ナイトキングダム12
野牛先輩はヤリサー時代の面倒見の良い先輩で、善十郎のコネ入社の恩人で、女性関係の元凶です。自分のナンパテクをスポンジのように吸収する善十郎を大変可愛がっていました。
……というような説明を何処かで入れていた気がしたのですが、WEB版では先輩表記のみ、書籍版の方でも一回名前が書かれてるだけのレアキャラでした。多分出し忘れてるなー。
そのうち、登場します。
ゾワリ……と背筋が凍りつくような感覚がありました。
音が消えました。空気も凍ったかのように固まりました。ティーナさんも喋りません。フォーさんも笑顔のまま止まりました。ああ、ラキくんの毛並みが逆立っています。警戒しているラキくんは可愛いですね。
そして、私たちの視線の先、あの巨大な門の中から出てきたのはひとりのご老人でした。
「……物質化するほど、高密度の負のオーラ?」
ティーナさんがボソリと何かを言っていますが、声が小さくて聞こえません。
それよりも出てきたあのご老人の姿なのですが、どこかで見た記憶があります。それもごく最近に……ああ、あの玄関ホールに飾られていた肖像画の方ですね。
着ているものもずいぶんとご立派で、絵に描かれていたものと同じ王冠を被っています。肖像画の方ご本人だとは思いますが、もしかするとどこかの国の王様だったりするのでしょうか?
また足取りはしっかりとしておりますし、外見に反して、その立ち振る舞いに衰えは感じられません。
それと肖像画同様に耳が長いですね。青白い肌をしていて、まるで深淵を覗いているかのような白目のない黒一色の瞳も特徴的です。唇も蒼ざめた色をしておりますし、全体的に不健康そうに見えますが、肖像画も同じような感じでしたし、これがこの方の、いえ……恐らくはエルフという種族の特徴なのかもしれません。
それにしてもですね。公的にはまだ異世界人との遭遇は成されていないと聞いています。つまりは私が初の異世界交流者となるかもしれないということです。そう考えると若干緊張してきました。
最高の探索者。私は今、そこに王手をかけているのかもしれません。であれば、私は……
「は、はろう?」
はい。まずは挨拶です。基本は挨拶。言葉は通じずともボディランゲージでこういうのは案外なんとかなるものだと野牛先輩から教わりました。
おや、言葉が通じないのであれば日本語でも良かったのでは? 日本人であればこんにちはの方がニュアンスは伝わったのではないでしょうか? やり直しした方が良いかもしれませんが、ご老人の様子はどうでしょう。
「……ぅ……ぁ……」
うん? 反応があったというよりは、こちらに気づいてくれた感じですかね。
今まではボーッと周囲を見ていましたが、ようやくこちらに視線を向けてくれて……
「いや。無理ですね。これは」
銃口の照準を向けられた時のような感覚に近いでしょうか。もっとも以前に受けたプレッシャーよりもはるかに重いものが私を襲い、次の瞬間に私は直径8センチメートルの鋼鉄の球をゼロ距離で放っていました。
「ぜ、ゼンジューロー?」
「おや?」
鉄球砲弾が頭部に命中しましたが、ボフッと音がして煙のように頭が掻き消えただけでした。となると、なるほど。このご老人、あの黒いオーラと同じモノですね。
「すみません。ティーナさん、生理的に受け付けませんでした」
「違う。それ、生存本能が拒絶してるだけだから!?」
なるほど。そういう考え方もありますか。
ともあれです。あのご老人が我々を狙った感覚がありましたが、先に撃ってしまったのはこちらです。もはやコミュニケーションを取ることは叶わないでしょう。であれば、ここは撤退するしかありません。
「よし、逃げましょう」
私見ですが、アレは駄目ですね。
まだ目覚めたばかりだからでしょうか。何もしてこなかったのは私たちに焦点が合っていなかったからというだけのような気がします。もしくは目を向けるほどに興味を惹く存在ではなかったからか。
それに頭を潰してなお、あのご老人はまったく意に介した様子がありませんし、すでに黒いオーラが集まって頭部も元に戻ろうとしています。であれば、吸引収納で吸い込む? いや、そのためにはさっき吸い込んだものを一度出さないといけませんし、アレをこの状況で出すのは危なさそうです。止めましょう。であれば、やはり逃げるしかありません。
「ラキくんは私を、フォーハンズはティーナさんとドローンを抱えて逃げてください。早くッ」
「フーーーー、ガッ」
「ニッパァアア」
私の言葉に従ってラキくんが私を乗せ、フォーハンズがティーナさんの乗るサーチドローンを抱え、さらにはあの四脚台と合体してケンタウロス形態で元来た道へと走り出しました。
「ゼンジューロー、ナイス判断。私、動けなかった。周囲に何かが満ちていて、転移もここじゃあ使えないし」
「仕方ありません。あのご老人はもう人間とか魔獣とかそういうものとは別種のもののように思えます。アレは一体なんなのでしょうか?」
ちらりと後ろを見ると老人の頭部はすでに復活していて、こちらを見ています。ダメージがあるようにも見えません。
おや。門が完全に開いて、中から黒い汚濁が溢れるように出てきていますね。
「アイツは怨霊の負のオーラを固めてできたような、すっごく上位のスピリット系だと思う。ちょっとアレは別格過ぎる。え? 不味いわよゼンジューロー!?」
ティーナさんに言われるまでもなく、私も理解しております。門から出てきた汚濁が最下層全体に満ち始めているのです。
「数千? 数万? 嘘でしょ。アレ全部怨霊よ!? さっきのダークハンズの中の人と同じもの! それがなんて数なの!?」
ティーナさんが悲鳴のような声をあげています。
それに四方に置かれた巨大像も、黒い汚濁に包まれて動き出しました。
「やっぱり動くんですねアレ」
「魔力切れだったんじゃないの。ここ、魔力を送り込む施設なのに稼働してなかったし」
「あの黒い汚濁で充電されたってことですか。おっと、来ますよ」
巨大像の一体が、螺旋通路を登っている我々へと大きな槍を放り投げてきました。
「ですが、普通に形あるものなら」
対して私が収納空間を並べた盾を展開すると、ガンッと音がして、10メートルはある槍が跳ね飛び、壁に突き刺さりました。
「コワッ。あーもう。チマチマ登ってたんじゃ、追いつかれるわね」
「収納ゲートを足場にして一気に登ります。フォーさんにはティーナさんが指示を!」
「任せて」
「キュルッ」
「ニパァアアア!」
ははは、これはすごいですね。
下はもう怨霊の海です。数万という黒い手が伸びて我々へと迫ってきています。なかなか迫力のある光景ですが、これって逃げ切れますかね?
【次回予告】
それはひとつの国であった。
幾百万の穢れた魂の集合体。
禍き軍勢。
それはもはや人が抗えるものではなく、
大海を拳で殴るが如きもの。
それこそが異界の王が最後に出した解。
届かぬ未来ではなく、
滅びる今ではなく、
過去として残ることを民と選んだ総意の末路。
されどそこに挑む者があり。
それは憎悪に燃ゆる黒の騎士。
残された残骸が今、古の王へと牙を剥いた。