ボスキルアナトル02
あ、今日は良くない日だなー……って私、水瀬フーカが感じたのは、深谷ゲート先のダンジョン内でネギ結晶タートルをとり逃した時だった。
このネギ結晶タートルというふざけた名前の魔獣は緑から白のグラデーションがかかった結晶を甲羅に生やしている亀だ。生えている結晶がレアアース代わりになるってんで高くは売れるが、ちょっとした気配を察知してすぐに逃げるし、亀なのに逃げ足が早いから討伐が難しい。
まあ、私のスキルなら気づかれずに近づくこともできるんで、ソロで時々稼ぎにいってるんだけど、今回は後一歩ってところまで来たところでシーカーデバイスからの緊急通知……で即バレして逃げられたってわけ。
あいつら、サイレントモードの軽い振動だけでも気付くからな。非通知モードにしてなかった私の落ち度ではあるんだけどさー。そんで迷宮災害が発生したーって連絡がきたんじゃ戻るしかないじゃん。
で、地上に戻ってみると、私の所属するオーガニックは秋田に向かったらしく、私がダンジョンを出た時には向かう手段の確保もできない状態だった。しゃーねーから国防軍のヘリ乗せてもらって行こうとしたら埼玉県の鴻巣市にゲートが発生したって言うじゃない?
しかもウチのリーダーが単独で向かうってことになったんで私も秋田行きをキャンセルしてこっちにきたわけだけど……そんで今日何度目かの良くない日だって感じたのが今だ。
「ふっざけんな。こっちももうギリギリだって言ってんだろ。アンタらの都合でユーリの限界を決めつけんな。燃料切れたら車は動かないんだよ。常識で考えろよ。マジで」
通信機先の連中に私が怒鳴り散らしてる。
相手からは風間なら頑張れるだの、ユーリさんなら対応できるだの、そんな言葉が垂れ流されてくるが、テンパってる連中の言葉なんざなーんも当てになんないし、言葉で状況は変わらない。私が欲しいのは次の指示と確約だ。
「いいか。後15分でユーリ自身が突入するだけの戦闘能力は維持できなくなる。限界までゲートを抑え込めるのはギリギリ30分ってとこだ。そこがリミットだからな。それまでに増援か撤退かの答えをアンタらが指示しろ。生かすも殺すも責任はアンタらが負うのが筋ってもんだ兵隊さん。国民の生き死にをユーリに背負わせるな。以上」
私は力任せに通信を切った。
向こうが何か言っていたが知ったこっちゃない。
状況が状況だ。右往左往するのは仕方ない。ただユーリの判断で大勢が死んだ……なんて形にするのだけは絶対に駄目だ。それは探索者の領分を超えてる。探索者にツケを回そうってんなら、私らも協力できないし国はぶっ壊れる。だから判断できる人間がいないなら、判断できるヤツに決めさせろって話なんだよ。
「あの……水瀬さん。どうなんです?」
私の横にいる探索者……確か相澤だったか。そいつが不安そうな顔で尋ねてきた。
他の連中もそうだけど、こいつらは地元有志の探索者だ。この場にいる余所者は、私と、私らのリーダーである風間ユーリだけ。
埼玉出身もメンバーにはいるけどウチらの拠点は都内だしね。
国防軍も今は民間の避難や防衛を優先しているし、他の探索者は散らばったソードアントの討伐に動いていて、ここにいるのはゲートを抑えているユーリと、戻ってきた魔獣からユーリを守る護衛役の私らだけだ。
自分たちの身も守れない連中をここに置いておく余裕もないし……そういう連中は私らが来る前に、すでに死んでる。
そして今ゲートを包んでいる雷はユーリのスキル『雷霆』に因るもの。雷撃や雷雨、雷速、電磁砲など、数ある雷系統の最上位スキル『雷霆』で造られた雷の檻はゲートからの魔獣の侵入を防ぎ続けているが、もちろんそれも有限だ。
本来であればユーリが時間稼ぎをしている間に攻略メンバーを揃えて突入する予定だった。ユーリの姉で、東北防衛の要でもある風間壱呼も参戦するはずだった。だけど、それは叶わない。何故ならば……
「話してた雰囲気から察してると思うけどバッドニュースだね」
青森にもっと最悪な状況が起きてるからだ。
「秘匿情報になるけど青森のゲートから出てきた魔獣の親玉が厄災級になりかけてるらしいんだってさ。だから追加の戦力は望めない。私らは私らだけでこの状況に対処しないといけない」
【次回予告】
絶望を受け入れる。
死にゆく運命を受け入れる。
より多くを生かすために、零れ落ちる魂を許容する。
それでも多くの未来を繋ぐため、血の涙を流し選び取る。
それは時に必要な決断。
残酷な世界で生き抜くための選択。
それでも……と、人は願う。
それでも……と、人は願い続ける。
そして祈りは届き、奇跡が降臨する。