ナイトキングダム14
作中では特に明かされないネタバレ。
善十郎が言っていた『勝ちの目を逃したような感覚』は正しく、完全攻略には夜の王との遭遇までソーラービームを取っておいて、初遭遇時に王様の核を正確に撃ち抜く必要がありました。二周目ルートに突入した際の参考にしてください。
なお、王様消滅後は怨霊の制御が効かなくなるので、ゲート付近まで汚染された挙句、王様の仇を取るための遠征軍が派遣されて秩父市が壊滅するので結果オーライではあった模様。
「ハッ、ハッ……しんどい。マジしんどいわ」
「ハァ、ハァ。ティーナさん、お疲れ様です」
「ぜ、ゼンジューローもね」
「キュルッ」
「ニパー」
「フゥ。そうですね。ふたりもお疲れ様でした」
いや、久方ぶりに焦りましたね。
今、私たちがいるのは植物のない岩場が続くリビングバレーです。何故この場にいるのかといえば、それは目の前でグッタリしているティーナさんを見れば一目瞭然でしょう。彼女が転移を繰り返してくれたことで、我々はあの遺跡から無事脱出できたのです。
「本当にティーナさんには頭が上がりません」
「キュルッ」
「ニッパパァア」
ラキくんと感情が芽生えたらしいフォーさんも頷いております。
あの王様をダークハンズの中の人が押さえてた後、宮殿遺跡に入ってからはティーナさんの独壇場でした。ティーナさんの中距離転移はスキルが制限されていた遺跡内であっても、空間的に繋がっている通路内であれば、ある程度の距離を移動することは可能でしたからね。彼女が中距離転移を繰り返すことでここまで辿り着いたわけです。
「私……だけじゃないわよ。ゼンジューローも最後、頑張ったじゃない」
「最後のアレは参りました。まさかロックナイフがポッキリ折れるなんて思いませんでしたから」
通路はともかく玄関ホールで閉まってしまった門を開け、抜けた先までいかねば地上には転移ができません。そこで私がやったのは閉まった門の隙間にロックナイフを突き刺して、圧縮空気弾で無理やり埋め込み、ロックナイフの真横へとさらに圧縮空気弾を撃って、テコの原理で門を開くことでした。
ただ圧縮空気弾では門を開けるのに力が足りなかったようで、であればと時間遅延解除を重ねた重圧縮空気弾を使ったら、今度はロックナイフが折れてしまったのですよ。
怨霊が取り憑いた遺跡フォーハンズ軍団が後ろから迫る中、今度はロックナイフ三本を突き刺して重圧縮空気弾を撃ち込むことでようやく門を開けることに成功いたしまして、通路に出たところでティーナさんが一旦遺跡入り口であるグランドウィンドドレイクの巣のところにまで転移で戻ったのです。
ただ、それでもまだ地下から登ってくる気配がありましたので、ティーナさんには視界に入ったリビングバレーの岩場にまで転移で飛んでもらった……というのが現在ということになります。
「ともあれ、無事脱出できて良かったです」
「まあね。んで、ゼンジューロー。あいつらはどう?」
「そうですね。ふむふむ」
ここまで逃げてもまだ逃げきれないのであれば、ラキくんたちに頑張ってもらうか、最悪ティーナさんにまた無理をしてもらって遠距離転移でゲートまで戻るしかありません。
とはいえ、そこまでする必要はなさそうです。サーチドローンの高解像度カメラをズームさせた映像をメガネ型デバイスに映して見ているのですが……
「まるで間欠泉のように黒いオーラが噴き出ているのは確認できますが、こちらに向かってくる様子はないですね」
ここはリビングバレーの中でも一番高い丘の上なので境界の森が一望できるのですが、肉眼でも黒い水が噴き出ているような光景が確認できます。よく見れば、汚濁は天井まで伸びて、緑色の光る雲と接触して放電現象が発生しています。
「ああ、そういうこと。アストラルラインに届けて……魔力を吸収しているっぽいわね。もしかするとあいつらは私たちを追いかけてきていたんじゃなくて、魔力不足を補うために外に出ようとしていたのかも?」
「なるほど」
あの遺跡は彼らに魔力を供給する装置だったようですし、眠っていたのも魔力不足が原因だったのでしょう。だから活性化した今、砂漠で水を求めるようにアストラルラインまで手を伸ばした……ということでしょうか。
「ともあれ、アレがこちらに近づく気配はありませんし、我々の安全は確保できたと見るべきでしょうかね」
