青の箱庭
夜空の月も、昼の空に浮かぶ薄い月も、どんな時でも地上を見ている。見守っている。
地球がガスと塵の集まりの中から形を持ったその頃に、はるか遠い滅亡した星に生きていた命がエネルギー体となってたどり着いた。
その星の住人たちは、余りにも文明も文化も極限まで発達をして、星の寿命が近づくのを知ると同時に、身体を捨て精神エネルギー体となり、全ての命と融合し巨大なエネルギー体となり宇宙を旅をしている。
時間も距離の概念も肉体の無いことで消失した。
人の感覚では想像もできないほどの時間をそこで過ごし、地球が出来上がるのを見守りながら太陽からの距離と星の大きさを調整した。
それらの作業中に太陽風に流されそうになり、地球になろうと渦巻く塵から一すくいの芥を取り出し、自分たちの足場とした。
流れ旅をする分には良かったが、同じ場所で留まるには精神エネルギー体では少々都合が悪かったのだ。
高度な精神は、出来上がりつつある球体から取り出した芥で、その星を見守る衛星となる事で、温度と重力、気圧が生物を生み出しやすいだろうと、その星の形成の後押しをした。
地球は丸くなり、厚くメタンの雲が覆いそのずっと下には液体金属の海が広がっている。
次第に重い物質から内部の奥にしまい込まれていった。
厚い雲からは、しきりに雷がアンモニアやリン酸塩の有毒な海に落ちていく。温かい海に落ちた雷はいくつかの分子が繋がり、その中でたんぱく質へと形成するものが現れ、いくつかは離れ、いくつかは繋がる中で初期の生命が誕生した。
見守る中で生命の種はたちまちに複雑化して様々な形状を持った。
月に足場を得た彼らは時にそっと力を貸し、いくつかの流れ星の衝突を食い止めたりもしたが、眼下の生態系に見極めをつけると逆に隕石を落とし終了させたりもした。
何度かそんなことがあったが、美しい毛並みを持つ生き物たちが大陸を闊歩し出した時に、一部の生命エネルギーが傍観者としてではなく自分たちも肉体を持ちたいと思い出した。
肌で水を感じたい。風の音を聞きたい。大地の匂いをかぎたい。仲間と触れ合いたい。
そして、月で見守る中、皆既月食を待ち太陽からの風を受けて地上に降りそそいだ。
命を喜ぶ雨だった。
雨は山に振り木々の葉を地上の草を濡らし、獣の毛皮を濡らし、川に流れ海に辿り着く。
その循環を何度も繰り返し、一つの獣を注視した。
家族単位で暮らす死肉食いだ。狩られる存在で身体的な特別な長所もなかった。
しかし、その生き物の前足には向かい合う親指があった。
ああ。これだ。彼らは見つけた。
この生き物は以降、劇的な進化を遂げる。
その生き物は大陸のあちらこちらで多重発生的に存在しており、それぞれが進化をし、時にどれかが融合したり絶滅したりもしたが、地上に生きる大きな一つの種となっていた。
獣に入り込んだ生命体は、命を謳歌し、走り歌い抱き合った。
全てを持ち満たされていたはずの生命エネルギー体ではあったが、理性の奥の少しだけ残った他の星での生き物の記憶として、触れ合いたいと抱き締め合いたいと望んでいたのだ。
他の生き物や大地になった生命体も、その生き物への生まれ変わりを願い世界を統べる存在になった。
傲慢になり、獣性が出てたくさんの同族での殺し合いもあった。
持ち得る知識で文化を上げようにも、赤ん坊の手にあるハサミのように手にあまり大地を汚すばかりだ。
時折、大地や海となった生命体からの苦情が届かなかった時には、大いなる災害となって文明を滅ぼした。
獣の身に落ちてから何十万年もたった。
もう、遠い星の記憶も自分たちを見守る同士だったエネルギー生命体の存在も思い出すことはない。
しかし、獣の身になりながらも獣に怯え、己の身を守るべく武装し強化し進化した。
同族での殺し合いも多くなった。
「何かおかしい」
胸が痛む。
月を見ていると心が澄んでいく。
何かを忘れてはいないか?
その疑問には何も応えず。
月から見ている精神エネルギー集合体は、遥か昔エデンと呼ばれていた。
月は静かに地球を見ている。
彼らにとっては何万年も何億年も同じことだ。
しかし、一瞬の瞬きを繰りかえすその光の眩しさに正しさも悪もなく、ただ美しいと見詰めているのだ。
月を見あげる。
月もまた見返している。
人は淋しくなると月を仰ぐ。
まるで、そこが故郷だったことを知っているように。