話だな。管理するこっちの身になってほしいもんだよ。
大体、秩父ゲート先で手に入る兄切草は探索者の収入源ではあるが、封印すれば埼玉の経済活動が止まる……という類の重要なダンジョンじゃない。厄災級がいることを考えれば、封印しても問題はないはずだ。だというのに、残しておこうというのなら……
「つまり、あの厄災級にはそれほどの価値があるということですか?」
「ああ、それは当然だ。ナイトキングダム。アレが亡者の王が生み出した亡霊の王国だとしても、活動している異世界の都市など初の事例だからね」
そう口にした西田少佐の瞳に迷いはなかった。
まあ、そうだろう。彼女はそちら側の人間だ。我々のようにダンジョンを経済活動に利用するのではなく、ダンジョンの、その先にある異世界を探求するために動いている。いや……
「あの都市を解明できれば、異世界人に対しての情報の精度も増してくるだろう。それは結果として我々人類が生き残るための道を示してくれるはずだ」
彼女たちが求めているのは、あちらの世界が『滅びた原因』だ。
国連軍・異世界調査局。
それは異世界の滅んだ原因を解明し、人類を継続させるための国際的な組織だ。
そして、そこに所属している西田園子少佐は人類の存続のためなら、あらゆる犠牲をも厭わぬことで知られている。正直に言って、まったく関わりたくない連中なんだが……いやはや、最近は厄介な問題が多すぎるよ、本当にね。
【次回予告】
それは目の前にあって、なお手の届かぬもの。
それは夢幻の如き、その場限りの黄金卿。
極光の祝福。それが如何なる意味を持つのか。
そして白き獣が目覚めて海を渡る時、
人々は喝采を以て迎え入れる。
全ての中心に座する男は未だ知らず。
ただ、束の間の平和を享受するのだった。





