ステータス「使い方おかしいです」
前方は行き止まり、後方には大剣を持った目に狂気を宿した人物、少年の手持ちの武器は一切ない。
(これじゃあ、袋のネズミだ)
少年の状況は絶望的だった。
子供に一台ずつ持たされている緊急伝達魔具も起動させたのだが、残念なことに彼の元に救援はまだ来ない。
伝達に気づいて何人かの治安維持隊員は少年の下へ向かっているのだが、その足取りは早くない。
何故なら、緊急伝達魔具は子供が悪戯や誤作動させたりすることが多く、伝達に対しての危機感が薄れてしまっているからだ。
「ねぇ、ぼく? 俺に切られなぁいかい?」
随分と変な口調で語られた内容に少年の足がガクガクと震える。
(やばいやばいやばい! 絶対この人、やばい人だ! ど、どうしよう。行き止まりだし、周りに人はいないし、身を守れるものは何も持ってない。治安維持隊員の人はまだ来ないの⁉)
少年の恐怖や焦りも全て見た上で、男は楽し気に嗤う。
「まぁ、だめと言われてぇも、やっちゃうけぇどね」
振り被られたその大剣に少年は咄嗟に叫ぶ。
「ステータスオープンっ!」
***
『ステータス』という個人の身分や役職、能力、状態、レベルなどが数値化や文字化されて書かれた、縦40㎝、横30㎝、厚み1㎝の四角い存在。それがこの世界では一般的だった。
赤子から成長するにつれ、歩けるのと同じように、ステータスも成長の過程で当たり前のように出せるようになる。
その為、教育機関ではステータスの扱い方を教えられる。
「ステータスは自分の意志によってしか開けません。さて、ステータスを開くうえで注意することはなんでしょうか?」
先生の問いかけに一番前に座った生徒が勢いよく答える。
「まわりに注いすること!」
「はい、正解です。では、何故、周りに注意するのでしょう?」
新たな質問に先程即答した少年が「なんでだろう?」と首を傾げる。するとその後ろの席の眼鏡をかけた少女が「個人じょうほうの流出をさけるためでしょ」と答える。
「お、先に難しい方が出ましたね」
感心したように先生が頷けば、少女がほんの少し得意げな顔をする。
「そうです、ステータスには自分の個人情報が大量に載っているのです。安易に開くのはやめましょう。昔、その所為で犯罪が頻発しましたし、能力の数値が見えることで差別がよくあったそうです。皆さんはそのようなことをしないと思いますが、世の中は良い人ばかりではありませんので、周りに人がいないことを確認した上で開きましょう。開かなければ誰にも見えません」
「「「はーい!」」」
ほとんどの生徒がそう快く答えるが、後ろの方に座っていたぽっちゃりした少年が「あ、あの先生」と控えめに手を挙げる。
「なんですか?」
「とうぎ大会の出じょう者はステータスをみんなに見せてます」
「おや、確かにそうですね。良い質問を有難うございます。あれは個人情報を見せてもいいと割り切っている方なので例外です。子供のうちはそれは避けてください。大人になって判断しましょう。ちなみに先生は年齢がバレるのが嫌なので絶対に人前では開きません」
「おばさんだもんね」
「だまらっしゃい」
一番前の元気な少年は余計なことを言って怒られる。
「さて、他には?」
「………………」
「おや、出ませんか。まあ、当たり前すぎて気にしてないのでしょうね。もう一つは人に当たるし、邪魔だからです」
「あ、おれ知ってる! どっかの町でステータス開いて人にぶつけちゃって怪我させたやつっ!」
一番前の少年はさっき怒られたことなんて忘れたかのようにそう元気に言う。
「君は元気ですね。そうです、ステータスは物理的に存在するので扱いに気を付けてください。誰だっていきなり四角いものをにぶつけられたら痛いでしょう? 角なら特に」
先生の問いかけにみんな頷く。
「そう考えるとステータスっていらなくないですか? ぼ、ぼく自分の確認すると、がん張った割に能力値低くてへこむから、あんま開かないです」
ぽっちゃりした少年がぽそりとそう言えば「わたしも」「おれも」という声がちらほら出てくる。
「そういうこともありますね。開く開かないは個人の自由です。だから、ステータスを開くように他人に強要するのは一部を除き禁止されてます」
「ステータスいらないどころか、なくなればいいな!」
一番前の元気な少年がそう言えば「君なら、単純だからそう言うだろうなとは思ってましたよ」と先生が眼鏡を直す。
「ステータスには勿論良い使い方もありますからね。最強の身分証明書ですし、あと自分で見るのもへこむかもしれないけれど、数値を見比べることで、自分に合った頑張り方を見つけ出すことが出来ます」
「すっげー、いいなステータス!」
「君、本当に単純ですね」
元気な少年の単純さを先生は微笑ましく思った。たとえ、自分の事をおばさんと言おうが、授業の話を聞いて、反応してくれる生徒がいると進行しやすいのだ。反応しすぎるとうるさくて困ることになるが。
勿論、他の意見を述べてくれる子もいるといないとで進行のしやすさが違う。
「さて、ついでにステータスに関する変わったお話もしましょう。皆さん、黒の英雄の話を知っていますか?」
「知ってる知ってる! 100年前に町を破かいしようとしたドラゴンやっつけた英雄だろ! 剣でズババーって!」
元気な少年はここにもやはり食いつく。英雄譚が好きなのか食いつき具合が強めだ。そして、英雄譚が好きなのは他の生徒も変わらないのか「知ってる」「かっこいいやつ!」とあちこちから声が上がる。
眼鏡の少女も「有名などうぞうがありますよね」なんて反応する。
「ええ、そうです。その英雄の話ですが、実は面白い話があるのです」
「どんなどんな?」
「ドラゴンとの戦いは、有名な物語では剣で倒したことになっていますが、実は剣はとどめを刺す前に折れてしまったんです。武器を失ったことで黒の英雄は窮地に立たされてしまったのです」
「えー! やっべぇじゃん」
「そんな時に彼が使ったのが、ステータス!」
「「「ステータス?」」」
先生が声を張り上げた内容に、生徒たちは皆、首を傾げる。
「英雄は咄嗟にステータスを開いて防御、そのままステータスを引っ掴んで武器にして戦い、角を使って倒したのです!」
どうだとばかりに得意げに言い放った先生に生徒たちは茫然として黙り込む。
そして、しばらくの沈黙の後、さっきまで元気だった少年はぽつりと「だっせぇ……」と口にした。
***
そんな授業があったのは三日前だった。
(覚えていて良かった)
そう思ったのは、ぽっちゃりした少年。少年のステータスはしっかりと男の剣を受け止めていた。
***
「ださくてもいいんです。危機的な状況にどんな時でも心強い味方になってくれるのが、ステータスですから」
初めてステータスを出している絵を見た時に「これ、掴めるかな?」とまず思ってしまったんです。
ありがとうございました。