メイズハザード03
明けましておめでとうございます。
今年も収納おじさんをよろしくお願いいたします。
「……本当にこれ、大丈夫なんだろうなぁ」
佐竹誠は汗ばんだ手でハンドルを握りしめながら、そうぼやいた。
彼の住む鴻巣市に第三種迷宮災害の知らせが発せられたのは、つい二十分ほど前のことだ。
この第三種迷宮災害とは異世界に繋がるゲートが彼のいる地域に発生したという意味で、ゲートを中心として指定地域の一時閉鎖と緊急避難が即時発動されることになっている。
これが第二種になると現状回復困難と判断されての指定地域の完全閉鎖となり、第一種は厄災級、或いはランクDiと呼ばれる魔獣の発生を意味し、指定地域の拡大とそれら全ての完全閉鎖が行われるのである。
とはいえ戦闘能力を持たない一般市民にとってはどれも危険なことに変わりはない。
実のところ、魔獣にも人間と同じように存在境界線が存在し、ゲートから一定以上の距離以上は移動できないのだが、ゲート発生直後はその境界が曖昧となるのだ。
そのため、ゲート発生による迷宮災害直後の一般市民の対応としては避難所やシェルターに引き篭もるか、できる限りゲートから離れる必要があった。
昨今ではシェルター付きの家も増えてきたが、佐竹の家はまだそうした設備は用意しておらず、また彼は息子と共に外で外食を取ろうと車に乗っていたので家には戻らず、そのまま市外への脱出を選択していた。
次々と更新される魔獣の情報を見る限り、誠は自分の選択は正しかったと安堵していたが、その思いは今、徐々に萎みつつあった。問題なのは同じように行動した者たちが多かったということだった。その結果が目の前の大渋滞であり、誠は魔獣の足音が徐々に後ろから近づいてきているような、そんな恐怖を感じながら前の車が先に進むのを待っていた。
「ねえ、パパ。ママ大丈夫かなー?」
「うん? ママなら平気だよ。さっき電話で話しただろう」
後部座席にいる息子の勇太の問いに誠がそう返す。実際、彼の妻である香は友人と韓流アイドルのコンサートを見に横浜に行っていて、今は電車が止まっている影響で駅で立ち往生していることが確認できている。
(香は問題ない。安全じゃないのはこっちの方だ。クソッ、後ろはどうなっているんだ?)
渋滞は変わらず。車は動かない。
ただ、この道の先には川越メイズホテルがある。そばにランクAダンジョンがあるが故に、防衛に関してはしっかりしている地域だと誠は聞いていた。
だから安全を求めるならそこに向かうべきと考えた誠の判断は誤りではなかったが、それが渋滞の原因でもあった。
(どうする? 一旦車は降りて近隣の避難施設に入った方が安全か? 今なら移動中に襲われる危険も少ないはず……うん?)
誠がどうするか決めあぐねている時、不意にスマホの画面が切り替わった。
(まさか追いつかれ……いや、緊急車両等の通過通知?)
魔獣が接近していたのであれば、赤色の画面になるはずだが、スマホに写っているのは黄色の背景に緊急車両等通過の通知である。
これは緊急時にパトカーや救急車などが近づいた際に表示されるものだが、迷宮災害発生時には別の意味合いも含まれる。即ち、これは上級クランの移動などにも適用されるのだ。そして……
「パパー、お外に」
「勇太、今は静かに……え、外?」
ガンッ
という音ともに何か大きな影が車の側を横切ったのが見えた。
「な、なんだぁ?」
「レッサーだよパパ。レッサーパンダ!」
「は? いや、普通に熊? だったぞ?」
「おっきなレッサーパンダだった」
「???」
「上におじさん乗ってたー」
「??????」
子供の言葉に理解の及ばない誠が首を傾げる。
しかし彼は息子の言葉が正しかったことを後にSNSなどにあげられた画像や映像などを見て知ることとなる。
そして、自分たちよりも僅かに数キロ後方にまで魔獣が迫っていたという事実も知り、それらを文字通りに蹴散らしていった大きなレッサーパンダに彼は感謝するのであった。
【次回予告】
蟲たちの餌場と化した地獄都市。
理不尽が闊歩し、嘆きの声が地より滲み出るそこに男たちはやってきた。
故に、ここから食物連鎖は逆転する。
強者が弱者を虐げるが自然の理なれば、それはただの必然。
喰う者と喰われる者。
理不尽を与える者と与えられる者。
白と黒は入れ替わり、蟲たちの祝祭は今、終わりを告げた。
即ち、狩りの時間である。