「そうね。さすがに今の状態から長距離転移をするのは命削りそうだから、やらずに済んで助かったわ」
そう口にしたティーナさんの顔色は本当に真っ白ですし、これ以上無理をさせずに済んで本当に良かったです。
「そうですね。それにしてもティーナさんは、あの状況で遺跡フォーハンズも持ち帰ったんですね」
私の視線の先には二体の遺跡フォーハンズが置かれております。これは最初にティーナさんが遺跡入り口に飛ばしたもので、遺跡を出た先で転がっているのにティーナさんが気づいて一緒に持ち帰ったようです。
「だって、移動中に宝石は落としちゃったし、ここまでやって収穫がほとんどないってのは悔しいじゃない。まあ、使い物になるかは分かんないんだけどさ」
「そうなのですか?」
「マナジュエルもついてないワイヤレス給電仕様に、多分こいつは子機で、こいつら単体では動けなさそうだし?」
「なるほど」
親機は、あの遺跡そのものだったのでしょうか。ティーナさんのお力でどうにかなると良いのですが。
「後の収穫は……フォーさんの拡張パーツだけですかね。嵩張るから帰りに……などと考えず、宝石とか拾っていた方が良かったですかね」
今はフォーさんと合体してケンタウロス形態になっていますが、分離すると四脚台になるので荷物運びには良さそうです。今後の探索で役に立ってくれることでしょう。
「確かに金銀財宝は惜しかったけど、聖日輪草が成長して強化されたのは最終的にはプラスよね。光ってるし」
「ええ、光っておりますね」
「ニパァアア」
ひまわり顔についた口がニッコリと微笑んでいます。普通に怖いです。そして確かに光っているのですよね。淡い光なので目に痛くはありませんが、すごく目立ちます。着ていた服も破れてますし、ケンタウロス形態を考えると上に服を着せるのは厳しいですかね。
「あと四脚台は動かせるみたいだから、アレにゼンジューローを乗せて移動することもできるわよ?」
「フーーーー、ガッ」
ティーナさんの言葉にラキくんが威嚇しています。可愛いですね。
「あ、ごめんラキ。そうね。ゼンジューローはあなたが乗せるのよね。まあ荷物運びには使えるでしょう。フォー、四脚台を分離してあの二体を乗せてね」
「ニパァアア」
指示をされたフォーさんは、喜んでいるのでしょうか。
人間臭くはなっているようなのですが、ずっと笑っているので、よく分かりませんね。
「それとフォーさん以外の収穫は……ああ、これがありましたか」
「王笏ね」
腰に差していたのを忘れていましたが、これも外見だけでも高価そうですし、魔法具としても何かしらの力を持っていそうなのですよね。
「魔法具らしいので検証は必要ですが、あの落とし穴部屋のようなことが可能になるかもしれません。後はあの遺跡に戻って他のものを回収……は可能なのでしょうか?」
「多分全部呪われてると思うし、そもそももう近づけないんじゃない?」
「ですかね。時間が経てばあの汚濁が消えたりはしませんかねぇ」
「無理じゃない?」
ですよね。もったいないですが、戻る気にはなりませんしね。それにしても……
「まあ、今回ばかりは肝が冷えました」
まったく勝てる気がしない。そんな風に思った相手は初めてです。なんというか、相手がひとりではなく、海や山を相手にしているような感覚、スケールの違いというものを感じました。最高の探索者になるにはアレも倒せるほどでなくてはならないのでしょうか。道のりはまだまだ遠そうです。
「ティーナさん、それで結局アレは何だったのでしょうか?」
「うーん。ネットの動画情報とかでしか私も知らないんだけど。多分、ああいうのが厄災級っていうんじゃないかなぁ」
「厄災級ですか。先日の迷宮災害でも青森に出たという」
「前回の迷宮災害で出たのはなりかけの準厄災級と呼ばれてるものだったわね。実力はともかく、厄災級には必要な条件があるから」
「必要な条件?」
「そう『世界の改変能力』ってヤツね。ほら、あれよ」
ようやく動けるようになったティーナさんが立ち上がって端末を操作し、あの汚濁の間欠泉の映像を拡大していきます。
「周囲が変質してるでしょ。厄災級は自分に適合した環境を周囲に生み出すのよ」
「これは……都市ですか?」
ティーナさんが拡大した映像をよく見ると建築物の影のようなものが出来始めています。それも複数の……アレは都市を作ろうとしているのでしょうか?
