プレゼントアフター01
第六章開始します。
なお娘さんの出番は今話で一区切り。
良いもん渡したし、まあ後はきっと勝手に成長する。多分。
森の中を風が舞っていた。
少女がひとり舞っていた。
まるで枝と枝を避ける木の葉のように、けれどもその少女の動きは重力に従ったものではなく、彼女の意志が宿ったもの。
緑光の尾を引きながら、輝くガラスの大剣を持って少女が宙を舞い、加速していく。
少女の名は前島凛。けれど今の彼女はもうひとつの顔、おが肉のメイチューバー『シスターリン』としてその場にいる。
「いやっほーい!」
その手に握られているのは風の竜晶剣ザンジューローという剣だ。彼女の父親より与えられた剣から発せられる風の鎧は凛の意思に従って風の翼をも形成し、空中機動を可能としていた。
もっとも彼女は人間。鳥ではなく、空を飛べるようにできていない。けれども彼女はただの人間ではなかった。
(うん。直感さんは今日も絶好調だ。そして僕の持つザンジューローは『スキル』と繋がっている。だから分かる)
凛が覚醒施術によって得た探索者としてのスキルは『直感』。それが慣れぬ空を飛ぶ行為を補佐している。
どうすれば上手く飛べるのか、どの角度では失速するのか、木々に当たらずに飛び続けるタイミングはいつか。
(その全部が分かる!)
何もかもが彼女には分かっていた。
グランドアースドレイクと遭遇してからもう十日以上が経ち、その復帰配信である今回は風の竜晶剣ザンジューローのお披露目回でもあり、同時に飛行という新たなる力を得た新生シスターリンのお披露目回でもあった。
ダンジョン内に設置されているシーカープローブを中継したライブストリーミング配信は動画投稿サイト『メイチューブ』を介してリアルタイムで地球の端末から見ることが可能で、今もコメントが次々に書き込まれている。
『シスターリン。来ましたよ』
マネージャー兼護衛の吉野の声が響く。
正面より迫ってくるのはエッジバタフライという魔獣だ。彼女たちが今いるのは栃木県にある那須ゲートの先のバタフライ森林というエリア。その名称の元となった魔獣は鋼鉄も噛み砕く顎を持ち、高速飛行と合わさって人間の首をも斬り落とす魔鉄を含有する翅を持っている。
魔石の大きさはコボルトと大差ないのにも関わらず、その死傷率の高さから魔獣としてのランクはD。
翅に含有されている魔鉄はそれなりの買取額だが、リスクとリターンが一致しない相手であるために誰も狩ろうとしない。つまり、ここはいわゆる不人気ダンジョンというものだった。
そんな場所に彼女が来た理由はひとつ。エッジバタフライが『空を飛ぶ』相手だからだ。
あの配信事故からの再開一発目である今回、彼女は父親に与えられたザンジューローを魅せつけて一気にバズるつもりであった。
(パパのくれたザンジューロー。みんな気になってるってコメントしてる。そりゃぁカッコいいし可愛いし綺麗だもんね)
ザンジューローのビジュアルはその剣も、盾代わりにもなる鞘もウケたようだ。
ただ見た目が良いだけとのアンチコメントも最初はあったが、凛が大木を一刀両断し、ウィンドアーマーを発動させて宙に浮かんだことで、すぐに消えていった。
そして、ここよりは実戦。数少ない飛行系メイチューバーの姿を今から彼女は魅せつける。
「行くよザンジューロー!」
凛が風の翼を広げて、加速した。ウィンドアーマーの淡い輝きが光の帯のようになって、撮影ドローンによって映し出されているシスターリンはまるで緑の流星のようだった。
【すげ……】
【リンちゃん、綺麗】
【けど、近づいてくるデカいトンボ。数が多くないか?】
【大丈夫なのかよ?】
【ウィンドアーマーは本来防御用のスキルだ。制御すればホバリングはできるが、あんなふうに飛ぶのは難しい】
【復帰一発目だからって無茶すんなよリンちゃん!】
コメントにはその姿に感動する者や、魔獣の多さに驚く者、また凛が説明したザンジューローのスキル『ウィンドアーマー』の使い方を危ぶむ声があった。
何しろ、ウィンドアーマーは本来防御スキルだ。風を纏うことで風圧で身を護り、投擲攻撃なども逸らすだけのスキルのはずで、だから本来飛ぶことなどはできないし、せいぜいがホバリング程度。
