ブラックワークス02
作中でおじさんへの貢献度がもっとも高い沢木さん。ひょっとして真ヒロインなのでは?
……いや、まあ真面目に転職考えた方がいい気はするけど。
今章はこれにて終了です。明日の10時に登場人物紹介を更新したら書き溜め期間に入ります。
次章は深淵宮殿編、2月中には開始予定です。
「今日はお疲れだったな」
「それはみんな同じですよ課長。課長だって大変だったんでしょう?」
「まあな。予想以上に人的被害も建物の損害も大きい。今後のことを考えると頭が痛いな」
「虫は嫌ですねぇ」
「まったくだ」
これが獣の群れならば、テリトリーの意識が強い種が多いのでまだ被害は狭い範囲で留まるんですけどね。亜人種ならば付近の住人の被害は大きいですがこちらも人に近い動きをしますので、一旦は拠点を作ろうと動こうとしますし、規模は抑えられます。
嫌な言い方ですが、腹が満たされればその手の魔獣はある程度は止まりますので、空中から肉を落とすだけでも侵攻を抑えることが可能なんですよね。
ただ出てきたのが虫系統だと話は変わるんですよ。連中、数が多いし、ともかく機械のように動き出して、一気に広がって人を襲います。人も家もボロボロになるんです。襲っては巣に持ち帰るし、ともかく止まるということを知らない。短期間で大きな被害が出るわけですね。
「今回で支部長が飛びそうだ。俺はとりあえず大丈夫っぽいが、それも単純に現場を知ってる人間は残したかっただけだろうなぁ」
「ご愁傷様です」
支部長は好きではないですが、だからといって今回発生した被害は探索協会の対応が原因だとは思えません。上も下も、それぞれがベストを尽くしたと考えています。
でも偉い人は責任を取らないといけない。不可抗力とはいえ、戦力が他所に取られたとはいえ、馬鹿な議員の暴走が元凶だとはいえ、こればかりはどうしようもないことです。世知辛い世の中です。
私のように探索者リタイヤからの就職組はそんな上のところにはいけないし、行きたいとも思っていません。人間そこそこで良い……そう思って、探索者を辞めたのですから。
「ただね。良い人材も見つかった。だから今回の件がマイナスだけじゃないと思いたい」
アレ? 話の流れ変わりました?
「ああ、そのキョトンとした顔は分かっていないようだがね。君の担当している探索者、大貫善十郎氏のことだぞ」
「え? どういうことですか?」
大貫氏。
覚醒施術の結果からすぐに探索者は諦めると思っていました方ですが、今となっては極めて将来有望な期待の新人探索者と言えるでしょう。少なくともここ数ヶ月内に限っていえば、国内でもトップクラスの実績を叩き出しています。
シーカーグランプリに出たいなんて話を持ってきて、オーガニックの台場様の推薦まで取り付けた挙句、新人戦用のニューカマーグランプリではなく、シーカーグランプリ本戦の出場の話を持ってくるほどのアクティブな人です。
ただですね。大貫氏は条件的にはまだ探索者になって二ヶ月も経っていませんし、参加資格を満たしていません。なので過去の特例と規約や法律と照らし合わせて解釈し直し……まあ、簡単に言うと屁理屈を並べてどうにか参加できるようにって風に対応する必要があるんですね。で、それを私がやってるんですよ。私が! はい、私がです!! 何で私が? とは思いますが上からそういう命令が降りてきたのでどうしようもありません。
臨時の手当が出る? 私はお金よりも時間が欲しい今時の若者です。
……というような人物が大貫氏なんですが、その名前がなぜ今出るんでしょう。あの人、今回はずっとホテルでのんびりしてるはずですよね?
「鴻巣市の迷宮災害。これを直接食い止めた探索者のひとりが大貫善十郎氏。彼だ」
「ハァ?」
意味が分からない。
確かに人員は必要だったし、探索者の方達に増援の呼びかけをおこなってはいましたが、あの人はまだ仮免に近く、緊急対応依頼リストからは外されています。
一応大貫氏の居場所も確認はしていますけどね。これは迷宮災害に巻き込まれていないかを確認するためです。担当の職員は緊急時に探索者の所在をシーカーデバイスを通じて確認できる権利を有しています。
あ、もちろん探索者になる際の規約にて通達済みですよ? 探索者はいわば人間兵器。日常生活は保障されているものの、その行動にはそれなりに制限がついていて、これもその一環というわけです。
それで、ですね。鴻巣市に迷宮災害が発生した際にいの一番に確認した時には、あの人は川越メイズホテルにおりました。それがなぜ迷宮災害を食い止めた……などということになっているのでしょうか。
意味が分かりません。
「鴻巣迷宮災害は風間ユーリさん中心の臨時チームが突入してゲートの基点となった統率個体を討伐。そしてゲートはグランマ騎士団の三船ベラさんが処理したと報告に上がっていますよね。臨時ニュースでもそう言ってましたし。それに討伐チームのリストも回ってきましたが、その中に大貫氏の名前はなかったはずですよ?」
「ああ、それは情報が古いな。今はもう載っているはずだ。風間ユーリ氏が上級探索者権限で彼を呼んだらしい」
「え、そんな連絡きていませんけど!?」
「風間ユーリ氏の所属するオーガニックは東京の部署の管轄でこちらに連絡が遅れた上、探索者保護制度に引っかかったせいでさらに情報の精査が必要になって、初報には出ていなかったんだ。ただ、統率個体であるシールドクィーンアントにトドメを刺したのは間違いなく彼だよ」
「な!?」
「加えて、大貫氏はゲートに向かう途中で200体以上の魔獣をひとりで、それも短時間で討伐している」
「ななな!?」
だ、大活躍じゃないですか!?
