プレゼントアフター03
クリスマス……イヴ?
なんだ……ソレは?
『ヒャッハーーーーーー!』
老婆がウォーハンマーを豪快に振るうたびに、迫るサイサウルスの群れが紙屑のように吹き飛ばされ、血と肉のシャワーが離れた木々へと降り注いでいきます。
それはテーブルの上のケーキを赤子が無邪気に破壊していく様にも見えるような、まるで冗談のような光景ですが、そこに映っている老婆については私も知っております。
日本最強の一角で知られる上級クラン『グランマ騎士団』クランリーダーの三船ベラさん。
その圧倒的な暴力は、特にパワー系の探索者にとっては憧れの存在であり、名実ともに国内最高クラスの探索者である……と月刊シーカーマガジンに書かれておりました。
また彼女の周囲に並ぶ強面の甲冑姿の方々の中に門倉さんの姿も見受けられますので、彼女たちがグランマ騎士団であることは間違い無いでしょう。
「あの森には覚えがありますし、サイサウルスもいるということは、彼女らがいるのは境界の森でしょうか?」
「そうよ、ゼンジューロー。ほら、私たちがグランドウィンドドレイクと戦う前に遭遇した探索者。彼らがグランマ騎士団だったらしくてね」
「つまりはあの方達も遺跡を狙っていたと?」
「そういうこと。と言ってもこれは昨日ストリーミングで配信された映像のアーカイブだけど」
なるほど。リアルタイムではないということはすでに遺跡に入ってしまっているわけですね。となればすでに大したものは残っていないかもしれません。
「まあ続きを見てみてよゼンジューロー」
「? はい。分かりました」
私が配信の映像に視線を戻すと三船さんが舌打ちをしています。
『チッ、歯応えがないねぇ。グラン何ちゃらメゾンとかいうのがいてくれりゃー楽しめたんだろうにねぇ』
『団長。メゾンじゃマンションだよ。グランドウィンドドレイクだ。通りがかりの探索者に討伐されたんだってさ』
『ひゃっひゃっ、こんな辺境に運良くドラゴン殺しが通りがかったってわけだねぇ。あたしも会ってみたかったねー。そのドラゴン殺しに』
ウォーハンマーを肩に担ぎながら三船さんが笑います。その様子に周囲の男たちが気合を入れた表情で頷き合うと、一斉にカメラに視線を向けて声を張り上げました。
『おう、団員ども。団長のご命令じゃー』
『秩父ゲートのドラゴン殺しの情報があったらコメントよこさんかい。ワレー』
『団長直々にお会いしたいと仰せだ。ダボがー』
『覚悟しとけや。全殺しだ。バカヤロー(ビキビキ)』
なかなかに気合が入った方々のようです。
その様子に三船さんは肩をすくめながら『騒がしい連中だね』と口にしました。
『ちょっと興味本位に会ってみたいだけさ。大袈裟にするんじゃないよ。あたしゃ強いヤツぁ、男も女も大好きなんだ。あたしのこっちが現役なら一戦交えてもみたかったんだがねー』
男たちの前でひゃっひゃっひゃと笑いながら三船さんが自分の下腹部をポンポンと叩いております。そんな彼女たちの背後には見覚えのある建物が映っておりました。
熔かされてグランドウィンドドレイクの巣にされておりますが、あの建物は秩父ゲート先のダンジョンのエリアのひとつ『境界の森』内にある未探索遺跡で間違い無いでしょう。
そして、映像が門倉さんに切り替わりました。
『さて、探索開始から時間も経ったし、後から来た視聴者のためにも改めて説明させてもらおう。解説しているのはこの僕、グランマ騎士団参謀の門倉信輝。このチャンネルは上級クラン『グランマ騎士団』の公式チャンネル『ゴールデンババアチャンネル』だ。基本的にはこのように我々グランマ騎士団の探索風景を配信しているわけだけど、今回我々が来ているのは』
そう言って門倉さんが熔けて崩れた遺跡の入り口を指差します。
『ここ、秩父ゲートの奥にある『境界の森』の未探索遺跡だ。見ての通り、遺跡の入り口はグランドウィンドドレイクの巣作りで大きく破壊されてしまったようだが……まあ、我々の元々の目的はドラゴンではなくこの遺跡だ。そして開かぬ入り口とて我らがベラ団長ならば、そのパワーで道を切り開いてくれるはずだろう』
門倉の解説に、周りの団員たちは一斉にウォオオオオと歓声をあげました。そんな彼らの期待を一身に背負った三船さんがニヤリと笑みを浮かべ、遺跡に向かって一歩を踏み出します。
『ふん。スキャナーによれば、この入り口から螺旋状に地下に降りていく構造みたいだからねぇ。たとえ入り口が熔けて開けられなかろうが、あたしのウォーハンマーなら一撃でぶっ壊せるはずさね』
『ベラ団長。かなりの分厚さですがあなたのお力ならば容易い。一撃でお願いいたします』
『おうよ、任せなのぶ坊』
そう言って三船さんが空高くウォーハンマーを振り上げると、膨大な魔力が彼女の体から湧き上がり、それが集まって黄金に輝く巨大なハンマーが空中に形成されていきます。
『ヒャッハァアアアアアア』
そして気合の声と共に振り下ろされたソレは熔けて原型をなくしていた遺跡の入り口を一気に砕きました。
『やった!』
『さすがだぜ団長』
『ん、なんか足元からミシミシと?』
喜ぶ団員たちですが、破壊の余波が止まりません。バキバキと離れた団員たちのいるところまで蜘蛛の巣状のヒビが入っていき、ついにはその場一帯が崩れ落ちました。
『ほ、崩落だーーーー』
『ぎゃーーーーーー』
『おんや? なんだい。随分と脆いんだねぇ』
それはまるで蟻地獄のように地面が崩れて巨大な穴ができ、空中に浮かぶサーチドローンのカメラに映されながらグランマ騎士団の方々がその中に飲みこまれていったのでした。
———————————
「コントですか?」
「紛れもなく現実よ」
配信を見終わった私の感想に、ティーナさんが的確なツッコミを入れてくださいました。
なるほど。そうなのですか。いや、大変なことですね。ええ。
【次回予告】
何もかもが砕け散った。
希望の光は瓦礫の中に潰えた。
すべてが失われた。終わってしまったのだ。
であれば男もまた絶望に堕ちたのか?
否。断じて否である。
善十郎の瞳は未だ希望の光を映している。
それは深き地の底。その先に……