ネイキッドソーリー01
書籍版の収納おじさん【修羅】1巻は3月14日(金)発売です。
詳細は活動報告に載せておきましたので、よろしければご確認ください。
タイトルもちょこっと変わりました。時間操作さんは便利だけど地味だからね。停止さん来ないとラスボスムーブもできないから、リストラされても仕方ないね。
その日、埼玉県川越市の空に奇妙なオーロラと一筋の光が観測された。
通常のオーロラとは異なる原理で発生したと思われるこの現象の近くには、埼玉県で唯一のランクAダンジョン『廃棄城塞コエド』に繋がる川越ゲートがあり、強力な魔獣が密かにゲートを抜けて現れたのではないかと推測した探索協会はすぐさま調査隊を編成して、現地に派遣した。
しかし、調査隊は魔獣どころか魔力消費の痕跡すら確認できず、彼らが起きた現象の手がかりを得ることはなかった。
これが川越オーロラと呼ばれる異常現象の始まりであり、その後も川越オーロラは幾度となく発生し、それは人々の間で広がっていくことになるのである。
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全裸土下座……というものをご存知でしょうか。
いえ。私も詳細は存じ上げないのですが、前職の時の部下であった田中くんが同人誌というものの蒐集家でして、彼の好みのシチュエーションが全裸土下座なのだということを酒の席で聞いたことがありました。
正直に申し上げまして、女性を全裸にして土下座を強要する……ということの何が楽しいのかが私には分かりません。
彼から読んでみれば分かると言われて見せていただいた薄い本には、凛さんが日曜日に見ていたアニメーションのキャラクターが四十代くらいの男性に酷い目に遭わされている姿が描かれておりました。痛ましいとは思いましたが、私はそれに悦びを見出すことができませんでした。
やはり私には分かりませんと本を返すと、田中くんからやれやれという顔で「大貫課長は枯れていますね」と返されたのを今でも覚えております。残念ながら、私は彼の希望には添えなかったようです。
とはいえ、分からないものは分かりませんし、いざ実際に見てみても……
「おじさんごめんなさい。あーしが、あーしが悪いの。全部あーしがいけないの」
やはり、引いてしまいますよね。
何故こんなことになっているのか、残念ながらそれは私にも分かりません。特訓を終え、ホテルの部屋に帰ってドアを開けたら、帰ってきていたユーリさんが全裸で土下座をしていたのです。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
事情は分かりませんし、何かを反省して、こうして謝罪していただいているユーリさんには大変申し訳ないのですが、正直に申し上げてこの状況は精神衛生上、よろしくありません。なので、私がかけてあげられる言葉はひとつだけです。
「ユーリさん」
「うん」
「服を着てください」
「……はい」
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「ユーリ、正気を疑うわよ」
「……はい」
着替え終わってリビングで正座しているユーリさんにティーナさんの言葉が刺さります。奥の部屋で作業をしていた彼女は、ユーリさんの奇行に気づいていなかったそうです。
「止めてあげてくださいティーナさん。ユーリさんは正気ではなかっただけです」
「うう、おじさんが優しい」
「え、私は疑っただけだけどゼンジューローは確定しているわよ?」
認めて受け入れることも優しさなのではないでしょうか。
とはいえ……ですね。
「ユーリさん、人前でそのような格好をするのは感心できません。なぜこのようなことをしたのでしょうか?」
「ぜ、全裸の土下座は……土下座の王様だって……おじいちゃんが」
なるほど。
ご家庭に何かしら問題があったのですね。
ユーリさんのおじいちゃんがどういった人物なのかは存じ上げませんが、田中くんと同じ嗜好の方なのかもしれません。
ともあれ、ユーリさんはまだ顔を伏せておりますが、私も少し冷静になりまして……ユーリさんが謝罪する原因について少々思い当たることがございました。
「ユーリさんの謝罪は多分、これのことですかね?」
私がテーブルの上にあった新聞を広げるとそこにはユーリさんの笑顔のアップ写真と共にこう書かれております。それは……
『ユーリ嬢大活躍! 孤軍奮闘でのゲート封印から決死の突入で奇跡の大勝利!』
はい。先日の迷宮災害の記事ですね。
世間一般的には青森の準厄災級魔獣討伐が大きくピックアップされているのですが、今回の埼玉で遅れて発生した迷宮災害の被害規模は大きく、また初動の対応の失敗については人災に近いものだったとも聞いております。
責任を取るべき当事者は全員お亡くなりになってしまっていることもあって、その辺りはかなりボカされておりますが、その火消しとしてユーリさんのことがポジティブに、大きく取り上げられたようなのですよね。
この記事では、ユーリさんの他にゲートを破壊した三船さん、同じオーガニックのメンバーの水瀬さんまでは名前が出ておりますが、一緒にゲート内に入った私たちについては一括りの現地探索者として扱われていて、名前の記述はありません。
最初の報道では現地探索者勢の名前も羅列されていたようなのですが、私が参加している情報は遅れて公開されたようなので、実際に私の名前が載ったメディアは皆無でした。
それと別の記事ではラキくんが取り上げられていたのですが、ティーナさんのゲーミングフェアリーチャンネルと紐付けられていて、ラキくんの飼い主がティーナさんとなっていました。
私としては正直、こちらの方がショックでした。ラキくんがティーナさんに盗られてしまったような悲しい気分になったのです。
「そうなの。これ! これ、おかしいの。ボスを倒したおじさんのことはスルーして、まるであーしが大活躍したかのような描かれ様。初報でおじさんの名前が出てなかったのもあって、もうこの路線で話が流れて取り返しがつかなくて。あーしは……あーしはおじさんから手柄を万引きした卑しい卑しい女の子になっちゃったんだよーー。うわぁああん」
ユーリさんがその場で号泣し始めました。
どうやら、この件は彼女の心に大きな影を落としたようです。
しかし、女の子……まあ、女性はどの歳でも女子だとはおっしゃられます。ですが私としては女の子という言葉は正直ハードルが高いので、できればユーリさんのことは愛らしい女性と称したいのですが……そう思っていると、ティーナさんが首を横に振っていました。以心伝心ですか。はい。女性の年齢については触れないのが吉でしょう。
ともかく、私もユーリさんには伝えておかねばならないことがあります。
「落ち着いてくださいユーリさん」
「でもー」
「この件についてはすでに連絡を受けていますから、問題はありませんよ」
「へ?」
流石にですね。私もこの件では、何も知らされていないわけではないのですよ。はい。
【次回予告】
友の狂行に女は何もできなかった。
自らの尊厳を踏み躙る友を、
女はただ見ていることしかできなかった。
狂気に染まった友の瞳はもはや女も映さない。
ただ、踏み入る者すべてを屠る苛烈さがそこにはあった。
故に女の口から声は出ず、ただ震え、恐怖したのである。