空を飛ぼうと試みようものなら、跳ね飛ばされて壁や地面に激突して大怪我をするのがオチだ。
けれども、それを制御するすべを凛は持っていた。それが感覚的に正解を導き出すスキル『直感』である。
「生まれ変わったシスターリンは空だって飛べる。そして」
【マナサーチで見る限りは風魔法の起点はあのガラスの剣だ。パパに貰った新装備って言ってたが見掛け倒しじゃないぞ】
【木々をあんなに軽々と。前々からパルクールみたいに動けてたけど空中機動もいけんのかよ】
【直感様がお仕事をしておられる】
【相変わらず直感スキルってチートだな】
【便利だけど火力がなー】
【待て。近づく前にエッジバタフライが斬り裂かれた?】
【飛ぶ斬撃! 飛ぶ斬撃さんじゃないか!?】
【ええ? 剣士には必須という、あの!?】
そんなやり取りをしている間にも、一匹二匹と魔獣が切り裂かれて落ちていく。明らかに刃の距離に届いていないにも拘らず、魔獣を切り裂けている理由は飛ぶ斬撃……ではなかった。
「ウィンドエッジ! 僕の剣の間合いはとても長いんだ」
それは不可視の風の刃だ。ウィンドアーマーはザンジューローから発動しているために、剣そのものにも刃の形でかかっている。凛はその風の刃を伸ばし、密度を上げて振るっている。その長さはおよそ10メートル。知らぬ者には斬撃が飛んでいるようにしか見えないのも当然であった。
【トンボどもが次々と落ちてくぜ】
【落ちろ蚊トンボ!】
【あ、後ろから。危ないリンちゃん】
【って、弾いた?】
【いや、最初にウィンドアーマーのスキルを発動する剣だって言ってたじゃん】
【つまりアレが本来のスキルかよ。意味が分からない】
それは間違いなく油断だった。けれども退けた。ウィンドアーマーの防御力はエッジバタフライ程度の攻撃では抜くことはできない。
凛は少しだけ「やっちゃった」という顔をしながらアクロバティックな動きでUターンしながら跳ね飛ばされたエッジバタフライを斬り裂いた。
【スゲーーーー!】
【サポート系スキルしか持たなかったリンちゃんの火力不足が解消したか】
【こりゃあ、リンちゃんはひとつ上のステージに入ったな】
【シスターリン復活! シスターリン復活!!】
圧巻の空中戦でコメントが盛り上がる中、凛は凛でテンションマックスで剣を振い続けていた。
「アハ、ボクのザンジューロー強い。パパありがとー。サイッコーだよ!」
敬愛すべき父より与えられた風の竜晶剣ザンジューローを持って、彼女は探索者として一歩上のステージへと上がったのだ。そして彼女の敬愛する父親こと、善十郎はといえば……
―――――――――――
「……当初の予定通り、グランドアースドレイクの核の方を渡しておけば私も空を飛べたのですかねぇ」
「いや、直感がないとホバリングも難しいと思うわよ。というか、娘を未練がましい目で見るのをやめなさいゼンジューロー。みっともないわ」
「分かっています。分かってはいますが……」
男はホテルの自室で娘の配信を見ながら、ティーナに呆れた目で見られながら、ひとり苦悩した顔を浮かべていた。よく見れば目尻に涙まで浮かべている。
男は娘に渡したプレゼントの価値に今更ながら気づき、そのことへの悔しさと、同時に娘に渡したプレゼントを返してほしいと思ってしまっている己の至らなさのダブルパンチに心が張り裂けそうになっていた。
男の名は大貫善十郎、35歳。彼は、未だ自由に空を飛びたいという純粋な少年の心を持つ中年男性だった。
【次回予告】
無限に湧き出ずる父なる者たち。
混沌に満ちた世界で、善十郎は己の醜き心中を恥じ、
絶望し、闇に堕ちていく。
されど、止まらぬ。
闇を背負おうとも、嘆きに身を沈めようとも、
貪欲に、ただ己が欲のままに這い上がり、明日への道を切り拓かんとする。
それが善十郎という男であった。
故に歩みは鈍ることはなく、その先に在りしモノをその瞳に映し出す。
それは老婆の形をしていた。
それは暴力の化身だ。笑う破壊者だ。
それは鉄槌を振るう、黄金纏う老婆だった。





