ナイトキングダム10
当初は戦いながらティーナさんがどうにかフォーハンズに取りついて、「目覚めなさいフォーハンズ」とか叫びながら眷属を覚醒させてカッコよく取り戻す予定でした。
「ねえゼンジューロー。これじゃあ近付けないわよ」
「困りましたね」
フォーハンズを拘束し、あとはティーナさんにお任せ……という予定だったのですが想定外の事態が発生しました。
「ギャギャァアアアアアアアア」
身動きの取れなくなったフォーハンズから、まるで噴水のように黒いオーラが湧き出て周囲に広がり始めたのです。オーラは髑髏みたいな形になって膨れ上がっていますし、奇声のボリュームも大きくなってきました。
収納ゲートの拘束は解けていませんので体は動けないようですが、近づこうとするとあの黒いオーラが広がって攻撃を仕掛けてきます。
なんなら接触している門も黒く染め始めています。もしかするとアレは結構危険な状態なのではないでしょうか?
「ティーナさん、何が起きているか分かりますか?」
「多分だけど、動けないんでアプローチを変えたんじゃないかしら? 侵食することで門そのものにも取り憑こうとしているように見えるわね」
「取り憑くですか。怖いですね。あの、アレが私たちに取り憑く可能性ってあります?」
「ないわよ」
「言い切りますね」
怨霊ですし、実際フォーハンズは取り憑かれています。であれば、その辺りも考慮して対応した方が良いのでは……と思うのですが。
「ラキは召喚獣だし、私は妖精女王だし、ゼンジューローは隙間がないから取り憑くのは無理よ」
「???」
私に取り憑くのは無理? ティーナさんなりのロイヤルジョークというヤツでしょうか。まあ、問題がないというのであれば問題ないのでしょう。
「ですが、近づけないのは困りますね」
接触するにはあの黒いオーラをどうにかしないといけませんが、そもそもなぜティーナさんはフォーハンズと接触したいのでしょうか?
「ティーナさん。必要なのはティーナさんをフォーハンズと接触させることなのですよね?」
「そうね。正しくは私の眷属、あのひまわりっぽいヤツね。アレに触れれば何とかなるはずなのよ」
「あの花ですか。ひまわりっぽいとは思っていましたが、あの植物は何なのでしょうか? 蔓が巻き付いていますし、ひまわりではありませんよね?」
私もあの植物はティーナさんの眷属で、フォーハンズの制御に使ってるということぐらいしか知りません。
「探索協会のデータベースだと呪力を吸い取って浄化する能力を持つ『聖日輪草』って名前で登録されているわね。呪いの治療の安価な手段として重宝されてるんだって」
聖日輪草ですか。確か、日輪草はひまわりの別名ですね。寄生植物だと思っていましたが呪いを浄化してくれるありがたい植物でしたか。
「実際には魂に根を張って精神エネルギーを食べる寄生植物なんだけどね。呪いは宿主の体に悪いから吸い取るだけで」
「ほぉ……寄生植物」
「寄生植物といっても適度に魔力を吸い取るだけで、枯れるまで宿主を害することも、操ることもほとんどないから危険性はないのよ。私の眷属になると宿主共々私の命令には絶対遵守することになるんだけど」
ほお、絶対遵守……なるほど。そうですか。まあ、今は置いておきましょう。目の前の問題をひとつひとつ解決していきましょう。そうしておけば、沈んだ問題を浮上させずに放置することもできるはずです。
「フォーハンズとかも一応魔法生物の類だからね。コア部分をガッチリ固めてるから本来は憑依対策されてるんだけど、私はそこに聖日輪草の根を忍ばせてハックして使ってたわけ。で、あの怨霊にはそこを狙われたんだと思う」
「つまり怨霊は聖日輪草を通してフォーハンズに取り憑いているというわけですね」
「そういうこと。だから私が聖日輪草に接触してブーストしてあげれば憑依も跳ね除けられるはず……なんだけど」
なるほど。植物操作スキルの強化を聖日輪草にかけるわけですか。
ティーナさんの強化は兄切草を魔獣に変えるほど強力なものです。であれば、勝算はありますね。
「分かりました。ティーナさん、私の方で黒いオーラを取り除いてみます。上手くいったらよろしくお願いします」
「了解。どうするの?」
「こうします。吸引『黒いオーラ』!」
そう、あのグランドウィンドドレイクのブレスの時と同じです。
私の吸引収納は時間制限こそありますが、非物質であれば際限なく吸い込めます。太陽の光ですらも吸えたのですから、この黒いオーラも……おお、吸い込めました。
「凄い。凄いわゼンジューロー。どんどんオーラを吸い込んでる!?」
「はい。フォーハンズの表面も黒色から白に戻りつつありますね」
予想通りです。汚れが落ちていくかのような感じですね。
「しかしすべてを吸い切れるわけではないようです」
「収納スキルは生物を吸えないし、スピリット系の魔法生物も例外じゃないからね。漏れてる黒いオーラだけを吸ってるんだと思う」
どれだけ吸引しても漏れ続けるならどうしようもありませんし、吸引も永遠に吸引し続けられるわけではありません。太陽光の時のことを考えれば限界は一分程度です。もしかするとこのままでは足りないかもしれません。
「では、こうすればどうでしょうか」
ここで新能力である複製収納の出番です。ふたつめの吸引収納を複製し、発動させます。つまりは吸引力も2倍。驚きの白さに変わるはずです!
「凄いわゼンジューロー。フォーハンズが白くなっていく」
「確かに。これならばいけそうです。さあ、もっとです。もっと、もっと!」
「ゼンジューロー。真っ白になってく。黒かったフォーハンズが真っ白に、何故か輝き出したわ」
それは凄い。であればもっとです。さあ、ダブル吸引。すべてを吸い切り、フォーハンズを取り戻すのです!
「やった。ゼンジューロー、すごいわ。もう黒いオーラはまったく出ていないわよ」
「おお、どうやら吸い切ったようですね。であればティーナさん、今のうちに」
「そうね。それじゃあ……アレ? えっと?」
おや、ティーナさんが戸惑っております。何かあったのでしょうか?
「終わっちゃった」
「ティーナさん? え? 終わった?」
ティーナさんが困惑しております。
「ゼンジューローが怨霊の負のエネルギーである黒いオーラを全て吸い尽くしたから悪霊ではなくなっちゃった……みたいな?」
「悪霊ではなくなった?」
「うん。負のオーラがなくなって、正のオーラだけが残った霊体……といえばいいのかな? ほら、見てよ」
「む、確かにこれは神々しいですね」
あの黒かった全身が今は白く、そして輝いております。後光が指しているとでもいえば良いのでしょうか。
それに見てください。あのひまわりの顔にできた牙が並んだ凶悪な笑みも、歯並びの良い慈愛の微笑みに変わっています。
え……あの口、残ったままなのですか?
【次回予告】
それは光。一切の曇りなき浄化の五光。
穏やかなるその微笑みは慈愛に満ち、
三身をひとつとして世に降臨した。
されど光あれば、また闇も濃く在り。
故に彼の災厄はついに目覚めた。
それは闇。死が満ちた怨嗟の泥水。
そして深淵より手は伸び、ついに門が開かれた。