アヴィスパレス06
書籍版1巻発売まで後3日!
「うーん。ちょっと目移りしちゃう数のお宝が並んでいるわね。ここら辺なんかゲーミングフェアリーちゃんねるのセットに使えそうだし……ねえゼンジューロー。この部屋までなら、入り口から通路まで中距離転移を繰り返せば遺跡フォーハンズと遭遇せずに辿り着けるし、探索は一旦中断して、ここの財宝を外に運ばな……い?」
「そうですねぇ」
ふむ。この錫杖、王笏とか呼ばれるものかもしれません。
杖の先には大きな宝石を中心とした王冠を小さくしたような装飾がついておりまして、これはこのままメイスのようにも使えそうですね。いや、さすがにこれを武器として使用するのは勿体なさすぎますか。
けれども、ただ持っているだけでちょっと王様気分に……おや? 気がつけば、周囲が殺風景な部屋に変わりました。何が起きたのでしょうか? これは、もしかして強制転移というやつですか?
「ゼンジューロー、それ罠! なんで取っちゃったのよー!?」
「え? なんだか……とっても綺麗だった……から?」
「いかにもって置き方だったじゃない。あ!?」
カチッ
という音がしました。おや、床がなくなった? いえ、床が開いて落とし穴ができたのですね。
「まあ、問題ありませんが」
足元に収納ゲートを発生させてそこに乗りました。一緒にラキくんとフォーハンズの足元にも用意をします。ティーナさんはサーチドローンに乗っているので、そもそも落ちる心配はありませんね。
「下は針の山ですか。危機一髪ですね」
「終わってないわゼンジューロー、上!」
「おや?」
見上げますと、天井にも大量の棘が並んでいます。ギリギリと何か音がしていますし、今すぐにも落ちてきそうです。
「て、転移! できない!?」
ティーナさんが慌てております。部屋の扉もいつの間にかありませんし、完全に閉じ込められたようです。それにしても落とし穴に加えて、空を飛べる者対策として吊るし天井を用いて確実に仕留める罠までとは。大した念の入れようですが……
「ゼンジューロー!?」
「これも問題ありませんよティーナさん」
勢いよく落ちてくる棘天井に向かって私は収納ゲートを出現させました。ズガンッという音と共に振動が起こり、収納ゲートに受け止められた棘天井が止まります。
「うわぁ……止まった。ゼンジューローの収納スキルの一番すごいところって、この頑丈さかもしれないわね」
「そうかもしれません。いまだに破壊されたことがありませんし」
さて、一応周囲を警戒していましたが、ここからさらに何かが起きる……ということはなさそうです。まあ、毒ガスや水責めが続けば困りましたが、それでも『大地の銀花』の『アースシールド』を発動させればしばらくは耐えられます。
「ハァ。ゼンジューロー、遺跡の中なんだから気を付けてよね。あんな罠、普通なら死んでるわよ」
「申し訳ありません。確かに迂闊でした」
「キュルッ」
ラキくんも頷いております。
どことなく怒ってもいるようです。
ふたりとも、申し訳ありませんでした。猛省いたします。私はふたりに頭を下げました。
「まったく、この歳になっても学ぶことばかりですね」
「うーん。ゼンジューローがうっかりなのは後で反省会が必要だとして……ちょっと、この遺跡は遺跡探索素人には難易度が高すぎるわね」
「確かにそうですね」
解析解除や転移の妨害に遺跡フォーハンズの群れ、さらには大掛かりな罠です。ティーナさんのいたエーテル製造所の地下研究所も入るのは大変でしたが、中にいたのはフォーハンズだけで、ここまで厳重ではありませんでした。
「次に来るときには、専門の探索者を雇ってみる? 確かフーカがそうだったわよね。聖霊眼で罠も見通せるんだって。あとゼンジューローも解析解除をちゃんと使って調べれば対処自体はできるとは思うけど」
部屋に入ってすぐに解析解除をしなかったのは失敗でしたね。確認ミスが命に関わるのが探索者というものです。次からはちゃんとやりましょう。
