ナイトキングダム13
最下層は黒い汚濁に沈んでしまいました。
それにあの汚濁ですが、グニャグニャと蠢いています。蠢いて無数の人間の形を取り始めています。
ああ、そういうことですか。あれは先ほどのダークハンズの中の人と同じモノです。すべてが怨霊で、凄まじい数が集まって液体のように見えているだけなのですね。
「ちょっと待ってよ。アレ全部怨霊? 嘘でしょ、一万二万って数じゃないわ。どんな地獄よ、アレは!?」
魔力感知に優れているティーナさんには詳細が分かっているようですが、私でもさすがに理解できます。
形となって現れた彼らは恨めしげな顔をしてこちらに向かって手を伸ばしてきています。それが数万、数十万、或いはそれ以上の数で迫ってきているのです。巨大像も黒いオーラに包まれて、黒い血管が脈打つ不気味な存在に変わってしまいました。
「あのデッカいの、飛んできたわよ」
「アレは大丈夫です」
四体の巨像がそれぞれこちらに向かってジャンプしてきましたが、途中に配置した収納ゲートに引っかかって落ちていきます。物理ベースである以上は収納ゲートを抜けられませんし、その巨体はこの状況では不利に働きます。まあ、どれだけパワーアップしようが、私の収納ゲートを抜けられないのであれば怖くはありません……が、汚濁の中に沈んだと思ったら、若干生物的な姿になってまた浮かび上がってきました。もはや巨大像というよりも怪獣ですね。
「ダークハンズの中の方は、アレに挑もうとしたのですか」
「どう見ても力の規模が違い過ぎるわ。勝負どころか、門が開いた時点で飲み込まれて終わりだったでしょうね」
まあ、そうでしょう。しかし、一体何があれば、こんな状況になるのですかね。今もまるで洪水のように怨霊の群れが近づいてきます。物理的なものであればともかく、今の私にはアレに対抗できる手段など……
「ゼンジューロー、吸引収納で吸い込めないの?」
「吸引収納ですか。うーん、無理でしょうね。いえ、吸えはします。ですが、例えば吸引力は無限大がキャッチフレーズの天下布武の掃除機エエノン・マスクタイソンが無制限にゴミを吸い取れることになったとしても一定時間の吸える量には限りがあるのですね。吸う量よりも迫る規模の方が大きいので飲み込まれます」
厳密に言えば、太陽の光に比べてあの黒いオーラは完全な非物質ではないように思えます。恐らくは吸収力にも違いがあるはずです。ですが、今はそのことは良いでしょう。吸い切れる量を超えて近づかれれば、対処ができないという事実は変わりません。
「エエノン・マスクタイソンの掃除機でも駄目か。むむむ、確かにそうね。だったら……ちょっと、ゼンジューロー。前!?」
むむ。あの宮殿のような遺跡の入り口の前にいつの間にか、先ほど最初に出てきた王様が浮かんでいます。
「先ほどの王様ですか。鉄球砲弾は効かなかったのですよね」
ちょっと勝てる気がしません。ですが、出している黒いオーラを吸引で吸い込めば弱体化できますかね? いや、そもそも吸引収納にはまだ……あ!?
「いけるかもしれません」
「ゼンジューロー?」
「効いてくださいよ」
迷っている時間はありません。ドンドンドンと三連射です。
『ギュォオオオオ』
「お、通用しましたよ」
王様の体が吹き飛びました。先ほどと違って、その顔も歪んでいますから効果はあったようです。
「ゼンジューロー、今のは何?」
「遺跡内の光を吸引してできたエーテルと、ダークハンズの中の人の黒いオーラ二発です。どちらも魔力の塊ですし、効くかと思いましたが」
エーテルも勿体無いから通常の収納空間に移して取っておいたのですが、それが功を奏したようです。
「そういうことか。確かに効いてる……けど、弾け飛んだ体が元に戻っていくわ」
「フーーーーッ」
まあ、そうですよね。崩れてもすぐに戻りますか。となると、このまま突破するのは厳しいですね。迂回する? それとも吸引収納で吸い込んで弱体化させる? どちらも上手くいく気がしませんが……おや?
「ニッパァアアアアアアア!」
フォーハンズのひまわり顔の口から咆哮が響きます。
それが何を意味しているのかは分かりませんが、ティーナさんは何かに気付いて頷きました。
「ああ、そっか。そういう感じか。だったらゼンジューロー、フォーに続いて」
「けれども王様が……いえ、分かりました」
今のフォーさんの中にいるのは神々しくなった中の人です。
であれば、手立てがあるのかもしれません。そしてフォーさんがバルディッシュを握り、構えながら進んでいきます。
『ギュバァアアアアア』
王様、怒ってますね。痛かったんでしょうか。
そこにフォーさんがバルディッシュを投げました。しかもこれは……外した?
『ギュォオオオオオ』
『ゴギャァアアアア』
いえ、違います。バルディッシュは外されたのではありません。後ろにいた『黒い騎士が』受け取って王様を攻撃したのです。ですが、あの騎士はいったいどこから出たのでしょうか。突然出現したように見えましたが。
「ティーナさん、あの方はどなたなのですか?」
「敵の敵は味方ってことよゼンジューロー。無視して突っ切って!」
「むむ、分かりました。ラキくん、このまま進んでください」
「キュルッ」
なんだか分かりませんが、王様の狙いがあの黒い騎士に逸れたのであれば好都合です。
そして、私たちは王様と騎士が組み合っている横を抜けていきます。
「しかし、あの騎士はいったい?」
「ダークハンズの怨霊部分よ。ゼンジューローが撃ったんでしょ?」
「ああ、そういうことですか」
先ほどの三発の内、一発は魔法光から生成したエーテルでしたが、二発は吸引収納と吸引をコピーした複製収納で吸収した中の人の黒いオーラでした。またティーナさんは先ほど『スピリット系は霧散したエネルギーを再集合させることで復活することもある』とおっしゃっていました。
収納スキルはスピリット系なども含めて生物を吸い込むことはできませんが、体の外に出ていた黒いオーラは吸い込めます。であれば、あの騎士は私が射出した中の人のオーラが再集合して再び怨霊として形を得たものということなのでしょう。或いはフォーさんが放ったバルディッシュが呼び水となったのかもしれません。フォーさんが白くなった後も、バルディッシュだけはまだ禍々しい感じがありました。
そして怨霊となって復活した黒い騎士の目の前に恨みの対象がいたわけですから、それはもう、当然攻撃もするでしょう。
「これは助かった……ということで良いのでしょうか」
「だといいけどね。よし、宮殿エリア内に入れた。ここなら……うん。転移がいけるわゼンジューロー!」
「では、お願いしますティーナさん」
「了解。中距離転移を連続で使うから目を回さないでよね。それじゃあ行くわよ『転移』!」
そして、その場から私たちの姿は一瞬で消えました。
【次回予告】
そして世界は改変された。
幾百万の呪いは吐き出され、
かつての都市を描き始める。
それは死者たちの生への執着。
在りし頃を再現した黒い奇跡。
汚泥で造られた最後の国。
その名は夜の王国。
それこそが偉大なる王が導いた、
ただひとつの解だった。