「それは……凄い……んですね?」
「そう、凄いんだ。凄いんだよ。だからその情報は君たちのところまで降りずに上で止められて確認が行われて、そこに慌ててやってきた国防軍からも鬼詰めされて今上層部はてんやわんやになってるんだよ」
なるほど。なるほど?
おや、なんだか嫌な予感がしてきましたよ。ひょっとして私はここで回れ右してお布団の中にいった方が良いのでは?
「それで国防軍が彼の情報を求めている。何しろ殲滅可能なスキル持ちは希少だ。加えて危険性の高さもある」
まあ、魔獣で200体仕留められるということは普通の人間相手にジェノサイド起こせますからねぇ。一般人が誰にも知られずミニガン片手に歩いているようなもんです。そういうことをする人か否かはともかく、国を守る立場からすれば注視せざるを得ないのはそうでしょう。でも……
「あの人の情報って、スプリガンキラーの際に提出してますよね。それを渡せば良いんじゃないですか?」
「アレは公安用の資料だ。保護探索者対象のための機密事項も入っているし、国防軍には公開できない。それと同じようにあの件では協力国の非公開情報も含まれてるからな。使いまわすなんてできないんだ」
おい、私聞いてないんだけど。知らずにヤベー話見てたってこと?
いやいや、機密保護契約は確かにしてるけども。普通にヤバい橋渡ってないか私!?
「それにアレからドラゴン二体倒してるだろ。で、今回の殲滅可能スキルの件もある。早急に報告書をあげてくれという話だ」
つまり、つまり……
「ちょっと待ってください。私今日はもうボロボロで。布団、布団が待っていて」
駄目だ。に、逃げないと。私はもう布団と添い遂げると決めている。布団と結婚するの。ダーリンがカモンベイベーって両手広げて待ってるの!
「それが上がらないと最悪一時的な処理として大貫氏の拘束もあり得るそうだ。安全性が確認できるまでは……とね」
「ちょっと待ってください。大貫氏はそんな人間じゃないですよ。危険は……そこそこある性格ですけど、人に向けて撃つ方では……あまりないですし」
実際に人に撃ってましたね。なんなら殺しかけてましたか。いや、そりゃあ相手は武装集団で襲われた被害者なわけですけど、それでも対処してしまう時点で一般人とは言えません。考えれば考えるほど、結構な危険人物でしたわ。
「そうだな。我々はそれを知っている……が、どうもスプリガンキラーの件が漏れていてね。人間相手でも平気で撃ち殺すし、スキルを当てるのにも躊躇しない人間のようだと言われてしまってね。いや死んではいないんだが、それは医師たちの努力の結果だしね。言い訳のしようがね」
「それ、普通にうち経由で漏らしてましたよねー!?」
「はっはっは、なんのことやら。だけれども我々としては今後太客になるだろう彼に、埼玉の英雄にそんな不愉快な目には合わせられない……ということは分かるな? ついでにこの手の情報を知る人間は少なければ少ないほど良くてね」
あああああ、吉田課長。何を置いてるんですか? そ、それはまさか!?
「まあ、安心しろ」
中級ポーションをベースにしたエナジードリンク『マ獣』。眠気ビックリ! 元気爆殺! 人生前借り! がキャッチフレーズで、疲労キチィちゃんとのコラボでも有名な、一本ウン万円の激ヤバドーピング剤じゃないですか。それも二本!?
「死ぬ時は俺も一緒だ」
「イヤだーーーーーー!」
ヤダーーーーーーアアアーーーーーー!!
【次回予告】
世界は無情なり。
男の功績は路傍の石の如きものとなり、
女はただ頭を下げるのみ。
すべてはボタンのかけ違い。
或いはただのすれ違い。
ソレは現代の悪性。
情報速度は精度を凌駕し、
センセーショナルは過去を洗い流す。
故に残されるは記録のみ。
善十郎の名が知れ渡るには今はまだ。
されど、芽吹く時はそう遠くはなく。