「そうですね。ただ正直に言って、この規模の遺跡を私たちだけで探索するのは、やはり無理があると思います。ユーリさんに相談して、オーガニックの助けなども借りた方が良いのかもしれません」
「それじゃあ、戻ったら相談してみましょう。とはいえ、次の心配をする前に、まずはここを出ないといけないけど」
「そうですね。転移は無理そうですか?」
「駄目ね。ここは閉じられてる。この見えてる空間内なら可能だけど、それじゃあ意味ないし。壁は壊せない?」
「試してみます」
私が空気弾を壁に撃ち込みます。ボォンッという鈍い音がしましたが、反応は芳しくありません。
「ダメージを与えられている感じがありませんね。多分、ロックナイフなどと同じ固定付与の処理がされた壁なのでしょう」
いざとなれば、切り札を使って壁を破壊することも可能かもしれませんが、一度しか使えませんからね。他に抜け出す手段も考えてみましょう。
「そもそも、ここはどこなのでしょうか。いきなり周囲が変わりましたし、部屋を強制転移させられたのですか?」
きっかけは私が王笏を取ったことで起きたのは分かるのですが、何が起きたのかが分かりません。ティーナさんの転移のような感覚もありませんでした。
「いや、そうじゃないわ。あの部屋の全てがゼンジューローの持つ王笏に吸われていったのよ」
「おっしゃっている意味が分からないのですが」
「私にだって分からないけど。ゼンジューローが王笏を持った途端に、渦を巻くようにあの貴賓室が蜃気楼のように透明になって吸われていったのよね。まるで壁紙を剥がすようにズルリと。で、残ったのが無機質な罠部屋ってわけ。ねえラキ?」
「キュルッ」
ラキくんが頷いておりますし、ティーナさんの言うことは事実なのでしょう。この王笏に吸い込まれたということは、どういう効果は分かりませんが、この王笏自体が、かなり強力な魔法具なのかもしれません。
「ふふ、これはたいそうな拾い物をしたかもしれないですね」
「はいはい。それがたいそうでも、ここを出れないと意味ないんだけどね」
「まあ、そうですね。一旦、解析解除で調べてみましょうか。出口が見つかると良いのですが」
それでは、解析解除を発動させます。ふむふむ。なるほどなるほど。
「どう、ゼンジューロー?」
「はい、そうですね。やはり部屋の外は見れません。ここも転移と同様に解析解除を妨害する力が働いているようです。壁もスキルの妨害だけではなく、固定付与されたもののようで、破壊は困難でしょう」
私の言葉にティーナさんが落胆した顔を見せましたが、話はまだ終わっていません。確かに部屋の外は確認できませんでしたが、綻びは確認できました。
「おそらくは……あの場所ですね」
「?」
首を傾げるティーナさんの前で、私は違和感を感じた壁に向かって空気弾を撃ち込みました。
バゴンッという音がして、壁が剥がれて落ちていきます。
「あ、落とし穴の壁が外れた!?」
「キュルルッ」
ティーナさんとラキくんが驚いておりますが、剥がれた壁の裏から扉らしきものの姿が確認できました。どうやら巧妙に隠されていた隠し扉があったようです。
落ちた壁自体にも固定化の魔法が付与されていて崩れてはいませんが、開閉用の金具はそうもいかなかったようですね。
「よくやったわよ、ゼンジューロー」
「違和感のある場所に撃ち込んだだけでしたが、予想よりも良い結果になりましたね」
「うーん。これは隠し扉というよりはメンテナンス用の出入り口かしら?」
「もしかすると罠で潰れた亡骸を遺跡フォーハンズが掃除するためのものなのかもしれません」
「ああ、その可能性の方が高そう。けど、ここから出ることができるのは間違いないし、一歩前進よね」
ですね。それでは先に進んでみましょう。
それにしても財宝に、落とし穴と、吊り天井に、隠し扉。これぞまさしく探索という感じですが、一体この遺跡はなんなのでしょうか。
【次回予告】
次々と迫る未知に善十郎の心が踊る。
何もない小さな道ですらも彼の心を弾ませる。
得たものはふたつ。教訓と王笏。
そして先にある扉が開いた時、
さらなる衝撃が善十郎に襲いかかった。





