第19話 謎事件
「お二人は、お札消失事件をご存じですか?」
いつもの昼休み集会で、突然杏ちゃんが喋り出す。
今までは毎回莉々ちゃん主導で話が始まるので、今回はちょっと新鮮さを感じてしまう。
それにしても『お札消失事件』?何だろうソレ?たぶん初めて聞いたと思う。
莉々ちゃんの方を向いてみると、莉々ちゃんも不思議そうな顔をしているので、たぶん知らないのだろう。
よかったぁ……私だけ知らなくて流行に乗り遅れてたってわけじゃなさそうだ。
「その様子ですとご存じなさそうですね。今、突然財布の中から札だけが無くなっている、という事が多発しているそうなのです」
私達の様子を見て、杏ちゃんは詳細を説明してくれた。
んん?突然財布から札だけが無くなる事が多発?何かちょっと前に、そんな事を聞いた事があるような……
「あれ?もしかして、莉々ちゃんが犯人扱いされた事件?」
ちょっと前に起きた、似たような状況を思い出し、思わず口に出す。
「どういう事ですソレ?」
あ、そうか、杏ちゃんはクラス違うし、あの時の事知らないのか。
「あ~……この前、私達のクラスで、体育の授業中に教室に置きっぱなしだった、クラス全員の財布から札だけがなくなってる事件が起きたの。で、その時偶然学校休んでた莉々ちゃんが犯人扱いされる、って事があったのよ」
「何ですかソレ?何でそんな理由で田名網さんが犯人扱いされなくてはならないんですか?」
杏ちゃんも私と同じで、その事に関して憤りを感じているようだった。
そうだよね。普通はそう思うよね。
「私が、どうでもいい連中に犯人扱いされるのはどうだっていいわ。奈々は私の事信じてくれてるのだから何も悲観してないわ……それで?その事件が何だっていうの杏?」
本当に、犯人扱いされてるのはどうでもよさそうに言う莉々ちゃん。
そういう事に関してはメンタル強いな、と正直感心してしまいそうになる。でも、証拠も何も無いのに犯人扱いされたら、少しは怒った方がいいと思う。
「あ、えっと……その事件なんですけど、同じ場所にいる人達が、全員同時に被害にあうそうなんです」
杏ちゃんも、莉々ちゃんのメンタルの強さに驚いたのか、少し動揺しながら、事件の詳細をさらに説明しだす。
「この町に、物凄い腕の立つスリ師がいる……とか?」
何となく思いついた事を言ってみるが、何とも現実味がないな……いや、それ言ったら『変身ヒロイン』とか『謎の組織』とかも現実味がないんだけどね。
「いえ……一度に何十人もの人の財布から札だけを抜き取って、元の位置に財布を戻すとか、誰にも気付かれずにできる行為だとは思えないです」
まぁそうだよね。
「気付かれずに、って気付かれたから事件になってるんじゃないの?」
莉々ちゃんからもっともな意見が出る。確かにそうだ。
「いえ、気付くのは盗られた後なんです。いつ盗られたのか誰もわからないそうなんですよ。誰か一人が気が付いて『お金がなくなってる!』って声を出して、それにつられて周りの皆も自分の財布を確認して、被害にあった事に気付くそうなんですよ」
ますますもって、この前のクラスでの出来事にかぶる事件だなぁ……
にしても、誰か一人が声に出して、かぁ……
「その最初に声を出す人が怪しいんじゃないかな?ほら、第一発見者を疑えってのは推理モノだとよくあるパターンだし!」
「どうでしょう?声を出さなければ、誰もすぐには気付かないのに、わざわざ犯人が声に出して犯行を明るみに出すとは思えないんですよね」
はい、私の推理秒殺されました。
「そこで私は思ったんです!こういった人知の及ばない事件には、必ずバックに悪の組織がいるものだ!って!!」
机をバンッ!と叩きながら熱く演説するかのように杏ちゃんが叫ぶ。
「だから私はやってないって言ってるじゃない!!」
そして、机をバンッ!と叩き返しながら莉々ちゃんが叫び返す。
えっと……咄嗟に反応しちゃってるけど、落ち着こう莉々ちゃん!杏ちゃんは莉々ちゃんの事を言ってるわけじゃないから!杏ちゃんが想像している架空の悪の組織の事だから!
「え、あ、はい……ですから私も田名網さんの事は疑ってないです」
ほら、杏ちゃんちょっと混乱しちゃってるよ。
「ともかく!バックに悪の組織がいるのなら、お二人の出番だと思うわけですよ!」
途中、ちょっと莉々ちゃんによる妨害はあったものの、杏ちゃんは言いたい事を言い終えた感じだ。
まぁ私も、この辺の事件の犯人が莉々ちゃんじゃない事を証明したいと思ってたんで、積極的に関わっていくことについてはやぶさかではない。
とはいえ杏ちゃんは、悪の組織の介入が事件の手がかり、みたいな感じに言ってるけど、その悪の組織当人でもある莉々ちゃんがソレを否定している。
つまるところ杏ちゃんには言えないけど、実際は手がかりがまったく無い状態なのだ。
「杏。私達はこう見えてもけっこう忙しいのよ。その……あくのそしき、が関わっているかどうかもわからない事件に時間を割くことはできないわ」
あ、逃げたな莉々ちゃん!?誰がどう聞いても「私は関わりたくない」発言してるよ。
「大丈夫です!お二人はいつも通りの任務を遂行していてください!この件に関しては私が単独で情報収集します!」
じゃあ何でこの話題出したの!!?
「ただ、私が事件の真相にたどり着いて、悪の組織が犯人だという証拠をつかんだ時……その時はお二人の力をお借りしたいんです!」
ああ成程、敵を追い詰めるための戦力として私達が欲しい、って事ね。
「でも、それでいいの杏ちゃん。それだと私達が手柄を横取りしてるみたいになるんじゃない?」
「構いません。むしろ望むところです!私が提供した情報で正義のヒーローが動き、私が集めた証拠を突きつけ悪の組織を追い詰める……素敵じゃないですか!!」
左様ですか……うん、これ以上は突っ込まない方がいいかもね。趣味は人それぞれだもんね。
「……私そんな事してないし……証拠なんて捏造でもない限り出てくるわけないじゃない……何か事件が起こると何でもかんでも私のせいにするのホント止めてほしいのよね……悪に組織だってそんなくだらない事するほど暇じゃないのよ……」
うん……私の隣で、めちゃくちゃ小声でブツブツ言ってる子の方も、ちょっと怖いから突っ込まない方がいいかもしれない。