「なるほど。やはり、スケールが違う」
「一個人が相手にするもんじゃないのは確かね」
それからティーナさんが「まあ」と口にしました。
「ともかく、なるべく早く戻りましょう。今は大丈夫でも何が起こるか分からないから、アレが見える範囲にはいたくないし。それに探索協会への報告も早くしたほうがいいと思うわよ」
「そうですね。他の探索者が近づいてしまった時の二次被害も怖いですし。しかし……」
私は汚濁の間欠泉を改めて見ました。汚濁が固まって、上の方は枝分かれしたように広がって緑の放電が起きていて、もはや間欠泉というよりは巨大な木のようにも見えます。その真下では建物がどんどん生えてきていて、とてつもなく大掛かりな状況になっています。
「また、このダンジョンも出禁でしょうか?」
「いや、吉川ゲートは別に出禁になったわけじゃないでしょ。自主的に近づかないようにしているだけで。それに出禁だけで済めば……それはそれでマシじゃない?」
「ですかね」
故意ではないにせよ、かなりやってしまった感があることは否めません。もう少し慎重に行動すれば、或いはもっと準備をしてから探索していれば……等等思うところも多々あります。総括すると今回は反省の多い探索でした。次回の機会にはちゃんと生かしていきたいですね。
そして、その後の顛末ですが、私たちは急ぎゲートへと戻り、それから外に出ると探索協会の人たちに取り囲まれていました。
どうやら彼らも厄災級の出現には気づいていたようです。まあ、ダンジョン内の各地に埋め込まれているシーカープローブは通信の中継基地であるのと同時に観測及び監視装置でもあります。こういう事態が起きてもすぐに動けるように探索協会も日々、準備をしていたということでしょう。
そして、そのそばにいたであろう私たちの反応もしっかり掴んでいたようで、そこからはきちんとしたお話し合いが行われることとなりました。
結果として映像記録やAI診断などとも照らし合わせて私たちに過失がないことは認められたために逮捕にはなりませんでしたが、ダンジョンの方は一時閉鎖となったようです。
そして、その後に探索協会が検証した結果、あの怨霊の群れが厄災級、或いはランクDiであることが認定され、正式名称『ナイトキングダム』として発表されることとなったのでした。
【次回予告】
その日、女は微睡みの中にいた。
女の疲れ切った体を癒すには時間が必要だった。
その平穏は女が戦い、勝ち取った自由だ。
何人たりとて干渉することを許さぬと。
女は不倶戴天の心でそう誓っていた。
今の女は阿修羅をも凌駕する存在だった。
しかし、試練の足音は忍び寄る。
それは内側から、或いは外側から。
逃れ得ぬ宿業はゆっくりと、ゆっくりと、
真綿を絞めるように、着実に歩を詰めてゆく。
故に、今はただ休息を。再び戦うための力を得る為に。
そして女が再び立ち上がる時、世界は再び激震するのであった。